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悪役王女の青くない春  作者: 雨傘 はる


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8/17

恋は盲目ってね


兄とヒロインは、順調に仲を進めているようだ。


メイドや侍女たちの口から、マリアンヌという名をよく聞くようになった。

必ずといっていいほど、兄についても言及される。


陛下自ら後ろ盾になった平民のメイド。職務の合間に、時折り会話をする二人の姿が見られるらしい。

国王と平民の恋愛模様は、単なる火遊び程度の認識で、あたたかく見守られているようだ。


────まあ、そりゃそう。


火遊びでなく本気だとして、叶うわけもない身分差だ。

平民だったヒロインが特別優秀ということもなく、何とか王宮メイドという立ち位置にいるのは許されても、王妃となると話は別。


シュヴィアは、そんな噂やヒロインとは距離を保ち、ひたすらに職務に打ち込んだ。

忙しすぎて、他に割く暇すらないといった方が正しいが。


だから。

短期の外遊から帰国し、執務室で礼状をしたためていたシュヴィアは、ぽかんとした。


目の前で表情を歪め、どことなく気まずげにしながら、兄が言い募る。


「もう少し、マリアンヌに歩み寄ることはできないか」


「…………」


ちら、と深紅の騎士を見れば、彼も怪訝そうに兄を見ている。

アンネはといえば、珍しく氷点下の目をしていた。


「……何か懸念が?」


問いかけると、肩を竦めた兄が、背もたれに身を預ける。

この間もシュヴィアの手は、休みなく動いていた。


「殊更に冷たくするのはやめろと言っている。彼女を周囲から孤立させたり、悪評を立てたりなど利のないことはやめろ」


「はあ……」


「おまえに冷遇されていると泣いていた。彼女は平民だが、彼女なりに努力しているんだ。王妹なのだから、もう少し寛容になれないのか」


「なるほど?」


アンネに目配せすると、彼女はすぐさま噂の程を確かめるため執務室を出ていく。

深紅の騎士も、部下に何事かを指示している。


さて、どうしたものか。シュヴィアは考える。

正面から否定したとして、この兄が素直に聞き入れるとは思えない。


そもそも、シュヴィアは今朝まで外遊に出ていた。

礼状を出してから、やっと仮眠のため自室に戻れる予定である。

くだらないことに割いている時間も余力もない。けれど。


「承知しました」


何だか面倒くさくなって、まとめて頷くことにした。

パッと顔を上げた深紅の瞳が、強い意志を持ってジッとこちらを見ているが、あえて視線は向けない。


「気をつけます」


「……嫌に素直だな」


訝しげな兄の声が、徹夜明けの身体に耳鳴りを連れてくる。


「おまえの我儘さは知っている。今さら驚かん。だが、唯一の王妹なのだ。せめて己の感情を制御せよと言っている」


「ですから、承知したと申し上げました」


「それが反省した者の態度か? だいたいおまえは……」


ああ、失敗した。ガンガンと痛む頭を押さえ、シュヴィアは己の失態を悟る。

説教が始まる前に、さっさと部屋を出ればよかった。


兄の説教を右から左へと聞き流し、口を挟もうとする深紅の騎士を抑えつつ、いくつめかのため息を飲み込んだ。






「なぜ、反論されないのですか」


仮眠の間にアンネが調べ上げた噂の真相は、ヒロインの勘違いというお粗末なものだった。

平民出でマナーに拙いヒロインへの事細かな教育や、貴族出身の周囲とうまく馴染めない環境を、シュヴィアの指示による意地悪だと思い込んでいたようだ。


何で接点すらなかったシュヴィアを疑ったかはわからないが、まあ小説ではそっくりそのままその通りだったので、理解できなくもない。


などと達観しているシュヴィアが、深紅の騎士はひどく不可解らしい。

なぜだと眉間に皺を寄せる彼に、思わず苦笑が漏れた。


「しょうがないのでは、と思うのですよ」


「どういうことでしょう」


「平民の彼女が陛下と並ぶのに、わたしの存在は不都合でしょう?」


告げると、深紅の彼は絶句した。


「問題ありません。いずれ、すべて終わることです」


「……姫殿下?」


「陛下の御心のままにあるだけです。心配いりません」


兄が邪魔だというなら、シュヴィアは退場のための手段くらい整えている。

わざわざ手を煩わすことなく、潔く消えるつもりだ。もちろん、国益をもたらす方法で。


大丈夫だと笑うシュヴィアに、深紅の騎士とアンネは、ぎゅっと拳を握りしめた。




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