表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金欠魔女と始める異世界金策生活 〜この世界では胡椒が高級品!?現代の所持品でなんとか借金返済します〜  作者: 白樺ずね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/6

その胡椒、私の家より高いわよ

「胡椒ですよね」


「今、この国で一番高い香辛料のうちの一つよ」


「え」


僅かな沈黙。そこにミリアが続ける。


「王都では粒で取引されるわ。南方航路が止まって、去年の干ばつで香草も色々駄目になって、胡椒は値段が跳ね上がったの。貴族は欲しがるし、商人は買い占める。当然、魔女は買えないわ」


「最後だけ個人的ですね」


「重要な市場情報よ」


ミリアは、悠麻の手の中のペッパーミルを見つめていた。


その目は、もう眼の前の異世界人を見ていない。

胡椒を見ていた。

いや、胡椒の向こうにある返済計画を見ていた。


「どれくらい入ってるか見せて」


「えっと、どうぞ。七割くらいです。スーパーで買ったやつなので、そんな高級品ではないですけど」


「スウパアが何かは知らないけど、その筒の中身、今なら下手をすると私の家より高いわね」


悠麻は黒曜樹の上のツリーハウスを見上げた。


傾いている。

窓が外れて壊れかけている。


「比較対象がちょっと不安です」


「不安なのは私の家計よ!」


ミリアは叫んだ。


そして、叫んだ直後に、はっとした顔をした。

彼女は咳払いをし、急に落ち着いた声を作った。


「異世界人ユーマ」


「佐野悠麻です」


「ユーマ」


「まあ、悠麻でいいです」


「あなたは不幸にも、この世界に迷い込んだ。右も左もわからず、言葉は通じるけれど常識は通じない。ここ危険な荒野で、頼れる者もいない」


「はい」


「そこで、親切な荒野の魔女があなたを保護するわ!」


「ありがたいです」


「その代わり」


ミリアは、ペッパーミルを指差した。


「その胡椒を、少しだけ私にちょうだい」


「少しだけ?」


「ほんの少し。具体的には、今月の返済に間に合うくらい」


「それは少しなんですか」


「私の人生に比べれば少しよ」


***


悠麻はペッパーミルを見た。


確かに、この世界で価値が高いなら、交渉材料にはなる。


だが、自分はまだこの世界のことを何も知らない。胡椒の相場も、魔女の信用度も、借金の額も、なぜ自分がここに来たのかも知らない。


悠麻は深く息を吐いた。


「まず、状況を整理させてください」


「いいわ。整理は大事よ。借金も、整理すると少しだけ絶望が増すから」


「増えるんですか」


荒野の風が、二人の間を抜けていった。


遠くで、骨みたいに痩せた砂蜥蜴が岩陰へ逃げていく。黒曜樹の上では、斜めにくくりつけられたツリーハウスが風に揺られて、ぎい、と不安な音を立てた。


「とりあえず、ここで話すのもなんだし、家に入りましょ」


「え」


悠麻は黒い大樹を見上げた。


家は、かなり高い位置にある。

そこへ続く階段はない。もちろんはしごもない。


「……あの、登れないんですが」


「当然よ。そんなものがあったら借金取りが登ってくるじゃない」


「防犯の方向性が極端ですね」


「借金取りへの対策は、やりすぎくらいでちょうどいいのよ」


「でも、その理屈だと俺も入れないんですけど」


「私が運ぶわ」


「運ぶ?」


ミリアは杖を軽く振った。


淡い光が二人の足元に広がる。悠麻の身体が、ふわりと浮いた。


浮いた、というより、体重を誰かに雑に預けられたような感覚だった。


「うわっ」


「暴れないで。落ちるわよ」


「これ落ちないですよね!?」


「大丈夫。たぶん」


「今、たぶんって言いました?」


「言ってないわ。しょうがないわね。ほら、しがみついて」


結局、悠麻はフライパンとペッパーミルとチーズを抱えたまま、ミリアの肩のあたりにしがみつくことになった。


「変なところ触らないでよね」


「触りませんよ。というか、そんな余裕ないです」


「あと、胡椒を落とさないで」


「俺より胡椒の心配ですか」


「今の市場価値だと迷うわ」


「迷わないでください」


浮遊魔法は、軽やかに空を舞うものではなかった。


少なくとも、二人分の体重と、フライパンと、ペッパーミルと、粉チーズの容器を抱えた今は違った。


二人は、ぎこちなく上昇した。


じわじわと。


過積載の荷物用昇降機みたいに。


「魔法ってもっと万能なものじゃないんですか」


「万能なら借金してないわよ!」


それは、非常に説得力のある返答だった。


近づくと、木の上の家は地上から見るより大きかった。


丸太と板を継ぎ足して作られた、いびつなログハウスのような建物である。床下には魔法文字の書かれた金属輪がいくつも打ち込まれ、黒曜樹の枝と家を無理やり繋ぎ止めている。


ただ、雑だった。

明らかに雑だった。


「この家、乗った瞬間に壊れません?」


「失礼ね。魔法で固着させているから大丈夫よ」


「その言い方がもう不安なんですが」


ミリアは窓枠の外れた入口からではなく、ちゃんとした扉の前に悠麻を下ろした。


扉は斜めだった。


悠麻が促され扉を開こうとしたとき、扉の前の床に描かれた魔法陣が目に入った。

黒い線で描かれた円の中心に、赤い印がある。


「この魔法陣は何ですか?」


ミリアの動きが止まった。


「近いうちにわかるわ」


「すごく嫌な言い方ですね」


「知らない方が幸せなこともあるのよ」


「今それを言われると、知りたくなくても気になるんですが」


「いいから早く入りなさい」


扉を開くと、ぎぎ、とひどく不安な音がした。


「どうぞ。荒野の魔女ミリア・ノクトの家よ」


「お邪魔します」


悠麻は慎重に足を踏み入れた。

中は、外から見た印象を裏切らなかった。


「めちゃくちゃ散らかっている......」


ミリアを見るとすごく睨まれていた。


悠麻はミリアから目をそらす。玄関の正面から左右に部屋が分かれていた。

見える範囲だけでも、壁には乾燥した薬草の束が吊るされ、棚には色とりどりの瓶が並び、床には紙が散らばっている。右側の部屋では小さな机の上には魔術書らしき本と、欠けたカップと、半分になった硬そうなパン。部屋の隅では、青く光る湿った毛玉が小さく震えていた。


「今の、動きませんでした?」


「昨日の失敗作よ。噛まないから大丈夫」


「噛む可能性があるんですか」


「低いわ」


「低い」


「とりあえず、部屋に案内するわ。椅子は……あるから。たぶん」


たぶんが多い。


ミリアは悠麻をひっぱって、右の部屋へに促し、それから自分だけ先に奥の部屋へ入った。

悠麻はとりあえず持ち物をテーブルに置くと、そこで少しだけ立ち止まった。

ミリアの入った部屋には黒くて大きな釜があった。


「あ、魔女の釜だ」


思わず口に出た。


絵本やゲームで見たような、大きな釜ではない。だが、魔法銀らしき線が刻まれ、床の魔法陣と繋がった銅鍋は、確かに魔女の道具に見えた。


ただし、その釜は倒れていた。


支えの一部が外れ、口を開けたまま床板に横たわっている。中から何かがこぼれ出たらしく、床には金色に乾いた泥のような跡が残っていた。しかも、近づかなくても分かる程度に臭い。


悠麻は、釜と床とミリアを順番に見た。


「……何があったんですか」


ミリアは少しだけ視線をそらした。


(きん)をね、作ろうかなって」


「借金返済のために?」


「他に何があるのよ」


「作れたんですか?」


「錬金術とは、低きものを高きものへ至らせる神秘の技術よ。金の錬成は、古来より錬金術師たちが挑み続けている到達点の一つ。つまり私は、借金に追われていたのではなく、偉大なる学問の歴史に身を投じていたわけ」


言い訳が長い。

「借金返済どこ行ったんですか」


「まあ? 目的が両立することくらい一流にはよくあるわよ」

一流の魔女は少しだけ早口で答えた。


「できてないんですね」


ミリアは黙った。


それから、倒れた釜を起こしながら、小さく言った。

「……今のところはね」


「今のところ」


「途中までは悪くなかったのよ。煙が金色だったし、丸かったし、光っていたし」


「金そのものではなく?」


「中間生成物よ」


「臭いですけど」


「中間生成物だからよ」


悠麻はそれ以上、深く聞かないことにした。


ミリアは釜の横に落ちていた赤い羊皮紙を拾い上げていた。


そして、それを見るやいなやミリアの顔が凍ったのが分かった。


「……まずい」


「何ですか」


「返済期限が、今日だったみたい」


「みたい?」


「見なかったことにしていたから」


「でも借金取りはここには来れないんでしょう?」


「こいつだけは別なのよ!!」


ミリアはひどく焦ったまま大慌てで、玄関の扉まで飛び出した。


そこには先程の魔法陣。


悠麻がなにか言うより早く、魔法陣の中心に魔力が駆け巡り黒い電撃が奔った。


空間が裂ける、というほど派手ではない。突然、魔法陣の上に人形の影ができ、そこから、実体を持った人の形が現れた。最初に、表情のない白い仮面。続けて黒い靴、白い手袋。纏っているのは漆黒のスーツ。


男は、まるで約束の時間に訪ねてきただけの客のように、静かに家の前に現れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
情景描写がすごく上手で、一気に小説の世界に引き込まれました!特にミリアの家の描写や、魔法陣の描写が生き生きとしていて良かったです。 続きを楽しみにしています⭐︎
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ