誇り高き者の涙はタマネギのせいにして
不本意ながらも社務所に一泊することになったゼブラは、板張りの部屋の隅に座り込み、まだ苛立ちを引きずっていた。
腕を組み、不機嫌そうに尻尾を床に打ち付けていると、開け放たれた襖の向こうから、のそのそと二つの影がやってきた。
一匹は雪のように真っ白な毛並みをしたメスのたぬき。
もう一匹は、どこにでもいるような茶色い毛並みをしたオスのたぬきだ。
二匹はゼブラの前までやってくると、ちょこんと腰を下ろした。
『久しぶりだね』
『またすぐに力を使い果たしたな』
ふいに、ゼブラの頭の中に直接声が響いた。
それは、白たぬきの「ぽこ」と、茶色いたぬきの「ぽん」の声だった。
二匹はたぬの眷属であり、たぬと関わりのある者の心に直接話しかけることができる不思議な能力を持っていたのだ。
「……ッ! お前達、直接頭の中に話しかけるな! 気が散る!」
ゼブラは声に出して怒鳴りつけた。
シマウマの耳をピリピリと逆立てるゼブラを見て、ぽことぽんはやれやれといった様子で首を振る。
そこへ、ようやく昼寝から目覚めたたぬが、目をこすりながら奥の部屋からのっそりと姿を現した。
「ふぁ~……よく寝たぁ。あ、今日の夕飯はカレーにするね~」
そのマイペースすぎる宣言に、ゼブラはすかさず噛み付いた。
「勝手に決めるな! なぜ私がこんなボロ屋でカレーなど……!」
「えー、でもぉ。たぬちゃんが作れて、みんなに出せるのって、カレーくらいしか知らないからなぁ~」
『贅沢いうな。食えるだけいいだろうが』
『どうせたぬは途中で寝ちゃうから、ゼブラちゃん、あとはお願いね』
ぽんとぽこが、呆れたようにゼブラの脳内に語りかける。
「は? なぜ私が……おい、ちょっと待て!」
ゼブラの抗議も虚しく、たぬは台所代わりの土間へ向かい、ゴソゴソと野菜やカレールーを準備し始めた。
まな板の上に玉ねぎを置き、包丁を握る。
トントン、トン……。
数回、ゆっくりとしたリズムで玉ねぎを切る音が響いたかと思うと、たぬの動きがピタリと止まった。
「……ふぁ。たぬちゃん、なんだか急に……眠く……」
言うが早いか、たぬは包丁をそっと置くと、そのまま土間の隅にあった俵に寄りかかり、すうすうと寝息を立て始めてしまったのだ。
「……嘘だろう、お前」
信じられないものを見る目でたぬを見下ろすゼブラ。
しかし、たぬは完全に夢の中だ。
まな板の上には、中途半端に切られた玉ねぎが放置されている。
結局、ゼブラがその包丁を握る羽目になった。
ゼブラ柄の服の上に不格好に前掛けをつけ、慣れない手つきで玉ねぎを刻んでいく。
「なんで、私がこんな目に……ッ」
ポロリ、と。
ゼブラの美しい顔から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
それが目に染みた玉ねぎのせいなのか、それとも、力を失いこんな場所でカレーを作らされている己の情けなさからくるものなのかは、誰にもわからない。
『……まあ、元気だせよ』
ぽんの少し気まずそうな慰めの声が、ゼブラの頭の中に響いた。
鍋からスパイスの良い香りが漂い始め、カレーが無事に完成したその瞬間——。
「ん~、いい匂い~。ちょうどお腹すいてたんだよね~」
図ったかのように、たぬがパッチリと目を覚まして土間へと戻ってきた。
そのあまりにも都合の良いタイミングに、ゼブラは特大の舌打ちを響かせる。
「チィッ!」
しかし、たぬはそんなゼブラの殺気すら全くお構いなしだ。
彼女はニコニコと笑いながら、すでに用意されていたお皿を手に取った。
「じゃあ、ご飯にしましょ~」
縁側に並んで座り、夕日に染まる寂れた境内を見つめながらの夕食。
「具が大きすぎる! もっと丁寧に切れ!」
「え~、ゼブラちゃんが切ったんじゃ~ん」
『文句言いながらしっかりおかわりしてんじゃねえか』
ゼブラはブツクサと文句を言い続けていたが、その手にあるスプーンは止まらない。
たぬ、ゼブラ、そしてぽことぽん。
奇妙な一行は、夕暮れの神社で肩を並べ、一緒にカレーを平らげるのだった。




