恋は盲目ってね
兄とヒロインは、順調に仲を進めているようだ。
メイドや侍女たちの口から、マリアンヌという名をよく聞くようになった。
必ずといっていいほど、兄についても言及される。
陛下自ら後ろ盾になった平民のメイド。職務の合間に、時折り会話をする二人の姿が見られるらしい。
国王と平民の恋愛模様は、単なる火遊び程度の認識で、あたたかく見守られているようだ。
────まあ、そりゃそう。
火遊びでなく本気だとして、叶うわけもない身分差だ。
平民だったヒロインが特別優秀ということもなく、何とか王宮メイドという立ち位置にいるのは許されても、王妃となると話は別。
シュヴィアは、そんな噂やヒロインとは距離を保ち、ひたすらに職務に打ち込んだ。
忙しすぎて、他に割く暇すらないといった方が正しいが。
だから。
短期の外遊から帰国し、執務室で礼状をしたためていたシュヴィアは、ぽかんとした。
目の前で表情を歪め、どことなく気まずげにしながら、兄が言い募る。
「もう少し、マリアンヌに歩み寄ることはできないか」
「…………」
ちら、と深紅の騎士を見れば、彼も怪訝そうに兄を見ている。
アンネはといえば、珍しく氷点下の目をしていた。
「……何か懸念が?」
問いかけると、肩を竦めた兄が、背もたれに身を預ける。
この間もシュヴィアの手は、休みなく動いていた。
「殊更に冷たくするのはやめろと言っている。彼女を周囲から孤立させたり、悪評を立てたりなど利のないことはやめろ」
「はあ……」
「おまえに冷遇されていると泣いていた。彼女は平民だが、彼女なりに努力しているんだ。王妹なのだから、もう少し寛容になれないのか」
「なるほど?」
アンネに目配せすると、彼女はすぐさま噂の程を確かめるため執務室を出ていく。
深紅の騎士も、部下に何事かを指示している。
さて、どうしたものか。シュヴィアは考える。
正面から否定したとして、この兄が素直に聞き入れるとは思えない。
そもそも、シュヴィアは今朝まで外遊に出ていた。
礼状を出してから、やっと仮眠のため自室に戻れる予定である。
くだらないことに割いている時間も余力もない。けれど。
「承知しました」
何だか面倒くさくなって、まとめて頷くことにした。
パッと顔を上げた深紅の瞳が、強い意志を持ってジッとこちらを見ているが、あえて視線は向けない。
「気をつけます」
「……嫌に素直だな」
訝しげな兄の声が、徹夜明けの身体に耳鳴りを連れてくる。
「おまえの我儘さは知っている。今さら驚かん。だが、唯一の王妹なのだ。せめて己の感情を制御せよと言っている」
「ですから、承知したと申し上げました」
「それが反省した者の態度か? だいたいおまえは……」
ああ、失敗した。ガンガンと痛む頭を押さえ、シュヴィアは己の失態を悟る。
説教が始まる前に、さっさと部屋を出ればよかった。
兄の説教を右から左へと聞き流し、口を挟もうとする深紅の騎士を抑えつつ、いくつめかのため息を飲み込んだ。
「なぜ、反論されないのですか」
仮眠の間にアンネが調べ上げた噂の真相は、ヒロインの勘違いというお粗末なものだった。
平民出でマナーに拙いヒロインへの事細かな教育や、貴族出身の周囲とうまく馴染めない環境を、シュヴィアの指示による意地悪だと思い込んでいたようだ。
何で接点すらなかったシュヴィアを疑ったかはわからないが、まあ小説ではそっくりそのままその通りだったので、理解できなくもない。
などと達観しているシュヴィアが、深紅の騎士はひどく不可解らしい。
なぜだと眉間に皺を寄せる彼に、思わず苦笑が漏れた。
「しょうがないのでは、と思うのですよ」
「どういうことでしょう」
「平民の彼女が陛下と並ぶのに、わたしの存在は不都合でしょう?」
告げると、深紅の彼は絶句した。
「問題ありません。いずれ、すべて終わることです」
「……姫殿下?」
「陛下の御心のままにあるだけです。心配いりません」
兄が邪魔だというなら、シュヴィアは退場のための手段くらい整えている。
わざわざ手を煩わすことなく、潔く消えるつもりだ。もちろん、国益をもたらす方法で。
大丈夫だと笑うシュヴィアに、深紅の騎士とアンネは、ぎゅっと拳を握りしめた。




