奪われた力と色褪せた勾玉
薄暗い社務所の中は、外のうららかな陽気とは打って変わって、チクチクとした空気が充満していた。
「ふぁ……それで、ゼブラちゃんは何しにここに来たの~?」
大きなあくびを噛み殺しながら、少女——「たぬ」は、気の抜けた声で尋ねた。
彼女の背後では、大きな白いしっぽがご機嫌にゆらゆらと揺れている。
対照的に、ゼブラ柄の服を着た大柄な美女——ゼブラは、腕を組んだまま部屋の隅に立ち、鋭いエルフの耳をピリピリと震わせていた。
「チッ……」
返事の代わりに、鋭い舌打ちが静かな社務所に響く。
シマウマの耳は不快げに後ろへ倒れ、腰の短い黒いしっぽはイライラと空を叩いている。
よほど腹の虫の居所が悪いらしい。
そんなゼブラの態度を気にも留める様子もなく、たぬは座布団を引き寄せながら、へらりとした笑みを浮かべた。
「まー、怒るのも無理ないよねぇ。ゼブラちゃんがそんなつぎはぎみたいな姿になっちゃったのも、たぬちゃんのせいだからね~」
その言葉が、ゼブラの逆鱗に触れた。
「……ッ!」
ゼブラは強く唇を噛み締め、ギリッと歯を鳴らした。
なんとか怒りを押し殺そうと胸を大きく上下させていたが、沸点を超えた感情は抑えきれなかった。
「あぁ! そうだ! お前に力を奪われなければ、私だってこんな無様な姿にはならなかった!」
怒声が狭い社務所に響き渡る。
ゼブラの瞳には、深い恨みと屈辱の色が渦巻いていた。
彼女にとって、複数の種族の特徴が混ざり合った今の不安定な姿は、耐え難いほどの屈辱なのだ。
激昂するゼブラの前で、たぬは耳を塞ぐわけでもなく、ただぽわんとした表情で小首を傾げた。
「えー、でもぉ。普段人間の町で暮らしてる時は、人に偽装できるようにちゃんと勾玉を渡したでしょ~?」
たぬが眠そうな声でそう言うと、ゼブラは乱れた呼吸を一つ整え、懐から無言で何かを取り出して突きつけた。
ゼブラの掌に乗っていたのは、一つの勾玉だった。
しかし、それは本来放っているはずの淡い光を失い、まるでただの石ころのように黒くくすんでしまっていた。
力を使い果たした証拠である。
「あー……」
それを見たたぬの丸い獣耳が、ピコッと動く。
「なんだぁ、これのためにわざわざ来たのか~」
たぬは納得したように一つ頷くと、再び大きなあくびをした。
そして、目をこすりながらとんでもない提案を口にした。
「でもねぇ、たぬちゃん、今日はずーっと眠いんだよねぇ。
だから、勾玉に力を込めるのは明日じゃないと無理かも?」
「……は?」
「というわけで、今日はここに泊まっていってね~」
ゼブラの目が驚愕に見開かれた。
「なっ……! ふざけるな! 誰がこんなボロ屋で——」
怒号を飛ばしかけたゼブラだったが、たぬが悪気のない眠たげな顔で見つめ返してくるのを見て、言葉を飲み込んだ。
彼女にとって、今一番大切なのはそのくすんだ勾玉に再び力を宿してもらうことだ。
ここでたぬの機嫌を損ねてしまえば、人里で生活することができなくなってしまう。
ゼブラはギリギリと奥歯を鳴らし、何度か深呼吸を繰り返した。
そして、親の仇でも見るかのような悔しそうな顔で、低く唸るように絞り出した。
「……わかった」
「りょーかい~」
屈辱に耐えるゼブラをよそに、たぬはあくび混じりの気の抜けた返事をすると、再び縁側の方へとふらふらと歩き出すのだった。




