第7話:劣等感の解剖(ハック)
「なっ……、何を言っているの、あなた!?」
応接室の空気が、マリア叔母様の金切り声でピきりと凍りつく。
悪趣味なレースの扇子を握る彼女の指先は、屈辱と怒りでワナワナと震えていた。
普通の令嬢なら、公爵家の親族をここまで怒らせたらおしまいだと恐怖するところ。
けれど、私の目は彼女のその怒りを「ただの虚勢」として冷徹に見切っている。
「失礼いたしました。ですが、マリア叔母様。心理学――いえ、人間の心の仕組みにおいて他人に強い言葉をぶつけずにはいられない方というのは、例外なく『自分自身が満たされていない方』なのです。」
「な……、なんですって……!?」
私はゆっくりと歩みを進め、マリア叔母様が座るソファの対面にお許しも待たずに優雅に腰掛けた。
背筋をピンと伸ばし、大人の包容力に満ちたどこまでも穏やかな視線を彼女の怯える瞳へと真っ直ぐにぶつける。
「叔母様は、子爵家に嫁がれたのですよね。ラングレイス皇国において格式あるアスラン公爵家の血を引きながら、一段格下の子爵家に甘んじている。……その事実に、ずっと人知れず深い痛みを抱えてこられたのではありませんか?」
「お、お黙りなさい! 生意気な男爵令嬢が、私に向かってなんて無礼な――」
「だからこそ、自分よりさらに身分の低いはずの、貧乏男爵家出身の私を見下さずにはいられない。私を『下』に置くことでしか、叔母様はご自身のプライドを保つことができない……。そうでしょう?」
「っ――、あ、あなた……っ!」
図星。
それも、彼女が何年もかけて心の奥底に隠し見ないようにしてきた「最大のコンプレックス」を、
初対面の小娘に一瞬で引きずり出されたのだ。
マリア叔母様の顔から、血の気が一気に引いていく。
周囲で控えていたメイドたちが、息を呑んで固まっている。
これまで誰も触れられなかった「公爵家の親族の闇」を、アリアナが笑顔のままメスで執刀するように鮮やかに解剖していく光景に|畏怖の念を隠せないのだ。
「悲しいことですわ。誰かを傷つけなければ自分を保てないなんて、叔母様はどれほど孤独で不安な毎日を送られてきたのでしょう。でも、もう大丈夫ですよ。」
私はそっと身を乗り出し、テーブル越しに彼女の震える手元へ優しく語りかけた。
「アスラン公爵家は、あなたのその寂しさを攻撃に変えなくても受け止めるだけの器があります。
私がここにいる限り、叔母様が無理に見栄を張って他人に『教育』という名の八つ当たりをしなくてもいいようにいつでもその孤独なお話を聞いて差し上げますから」
「あ、う……あ……。」
マリア叔母様の唇が、魚のように頼りなく開閉する。
怒り狂って怒鳴り散らすかと思いきや、彼女の瞳に浮かんだのは、完全な「恐怖」と自分の全てを見透かされたことによる「精神的敗北」だった。
心理学における「直面化」。
本人が気づかない振りをしている歪んだ防衛機制を、あえて真っ直ぐに突きつける。
通常は信頼関係ができてから行う高度なカウンセリング技術だが、悪意あるマウンティング人間に対してはこれほど一撃で心をへし折る武器はない。
彼女の「いびり」という攻撃の刃は、私の「全肯定の包容力」というクッションに包まれ完全に無力化されたのだ。
「お、おのれ……! 覚えておきなさい……っ!」
マリア叔母様は、もはやお茶に口をつけることすらできず幽霊でも見たかのような顔でガタガタと立ち上がると、ドレスの裾を乱暴にひるがえして応接室から逃げ出していった。
バタン!と扉が閉まり、静寂が戻る。
「……ふぅ。ちょっと荒治療が過ぎたかしら?」
私が小さく息を吐くと、背後に控えていたハンスが、深く、深く、これまでで最も重い敬意を込めて頭を下げた。
「――お見事でございます、アリアナ様。あのラングザイル子爵夫人が、一言も言い返せずに退散するなど、前代未聞にございます。このハンス、心より感服いたしました」
「いいのよ、ハンス。彼女もただ、寂しいだけの人だから」
私が微笑んだ、その時だった。
「……何が起きている」
応接室の対面の扉が静かに開き、いつの間にかそこに立っていたアルベールが、アメジストの瞳を驚愕に見開いてこちらを見つめていた。
彼の手に握られた書類が、微かに震えている。
どうやら、今の「心理学ざまぁ」の一部始終、彼は陰でしっかりと見ていたらしい。




