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悪役王女の青くない春  作者: 雨傘 はる


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15/17

甘酸っぱさと痛み


ふらりと傾ぐ身体を、抱える人があった。いつからか。

姫殿下、と呼ぶ声が好きだ。手を差し出せば、必ず取ってくれると知っている。


────これはたぶん、シュヴィアの初恋。


拙く可愛らしい、ちょっぴりつんけんした、幼い恋心。

可愛いね、シュヴィア。安心していい。わたしは、…………だよ。







先代王弟とその派閥内で事件に関与していた者たちは、全員立場を追われることとなった。

ボスだった先代王弟は幽閉され、時期を見て毒杯を賜る。


対応に困ったのがヒロインだ。

彼女はどうにも想像と現実を混合しており、どこからどこまで関与していたかがはっきりしない。


事件の全貌は、前世の記憶のお陰で知っていたのは間違いない。

加えて、小説にはなかった国王の毒矢襲撃未遂に関しては、自ら教唆したと証言したため、最北端の過酷な修道院に収監されることとなった。

前世の記憶持ちであることを、本人がペラペラと喋ってしまうため、『精神異常』を疑われたのだ。


そこで、ヒロインが『シュヴィアも転生者だ』と言いまくったのはよろしくなかった。

ある時期から性格がガラリと変わったことは、みな承知している。しかし、王女を『精神異常者』とするのは外聞が悪い。


シュヴィアは否定も肯定もせず、変わらず淡々と日々を過ごした。

こういうことは、本人やその周囲が何を言っても無駄なものだ。普段通りのシュヴィアの様子に、噂は少しずつ離れていった。


あと、物理的に忙しすぎて、噂どころではなかったというのも多分にある。

諸々の処理と並行しての執務は、激務と称して相違ない。睡眠と気絶って同じだっけ。


そんな風に過ごしていたので、ふと、我に返った時に近くにいた深紅の色に見惚れた。


「………………姫殿下?」


あまりに無言で見つめすぎたせいか、間を置いて戸惑ったような声音が呼ぶ。


「……陛下と、同じお歳でしたっけ」


深い時間まで机に向かっていたせいか、少し頭がぼんやりしている。

吐息のように問いかけると、セルジオは首を傾げながら微笑した。


「私の方が二歳上です」


「二歳……」


つまり、シュヴィアより十歳上。なるほど、幼子が憧れる年齢差だな。

ほわんと胸の奥があたたかいのに、ぎゅうっと締めつけられもするのは、何とも甘酸っぱい。


彼と話す時、時折りこうして前のシュヴィアが顔を出す。

それが嬉しくて、同時にとても寂しくて、今のシュヴィアはほんの少し困ってしまう。


たった十歳と少しのシュヴィアが、我儘でしか自分をアピールできなかったことが悲しい。

我儘すら可愛らしいと愛されていたことが嬉しい。愛されることに慣れた幼子が愛しい。

愛をくれる家族を失った深い傷が、兄の代わりに背負った疵が、寂しい。


兄を守るのは、前のシュヴィアの焦燥や悲痛に急かされて、失うものかと必死に手繰り寄せるからだ。


「……まいっか」


ふ、と肩の力が抜ける。

転生してこっち、忙しくて忙しくて、それはもう本当に忙しくて、自分のことなんて考える暇もなかった。


前のシュヴィアの記憶が同期したとはいえ、ただの知識で体験じゃない。

前世の人生が『あった』ことは知っていても、どんな人生かは知らない。あるのは、小説の知識だけ。


だから、本当は、シュヴィアは何一つ持っていない。

本当は、ただの空っぽな〝誰か〟なんだ。


「わたし、会いたい子がいて」


「ええ」


深夜テンションであちこち話が飛ぶシュヴィアに、律儀に相槌を打つ穏やかな人。

前のシュヴィアが、憧れて大好きだった人。


深く眠りに就いたシュヴィアが戻ることは、もうないんだと思う。

毒をあおる前、家族を失ったことにショックを受け、兄に見捨てられる将来に絶望した少女は、もう目覚めを望んでいない。


「たまに、どっちの気持ちかわかんなくなることがあって」


「……ええ」


「でも、たぶんどっちも本当なの」


空っぽだから、何だというんだ。ここは小説に酷似した世界でも、ひたすらに現実だ。

そして、その現実にシュヴィアは存在している。間違いなく。


この場所にしっかりと根づいて生きていくと、いつの間にか決めていた。


「私に言えることは、多くありませんが……姫殿下」


「はい」


慎重に言葉を選びながら、セルジオが低めの声を響かせる。

国内でも片手の指に入るほどの実力者は、いつも優しく穏やかだ。


「わからなくなった時に、私はそれを聞ける相手だと思います」


「…………」


あの場で直接、シュヴィアの口から『転生者』と聞いた唯一の人。

真偽を問うことは一切しない深紅の人は、以前と変わらないままだ。


「いつでも壁になります」


ただ聞くだけの壁に、時には盾という意味の壁に。

無骨な武人の言い様がおかしくて、笑いが漏れる。


「ふ、はは……、っ」


笑っていたはずなのに、なぜか涙があふれた。

決壊したように流れ出したそれは、拭っても拭ってもこぼれて机に落ちる。


壁になると言った生真面目な人は、ハンカチを差し出すでも慰めるでもなく、息を潜めてそこにいた。




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