よみがえる勾玉と去り際の足音
すっかり陽が落ち、夜の静寂に包まれた神社。
たぬが気を利かせて(といっても押し入れから引っ張り出してきただけだが)用意してくれた客間用の布団に潜り込み、ゼブラはようやく一息ついていた。
「……最悪な一日だった」
天井の木目を睨みつけながら悪態をついた、その時である。
スパーン、と少しだけ開いていた襖の隙間から、のそのそと二つの影が寝室に侵入してきた。
『よいしょ、よいしょ』
『おじゃましまーす』
ゼブラの頭の中に、直接間の抜けた声が響く。
ぽんとぽこの二匹だ。
彼らは全く遠慮する素振りもなく、ゼブラが寝ている布団の上へとよじ登り始めた。
「……ッ! お前達は呼んでない! たぬと一緒に寝ろ!」
ゼブラは弾かれたように身を起こし、シマウマの耳を逆立てて激怒した。
しかし、二匹のたぬきはどこ吹く風だ。
『いやー、たぬは寝相が悪いからさ』
『一緒に寝たら楽しいよぉ』
「ええぃ、近づくな! 鬱陶しい! しっ、しっ!」
ゼブラは手で二匹を追い払おうと奮闘した。
しかし、ぽんとぽこはゼブラの抵抗を器用に躱し、最終的にゼブラの足元の布団の上に丸く収まってしまった。
一悶着あったものの、疲れ果てていたゼブラはそれ以上追い出す気力もなくなり、結局二匹の重みを感じながら眠りにつくことになった。
翌朝。
チュンチュンと雀が鳴く声で目を覚ましたゼブラが土間へ向かうと、そこにはすでに起きているたぬの姿があった。
「ふぁぁ……」
大きな欠伸をしながら、たぬはかまどの前で朝食の準備をしている。
大きな白いしっぽが、ご機嫌にゆらゆらと揺れていた。
ゼブラは腕を組み、ムスッとした顔でその様子を黙って見守る。
ふと視線に気づいたたぬが、振り返ってへにゃりと笑った。
「あ、おはよう~ゼブラちゃん。
朝ごはん終わったら、ちゃんと勾玉に力入れてあげるからねぇ~」
やがて用意された朝食は、非常に質素なものだった。
お椀に盛られた白ご飯と、お豆腐の味噌汁。
そして、お皿の中央にはポツンと、焼シャケの切り身が「一切れ」だけ乗っていた。
「これを、はんぶんこしよ~」
たぬが箸を手にしてそう言った瞬間だった。
『いただき!』
横から茶色い影が飛び出してきた。お腹を空かせていたぽんである。
ぽんは見事な身のこなしで皿の上の鮭をくわえ取ると、トタトタと距離を取った。
「あ! こら! ぽん! 勝手に食べないの~」
たぬが珍しく声を張って叱るが、ぽんは悪びれる様子もない。
『へへっ、早い者勝ちさ!』
ぽんは頭の中に勝ち誇った声を響かせながら、美味しそうに鮭の切り身を平らげてしまった。
ちなみにその頃、もう一匹のぽこは食事の輪には加わらず、縁側で丸まってのんびりと休んでいる。
「もう~、ぽんのバカ~」
文句を言いながらも、たぬはご飯と味噌汁だけの朝食をゆっくりと食べ進めた。
相変わらず騒がしい朝の風景に、ゼブラは呆れ果ててため息をつくしかなかった。
やがて食事が終わると、いよいよ約束の時間がやってきた。
たぬは縁側に座り、ゼブラから受け取った黒くくすんだ勾玉を両手でしっかりと握りしめた。
そして、ゆっくりと目を閉じ、しばらくじっと動かなくなる。
静寂の中、たぬの掌から淡い光が漏れ始めた。
光は少しずつ強くなり、やがて社務所の中をふわりと照らし出す。
「……んっ」
たぬがゆっくりと目を開け、両手を広げた。
そこには、元の美しい翡翠色を取り戻し、神秘的な輝きを放つ勾玉の姿があった。
「はい、お待たせ~……わっ!」
たぬが言い終わるよりも早く、ゼブラは半ばひったくるような乱暴な手つきで勾玉を奪い取った。
そして、愛おしそうに勾玉を懐へとしまい込む。
「あ~、ゼブラちゃん、もう帰るの~?」
縁側に座ったままのたぬが首を傾げると、ゼブラは振り返ることもなく言い放った。
「当然だ! 誰がこんなところに長居するものか!」
ゼブラはそのまま踵を返し、足早に神社の参道へと向かって歩き出した。
「そっかぁ。気をつけてね~」
背後からかけられたのんびりとしたたぬの声に、ゼブラが返事をすることはなかった。
ただ、去り際のゼブラの強く踏みしめるような靴音だけが、静かな境内にいつまでも高く響き渡っていた。




