新たな目覚め
ものすごい倦怠感と喉の渇きで、急激に意識が浮上した。
見慣れない天井に動きが止まる。目覚めたことに気づいた侍女らしき女性が、何やら叫びながら部屋を出て行く。
ゆっくりと身体を起こすと、ひどく長く眠っていた時のように、ずしりと全身が重かった。
部屋は、たぶん私室の寝室。たぶん。何だか、他人の場所みたいな、変な感覚はあるけど。
バタンと大きな音と共に飛び込んできた男性に、思わず目を見開いた。
────これ、あれじゃん。『マリアンヌは美しく成り上がる』のルドルフ。
愛読書の挿絵そのまま、何なら煌めきを増した三次元のルドルフが、不機嫌な表情で近づいてくる。
すらりと高い身長、程よく鍛えられた体躯。銀混じりの淡蒼の髪と、サファイアの瞳。
目が潰れそうだ。麗しすぎる。こんな人間、日本には絶対いない。
ときめくことすらできないほど、ただただ見惚れた。
「手間をかけさせるなと言ったはずだ」
は?
よくわからない状況に眉間に皺を寄せると、こちらが不機嫌になったと思ったのか、ルドルフの表情がさらに硬くなる。
「おまえがわざわざ毒味などするから、私一人で民の前に立つことになった。王女なら王女らしく、人を使う方法を覚えろ」
待って。王女? 『マリアンヌは〜』に出てくる王女って、ルドルフの妹しかいない。
どうやら、自分の身体は今シュヴィアらしい。やっと理解が追いついてきて、ふと視線を落とす。
華奢で柔らかな、白魚の手。まだ少女の、幼いそれだ。
まっすぐに胸元に流れる髪は、ルドルフと同じ白銀の蒼。
「だいたい、なぜ紅茶に毒が入っていたことに気づいたのだ。突然押しかけて、喧嘩を売ったかと思えば毒味するなどと」
「……」
「両親と姉上が亡くなったばかりだというのに、おまえまで死に急ぐのか」
なるほど。
なんとなく、おおまかには状況を理解した。伊達に熟読していないんだぞ。
両親と姉の葬儀の後、ルドルフの側近が仕込んだ毒に、なぜかシュヴィアは気づいたらしい。
忠告しようとしたが、今だってこんな態度のルドルフが聞き入れないため、売り言葉に買い言葉で自ら毒をあおった。
だとすると、この身体はまだ十二歳の子供。しかも、慕っていた両親と姉を亡くしたばかりの。
毒に気づいたなら、ルドルフが将来シュヴィアを追い出すように嫁がせることも、もしかして知ってしまった?
────おい、何してくれてんだ。
しかも、部屋に入るなり心配するでも感謝するでもなく、説教? それが恩人への態度か。
たとえ、気まずさを誤魔化すためだとしてもだ。イケメンだからって『堅物なのね』で終わると思うなよ。
「ベルナールは捕らえたのですか」
知らず、口端が歪んだ。皮肉げな笑みを浮かべたシュヴィアに、内心ぎくりとしつつルドルフは頷く。
側近だったベルナールは、自室で服毒しようとしたところを騎士が確保。今は貴族牢にいるという。
「彼の後ろには、王弟派がいます。国王陛下夫妻と王太女殿下の事故も、手を引いているでしょう」
そう。小説の見どころとして、王位を狙う王弟派の罠を掻い潜り、真相を解明するのもある。
しかも、ヒロインはその王弟の庶子だ。現実的には、結ばれるのは無理があるが、まあ小説なので。
呆気にとられたルドルフから視線を外し、深紅の瞳をした近衛騎士を見やる。
「元凶が捕まらない限り、ベルナールは口を割らないでしょう。自害阻止のため拘束をお勧めします」
「は」
「それと、主だった王弟派と王家派、関連しそうな者を一覧にしてもらえますか」
「すぐに。……姫殿下」
一切動じることなく請け負った深紅の騎士が、やんわりと表情を和らげる。
気を張り詰めたシュヴィアを労るような、柔らかさが滲む。
「私は書類仕事が苦手です」
「え?」
「ですから、お求めの書類を用意する間に、どうか飲食や医師の診察を」
あは。うん、そうだね。
ほんの少し肩の力が抜けて、苦笑が漏れた。
「そうします。ありがとう」
「とんでもありません」
深紅の騎士は、どうやら話のわかる人のようだ。
黙ってしまったルドルフに視線を戻すことはせず、シュヴィアは侍女に水と貴族図鑑を所望した。




