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悪役王女の青くない春  作者: 雨傘 はる


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3/17

あなたのためでなく


許可を取ることもせず無断で立ち入った執務室で、デスクに向かっていた兄は非常に恐ろしい顔をした。

本当にものすごく怖い。以前なら、絶対に逃げ出していた。


けど。


「待って、それ飲まないで!!」


ちょうど出されたばかりなのか、湯気を立てるカップに飛びつくように駆け寄り、震える手でソーサーごと抱える。

何かの間違いがないようにと、後退るように兄から距離を取った。


「何の真似だ」


「給仕した者は誰! 毒味はしたの!?」


「はあ。また得意の癇癪か?」


ああもう。きーきー泣いたり叫んだりするのが常だと、こんな時も事の重大さが伝わらない。

それでも、この紅茶を飲ませるわけには、どうしてもいかないのだ。


小説では、疲れを振り切って執務ができるよう濃く入れた紅茶に、毒が仕込まれていた。

濃くなければ、きっと気づいた。でも、今これを抱えているシュヴィアですら、紛れて嗅ぎ分けられない。


解毒剤が間に合って命には別状ないが、家族を喪い多忙を極めるこの期間を、毒の後遺症で満身創痍になりながらこなすことになる。


そんなの、絶対だめだ。ただでさえ疲弊しているのに、一歩間違えば死んでしまう。

兄までもいなくなってしまったら、シュヴィアは本当に一人ぼっちだ。


「毒が入っています。毒味はしたんですか?」


「……側近が給仕した」


「その方は、今ここにいますか?」


「……」


「わ、わたしが、新しいのを持ってきます。お兄様の前で、毒味もします。お望みなら、もっと濃く入れます」


鋭利な刃物みたいに冷たい視線は、斬りつけるように鋭い。

鼻で笑われると、心が折れそうだ。


「おまえを信用する理由がないな。さっさと寄越せ。余計なことをするな、手間をかけさせるな」


たかが紅茶一杯。なのに、こうもムキになるのは、側近の信用がかかっているからか。シュヴィアへの嫌悪か。

どちらもかな、と思いつつ近衛騎士を横目で見ると、瞬きで応えられた。


大丈夫、すでに給仕した側近への追手は出されている。王子への服毒は、疑惑であっても騎士は動く。

だとしたら、あとは兄の説得だけ。


「じゃあ、今ここで、わたしが毒味をします」


「姫殿下!」


アイコンタクトをしてくれた騎士が、思わずといったふうに声を上げた。

が、気が荒れている兄が右手を挙げたことで、口を閉じる。


「構わん。勝手にしろ」


どうせ嘘か、あるいは恐れて毒味などできない、と思っているのだろう。

嘲笑どころか、兄の目はすぐにデスクの上の書類に移り、シュヴィアは視界から締め出された。


「姫殿下、おやめください」


こそり、騎士が囁く。確かに、兄はこちらを見ていないから、逃げる間を作ってくれたとも捉えられる。

でも、万が一、何かの間違いで、これを口にしてしまったら?

もしものその時、止めに入れるとは限らない。


混乱と、焦りと、少しの意地。

両親と姉の顔を見た直後で、ちょっとの投げやりさもあったかもしれない。


頭を下げ、部屋の扉まで下がったところで。


「姫殿下っ!!」


勢いよく、誰かの手が届くより早く、シュヴィアは一気に中身をあおった。

味は渋すぎる紅茶というだけだが、感じる温度はやけに高く、喉が焼ける感覚がする。


駆け寄った騎士の手がカップを弾き、半分ほどを含んだところで止められた。


頬を掴まれても頑なに口を開けず、シュヴィアは中に残っていた液体を飲み下した。

喉から胸のあたりが、ひどく熱い。手足が震え出し、全身に汗が吹き出す。


怒声のような指示が飛び交う中、シュヴィアはぼうっと絨毯の刺繍を眺めていた。

カップを弾いた騎士が、視線を合わせるように腰を折る。


「姫殿下、落ち着いて、腰を下ろせますか」


「……」


舌が痺れて、うまく答えられない。

いつの間にか身体中がガタガタと震えていたようで、騎士の両手が支えている肩以外、感覚がない。


視界がひどくぼやけて、狭い。

騎士の深紅の瞳は、何だか、飴のようだと考えた。美味しそう。


立っている感覚もないから、自分が今どんな体勢かもわからない。

不思議と心地よく、浮き足立つような、穏やかな水中で揺蕩うようだ。


────ああ。このまま、ここにいたい。


お父様も、お母様も、お姉様も、優しい人はみんないなくなってしまったの。

きっと、お兄様にも嫌われて、捨てられてしまうのでしょう。だったら、もう、いいのではないかしら。


「失礼します」


目の上に大きな手を翳され、口の中に何かを吹き込まれた気もするけれど、シュヴィアは眠るように意識を手放した。

戻って来れなくても、もう構わなかった。




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