忘れられた神社の白き巫女と縞模様の来訪者
色褪せた朱色の鳥居をくぐると、そこには静寂だけが支配する空間が広がっていた。
かつては多くの人々の祈りを受け止めていたであろうその神社は、とうの昔に放棄され、鬱蒼と茂る木々に飲み込まれようとしている。
しかし、境内は意外なほどに澄んでいた。
落ち葉は綺麗に掃き清められ、崩れかけていた石畳は不器用ながらも丁寧に補修されている。
その静かな境内で、一人の少女が懸命に箒を動かしていた。
彼女の姿は、この寂れた場所には不釣り合いなほどに神秘的だった。
雪のように白い髪の間からはピンと立った丸い獣耳が覗き、腰のあたりからは自分の背丈ほどもあるふさふさとした大きな白いしっぽが揺れている。
身に纏っているのは、少し色褪せているものの綺麗に手入れされた、赤と白の巫女服だ。
「ふう……今日はこのくらいにしておこうかな」
少女は額の汗を手の甲で拭うと、満足げに綺麗になった境内を見渡した。
すっかり誰も来なくなってしまったこの神社を、彼女はたった一人で、毎日熱心に直し続けているのだ。
ここが、彼女の唯一の居場所だから。
春の陽気はぽかぽかと暖かく、労働の後の心地よい疲労感が少女の瞼を重くさせた。
彼女は箒を片付けると、まだ半分ほど屋根が朽ちている社務所の縁側に腰を下ろした。
大きな白いしっぽを器用に丸めてクッション代わりに敷き、ごろんと横になる。
そよ風が頬を撫でる心地よさに、少女の意識はあっという間に微睡みの底へと沈んでいった。
——どれくらいの時間が経っただろうか。
ザクッ、ザクッ、と。
枯れ葉を踏みしめる足音が、静まり返った境内に響き渡った。
足音の主は、迷うことなく真っ直ぐに社務所へと向かってくる。
縁側で気持ちよさそうに寝息を立てる白い少女の前で、その足音はピタリと止まった。
見下ろす影は大きい。
そこに立っていたのは、目を引くようなゼブラ柄のタイトな服を身に纏った、大柄で豊満な美女だった。
しかし、彼女の容姿は、その派手な服装以上に奇妙だった。
頭部には白と黒の縞模様を持つシマウマの耳が生えており、腰からは短く黒いしっぽが覗いている。
それだけではない。彼女の側頭部——本来、人間の耳があるべき場所には、長く鋭く尖ったエルフの耳がついていたのだ。
異なる種族の特徴を継ぎ接ぎしたようなその女性は、腕を組み、縁側で無防備に眠る少女をじっと見下ろしていた。
その美しい顔には、どこか呆れたような、それでいてひどく恨めしそうな感情が張り付いている。
「……んぅ……」
鋭い視線に射抜かれたからか、少女はむにゃむにゃと寝言をこぼしながら、ゆっくりと丸い獣耳をピクピクと動かした。
そして、重い瞼をこすりながら薄く目を開ける。
ぼやけた視界に、特徴的なゼブラ柄の服と、豊満な胸の谷間が映った。
「あ……。おー、ゼブラちゃん……おはよう……」
少女は全く警戒する様子もなく、ふにゃりとした笑顔を浮かべてのんびりと声をかけた。
その緊張感の欠片もない挨拶に、女性の眉間の皺が一段と深くなる。
「……チッ」
女性は短く、しかしはっきりと不機嫌そうな舌打ちを落とした。
そして、まだ寝転がっている少女を完全に無視して、ずかずかと足音を荒立てながら社務所の中へと入っていってしまった。
「あれぇ、ご機嫌斜めだなぁ……ふわぁ」
少女は大きなあくびを一つこぼすと、のっそりと立ち上がった。
そして、白いしっぽをゆったりと揺らしながら、怒れる来訪者の後を追って社務所へと入っていくのだった。




