表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇堕ち寸前の冷徹公爵をマインドシフトしてみたら、全肯定の重めな溺愛モンスターが爆誕しました  作者: もも子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/15

第4話:執務室の牙城と、一杯のハーブティー

アスラン公爵邸の最奥に位置する執務室。


そこはアルベールが外界を拒絶し、ひたすら孤独に「完璧な公爵」を演じ続けるための牙城だった。


午前中の仕事を終えた頃を見計らい、私は厨房で淹れたてのハーブティーをトレイに載せ、その重厚な扉の前に立っていた。


付き添ってきたハンスが、緊張した面持ちで扉をノックする。


「閣下、アリアナ様がお茶をお持ちになりました」


室内から返ってきたのは、予想通りの、低く冷徹な拒絶の声だった。


「……必要ない。下がらせろ。俺は今、手が離せない」


ハンスが困ったように私を振り返る。普通の令嬢なら、この時点で「お邪魔をしてしまって申し訳ありません」と泣きながら退散するところだろう。


けれど、カウンセラーとしての私は、彼の「来るな」という拒絶を、『これ以上、俺の心に踏み込んでかき乱すな』という強い警戒の裏返しだと解釈する。


「大丈夫よ、ハンス。トレイを貸して」


私はハンスからトレイを受け取ると、彼を下がらせ、自ら扉のノブに手をかけた。そして、鍵がかかっていないのを確認すると、すんなりと部屋の中へ足を踏み入れた。


「――っ、言ったはずだ。下がれと!」


書類にペンを走らせていたアルベールが、鋭く顔を跳ね上げる。

そのアメジストの瞳には、自分の聖域を侵されたことへの明らかな怒りと、それ以上の「動揺」が走っていた。


「申し訳ありません、アルベール様。ですが、どうしてもこの温かいうちに召し上がっていただきたくて。安眠と疲労回復に効く、カモミールとレモンバームのハーブティーです」


私は彼の怒気など意に介さず、優雅な足取りで机に近づき、うずたかく積まれた書類のわずかな隙間に、そっと白磁のカップを置いた。

立ち上る湯気とともに、ふんわりと甘く爽やかな香りが、緊張感で満ちていた執務室の空気を優しく塗り替えていく。


「……俺を毒殺でもする気か? 貧乏男爵家の令嬢が淹れた素性の知れない茶など、飲めるわけがないだろう」


アルベールはカップを一瞥し、忌々しげに吐き捨てた。


「毒殺」という極端な言葉が出るのは、彼がこれまで周囲からどれほど命を狙われ、人間不信の中で生きてきたかの証明だ。


心理学でいう「投影」――自分の心にある恐怖を、周囲の環境に映し出している状態である。


私はフッと微笑むと、迷わずそのカップを手に取り、自ら唇を潤した。


「――お味見です。これで安心していただけましたか?」


「お前……っ、何を……!」


「私はあなたの味方です、アルベール様。あなたを害する人間は、この私が絶対に許しません。だから、私の前でまで、そんなに五感を尖らせて警戒しなくても大丈夫ですよ」


カップを机に戻し、私は彼の前に屈み込むようにして、机に両手をついた。


座っているアルベールと、視線の高さを合わせる。

心理学における「アイレベル(視線の同調)」。上から見下ろすのではなく、同じ高さで向き合うことで、相手の無意識の警戒心を解くテクニックだ。


「昨夜からずっと、誰のことも信じられない暗闇の中で、一人で戦っていらしたのでしょう? でも、もう一人ではありません。私があなたの『安全基地』になります」


「安全基地……?」


アルベールが、呆然としたようにその言葉を繰り返す。


「ええ。どれだけ外で戦って傷ついても、ここに戻ってくれば絶対に否定されず、無条件で受け入れられる場所。それが私です。あなたがどれだけ冷たくしても、私はあなたを嫌いになりません」


アルベールのアメジストの瞳が、激しく揺れ動いた。


彼はペンを握ったまま、まるで息をすることすら忘れたかのように、私を見つめている。


彼の本能が、私の言葉を求めているのが分かった。


『お前は完璧でなくてもいい』

『弱くても見捨てない』


という、彼が生まれてから一度も与えられなかった「無条件の愛」という光に、彼の凍りついた心が、じわじわと、けれど確実に溶かされ始めている。


「……狂っている」


長い沈黙のあと、アルベールは掠れた声でそう呟いた。


彼は、私を睨みつけることもできず、ただ視線を落とし、机の上のハーブティーから立ち上る湯気をじっと見つめる。


「お前は、狂っている。俺を……アスラン公爵を、そんな言葉で揺さぶれると思うな」


口では拒絶しながらも、彼の長い指先が、そっとハーブティーのカップの持ち手に触れた。


引き剥がすためではない。その温もりを確かめるように、愛おしそうに、指先を這わせている。


(ふふ、ツンデレの『ツン』が、少しずつ崩れてきたわね)


「それでは、私はこれで失礼しますね。お仕事の邪魔をしてしまいましたから。ハーブティー、冷めないうちにどうぞ」


私は満足して立ち上がり、一礼して部屋を出ようとした。


その時――。


「……待て」


背後から、アルベールの低く、どこか切羽詰まったような声が私を引き止めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ