転生したっぽい
数日の時間をかけて、シュヴィアは状況を把握した。
どうやら自分は、転生というものをしたらしい。とはいえ、前世の記憶も『マリアンヌは〜』の小説に限る。
第二王女シュヴィアとして生きる前は、たぶん大人で社会人だったはず、くらいしか覚えていない。
そして、困ったことに、シュヴィアとして過ごした記憶がほとんどない。
身体に染みついたマナーや教養は、なぜか自然と出てくるが、意識は完全に前世の人格だ。ややこし過ぎる。
会う人会う人に『何があったのですか』『ショックが強すぎたのですね』『おいたわしい』的な反応をされまくった。
小説のシュヴィアは我儘っ子だったので、仕方ないとは思うが。
とはいえ、今のシュヴィアに言わせれば、小説のシュヴィアは大人たちの被害者だ。
普段は甘やかすだけ甘やかして放置、会えば甘やかすか叱るばかり。そりゃ我儘にもなる。
寂しいから甘えたいし、許されればだめだと知れない。当たり前のことだ。
それで、会えば叱ってばかりの大人の男は、怖いし避けたい。それも当然。
無知な子供を普段は放置しかしないのに、おまえはだめだとばかりにあんな態度を取られれば、頑なにもなる。
それにだ。あんな態度を取られても、シュヴィアは兄のために毒を飲んだ。
なのに、いまだに謝意も感謝もないとは何事だ。
麻痺の残る腕をさすり、書類と本に埋もれながらシュヴィアは腹を立てた。
「姫様。少し休憩しましょう」
「もうちょっと」
「まあ……」
感覚の鈍い利き手に四苦八苦するシュヴィアに、専属侍女だというアンネが痛々しいとばかりの表情をする。
二十代半ばのアンネは、どうやら幼少期からの付き合いらしい。言葉の節々からそう知った。
解毒剤は小説通り間に合い、シュヴィアの命に別状はない。
ただ、四肢の痺れと倦怠感が不定期に訪れる。神経などに作用する毒だったのかもしれない。
成長期のシュヴィアの身体には、毒の作用が強すぎたのだろう。
小説のルドルフは、数日で後遺症を克服したが、あれから数週間が経っても症状が続いている。
そう。両親と姉の国葬から、もう数週間。つい二日前、家族は『地の神』の元へ旅立った。
「戴冠式は、一年後を予定している。それまでに主要国の知識を詰め込んでおけ」
呼び出された執務室で、すでに国王の威厳を身につけつつある兄に命じられた。
ほんの少し怪訝な顔をしたのに気づかれて、鋭い目を向けられる。
「なぜ、戴冠まで一年を置くのですか」
一年もの間、玉座を空席にする意図がわからない。
国は王の死からの一日も早い立て直しが必要で、それには新たな王が立つのが一番いい。
冷静にそんなことを説明するシュヴィアを、ひどく訝しげに見つめながら、兄はため息をついた。
「喪中のみなの心情を測ったのだが?」
「ならば、なおさら早急に戴冠すべきです。喪中で大々的な式典はできませんが、それでも民の不安を減らすことはできます」
言いながら、そういえばヒロインとの再会の戴冠式は、かなり大々的な式典だったと思い出す。
なるほど、二人の再会の場ならば、華美にしたいのか。
まあ、物語なんかどうでもいい。ここは現実なのである。
運命の二人らしいので、わざわざそんな場を設けなくとも、奇跡的に再会できるだろう。
「それとも、式典を大掛かりにしたい理由が?」
「……むしろ、おまえが渋ると思ったが」
もしかして、家族を喪ったばかりの妹の心情を慮って、戴冠式をずらそうとしたのか。
意外と人間らしい部分もあるのだな、と思いつつ、シュヴィアはあっさり否定した。
「問題ありません。どうぞ、早急に。王弟派をさっさと片づけた方が、遺恨も残りません」
「そうか。……ならば、ひと月後だ。無様な姿を見せるなよ」
「問題ありません」
なんでこんな言い方しかできないのかな、この男は。
不器用とか、口下手とかの次元じゃない。まだ子供の妹に、刺々しすぎでは。大人げない。
ソファから立ち上がろうとして、軸足の痺れにふらつく。
すぐに支えてくれたのは、深紅の騎士だった。
「ありがとう」
「いいえ。ご無理はなさらず」
何度か足の具合を確かめてから、騎士の腕から離れて、何とか礼をとる。
その様子を、兄はじっと見つめていた。




