確執
兄の戴冠式は、主要な貴族家の当主夫妻と後継者だけが出席する、小規模の式典として執り行われた。
国内には大々的に周知され、周辺国には書簡のみ。
ただし、友好国や仲を深めたい国などには、使節団が順次訪問する予定だ。
式典用のドレスに身を包んだシュヴィアは、出席者の中にヒロインがいないことを確認する。
いや、再会を邪魔する気はまったくないが、闖入者にならなくてほっとした。
そして、王妹となったシュヴィアは、公務や執務の範囲を広げ、王宮の奥向きも担うこととなった。
十二歳とは思えないほど、シュヴィアは多忙だ。
近頃は利き手が痺れることが多くなり、反対の手や口でも書けるよう練習も始めた。
書類仕事がとにかくたくさんあるので、練習の機会には事欠かない。
加えて、非力で不自由な身でも仕込める暗器を改良し、訓練をしつつ常に身につけた。
最初に相談した時、深紅の騎士はものすごく嫌そうではあったが、実際に毒を飲んだ場面を見ていたらしく、渋々了承してくれた。有難い。
深紅の騎士は、兄付の近衛騎士だが、シュヴィアのことをよく気にかけてくれる。
女性の専属騎士を付けてくれたので、行動範囲が一気に広がった。
「先代王弟派……とはいうけど、先代王弟本人は表舞台に現れないよね」
あらゆる書類を広げながらクッキーを頬張るシュヴィアに、呆れ顔のアンネが紅茶をサーブする。
「おやつの時間くらい、お仕事は置かれては?」
「仕事じゃないよ。ちょっと、調べたいだけ」
「それはきっちりお仕事の範囲です」
「……ごめんなさい」
心配をかけていることは重々承知だ。身体の動きが不自由になるたび、彼女はあれこれと世話を焼いてくれる。
メイドたちや、時折りは執事や長の職に就く者も、気にかけて助言をくれたり。
恵まれている。とても。優しくて柔らかくて、子供を守ろうとする大人たちに囲まれている。
以前のシュヴィアが我儘だったのも納得だ。幼子の我儘を、みんな微笑ましく眺めていたのだろう。
案外、中身が別人でも何とかなるものだな、なんて思いつつ、紅茶をすする。
シュヴィアは、以前とは違う人格であることを、誰にも言っていない。
誰かは勘づいているかもしれないが、指摘されたことは一度もない。
ただ、いつ以前のシュヴィアの人格になるかはわからないので、彼女宛の日記をつけていた。
うっかり、今のシュヴィアの記憶が全部消えてしまっていたら、大層困るだろうから。
「姫様。学園について、陛下は何かおっしゃっていましたか?」
「ん?」
なんて?
思ってもみない単語に、シュヴィアは目を丸くした。
呆れるアンネによれば、十三歳になった王侯貴族のほとんどが、学園なるものに通うらしい。
義務ではないが、社交を学び人脈を作るために、特に王族や高位貴族は推奨されているのだとか。
「姫様は、年が明けたら十三歳になられます。学園には通われるのですか?」
「どこにそんな暇が……?」
ちら、と視線を投げた先には、山になった未決済書類。
今や王族はたった二人。草案を作る官吏はいても、最終決済を担うのは二人しかいないのである。
「無理じゃない? わたし、来月から外遊にも行くんだよ」
「そうですよね……」
ふう、とアンネが気遣わしげな息をつく。
陛下の名代として王妹が外遊に行く、というのはまあ、納得のいく理由ではある。
たった十二歳の、身体がたまに不自由になる少女でなければ。
シュヴィアへの命令に、貴族たちには激震が走った。
身体の不自由さが、兄への服毒を防いだ結果ということは、公にされている。
気丈に任を果たそうとする小柄な姫に、大人たちは非常に同情的だった。
以前は我儘だったというのも、あくまで王宮内の噂程度で、社交デビュー前のため場面を目撃した者は少ない。
加えて、突然の両親と姉の死で性格が変わるほどのショックを受け、今は真面目に年不相応な執務まで担っている。
今回のことで、たった一人の兄に冷遇されている姫、という認識が定着してしまった。
陛下に冷遇される姫など、本来なら遠巻きにされるものだが、今は割とそうでもない。
どちらかといえば、不当な冷遇なのでは、という声がひそやかに広がっていた。
「言葉選びが壮絶にセンスないよね……」
妹限定で、たぶん家族への甘えみたいなものも含んで、兄は言葉選びが最悪になる。
素直に変化を受け入れられず、本音をまっすぐ言えず捻くれた物言いになる。思春期かよ。
大人だった前世持ちっぽい今の人格では、はいはいと流せるが、普通の十二歳には耐えられないだろう。
仕方ない兄だなあとため息を飲み込んで、シュヴィアは未決済の山へと戻った。




