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金欠魔女と始める異世界金策生活 〜この世界では胡椒が高級品!?現代の所持品でなんとか借金返済します〜  作者: 白樺ずね


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2/6

〇〇との出会い

「うう、痛い……痛い痛い痛い……」


空から激突してきた女は、砂の上で丸くなっていた。


悠麻は、その横でフライパンを拾いながら、呆然と周囲を見回した。

奇跡的に中のパスタはほとんどこぼれていなかった。


空が広い。広すぎる。


マンションの台所ではない。大学近くのアパートでもない。舗装道路も電柱もない。見えるのは、ひび割れた荒野と、眼の前の黒く巨大な枯れ木と、その上に建った妙な家だけだった。


それから、砂の上でうずくまる銀髪の少女。

ローブ。帽子。箒ではないが、腰に小さな杖。


悠麻は、まず日本語で言った。


「あの、大丈夫ですか」


銀髪の少女が、ぎくりと肩を震わせた。

それから、砂まみれの顔を上げる。


「だ、大丈夫なわけないでしょ! あなた、何なのよ! どこの誰で、何の魔法で、どうして私の魔力から出てきたの!?」


言葉は、通じた。

悠麻は、恐る恐る自分の耳に触れた。


「日本語だ……?」


「ニホンゴ? 何それ。新しい古代語? ちょっと待って、あなた、魔術師? 錬金術師? 召喚獣? それとも借金取りの新手?」

「借金取りではないです」


「本当に?」

「本当です」


「証明は?」

「身分証でもだしましょうか?」


悠麻はポケットを探った。

財布はなかった。スマホもなかった。鍵もなかった。家にいたので、当然といえば当然である。


あるのは、パスタの入ったフライパン、ペッパーミル、粉チーズの容器だけ。

ただし、粉チーズの容器は砂の上に転がっていた。蓋が半開きになり、白い粉が少しこぼれている。


「……身分証は、ありませんでした」


少女の目が細くなった。


「やっぱり借金取りじゃない」

「本当に違うんですって!」


「じゃあ、何者なの」

「佐野悠麻です。大学生です」


「ダイガクセイ」


銀髪の少女はその音を反芻した。


「階位? 職能? 魔術系統?」


「学校に通ってる人間です」


「学校? 学院のこと? でもあなた、魔力の感じがしないわね」


少女は立ち上がり、ふらつきながら悠麻に近づいた。


長い銀髪が、砂と風を含んで乱れている。目は澄んだ紫色で、顔立ちは整っていた。かなり、というより、普通に美人だった。年齢は、自分と同じか、少し下に見えた。


黒いローブと尖った帽子は、子供の頃に絵本で見た魔女そのものに近い。 ただし、ローブの裾は擦り切れていた。袖口には薬品で焼けたような跡があり、帽子のつばも少し歪んでいる。近づくと、花の香りではなく、乾いた薬草と、焦げた金属と、何か得体の知れない薬品を混ぜたような変な匂いがした。


彼女は悠麻の周囲をぐるぐる回り、鼻を近づけ、杖の先で肩をつつき、フライパンを睨み、粉チーズの容器を睨み、最後にペッパーミルを見た。


「変ね」

「何がですか」


「あなた、本当に魔力がない」

「魔力は、普通ないと思いますけど」


「普通あるわよ。草にも、蜥蜴にも、借金取りにもある。借金取りなんて、恨みのせいで少し濃いくらいよ」

「借金取りへの偏見が強い」


眼の前の少女は真剣だった。


悠麻は、少しずつ嫌な予感を覚え始めていた。


「ここ、どこですか」


「どこって、最果ての荒野。フェルビム大樹海の更に奥よ」


「……国は?」


「ルグレア魔導王国の東端。王国がここを本当に自国の一部だと思っているなら、だけど」


「地球ではない?」

「チキュウ?」


魔女は首を傾げた。


悠麻は空を見上げた。

太陽に似たものはある。空は青い。呼吸もできる。だが、見える月のような白い影が二つあった。


悠麻は、ゆっくりと言った。


「異世界転移……?」



***



異世界転移。


サノユーマと名乗った男の発したその言葉を、ミリアは知らなかった。


だが、意味はわかった。


彼女は、自分の足元に残る魔力痕を見た。

黒曜樹の根元から、まだかすかに煙が上がっている。


自分が魔法を失敗した。


いや、失敗という言い方は正確ではない。あの魔法は、いちおう発動した。金を作るはずだった錬金術は、途中から錬金術ではない何かに変わり、釜の外側で黒曜樹と共鳴した。


その結果、自分の魔力の渦から、魔力を持たないこの男が出てきた。

つまり、かなり高い確率で、自分のせいである。


ミリアは、瞬時に判断した。


このことは言わない方がいい。


「なるほどね」

ミリアは、とりあえず咳払いをした。


「あなた、自分の状況をどこまで理解しているの?」


「理解というか……多分、異世界転移ってやつではないかと」

悠麻は続ける。

「ラノベとか漫画でよくあるんですよ。突然異世界に呼び出されて、神様からチートをもらって、みたいなやつです」


「ラノ……? マンガ……? チート……?」


ミリアは何を言っているのか、半分以上分からなかった。

ただ、神様だの呼び出されただのと言っている以上、ミリアの魔法が原因だとは思っていないらしい。


それは非常に重要だった。


「他に、異世界から来た人っていないんですか?」


そんなものは聞いたこともない。

だが、ここは乗るしかなかった。


「……いるかもしれないわね」


「曖昧ですね」


「異界現象というのは、だいたい曖昧なものなのよ」


ミリアは胸を張った。


「あなたは、魔法のない異界から迷い込んだ人間。私は荒野の魔女ミリア・ノクト。この辺りで一番、異界現象に詳しい魔女よ」


「……本当に?」


「今から詳しくなる」


「それは詳しくない人の言い方では」


「うるさいわね。異世界人のくせに、ずいぶん現実的なことを言うじゃない」


眼の前の異世界人は露骨に失望の色を顔に浮かべた。


ミリアは胸を張った。

本当は、胸を張っている場合ではなかった。


異界から来た人間。

魔力を持たない人間。

黒曜樹の反応。


どれ一つ取っても、真面目に調べれば王都の研究塔ひとつが数年かけて議論するような異常である。


しかも彼は、おそらく自分の魔法によって異界から飛ばされてきた。

......流石に、放ってはおけない。


放っておけないが、今のミリアには借金もあった。返済期限も近い。家賃はないが、材料費はある。食費も少しはかかる。自分の食費はいいとしても異世界人の生活費用など出せるるわけもなかった。

とはいえ異世界人を研究塔に売り払うほど人道を外れたつもりもなかった。


「ああ……借金も大変なのに、異界から迷い込んだ人間まで助けるなんて……」


ミリアは頭を抱えた。


「......借金あるんですか」


ミリアは一瞬、言葉に詰まった。


しまった。

しかし、ここで引くと負けた気がした。


「少しね」

「少し」


「額としては、大きめの少し」

「それは大変そうですね」


「大変じゃないわ。計画の範囲内よ」

「返済できるんですか」


「今から考えるところよ」

「それは計画の範囲内なんですか」


「計画には余白が必要なの」


眼の前の男が自分に対する警戒を強めたのがわかった。

魔女としての威厳が、砂の上にぼろぼろ落ちていく音がした。


そのとき、風が吹いた。


乾いた荒野の風が、悠麻の持つフライパンの上を撫でていく。


ミリアは、思わず鼻を動かした。知らない匂いだった。

だが、食べ物の匂いだということはわかった。


熱を含んだ卵の匂い。焼いた肉の脂。乳を固めたものらしい濃い香り。そこに、ぴりりと鼻を刺す、強い香辛料の匂いが混じっている。


腹が鳴りそうになった。

いや、鳴った。

小さくだが、確実に鳴った。


ミリアは表情を変えず、なにもなかったことにした。


「……それ、何」


「あー……」


悠麻はフライパンを見下ろした。


「これ、今まさに食べるところだったんですよ」


「食べ物なの?」


「はい。ベーコンと卵のパスタです。正確にはカルボナーラっぽいものですけど」


「カルボ……?」


「料理名です」


「あなた、シェフなの?」


「違いますよ。ただの大学生です」


ミリアはユーマの持つ片手鍋を見つめた。


魔女として、不用意に異世界の食べ物を口にするのは危険である。

毒。呪い。未知の寄生虫。異界由来の食材がこの世界の魔力とどう反応するかも分からない。


分からない。

分からないが、匂いがよかった。


最近まともな食事をしていない体に、その匂いはあまりにも直接的だった。


「……少しだけなら、鑑定のために食べてもいいわ」


「鑑定」


「そう。異界食の安全性確認よ。魔女として必要な作業ね」


「普通に食べたいだけでは」


「違うわ。鑑定よ」


悠麻は少し迷ってから、フライパンを差し出した。


箸もフォークもないので、彼はパスタを少量だけフライパンの端に寄せた。


ミリアが指先を軽く振ると、麺のひと口分がふわりと浮き上がった。淡い光に包まれたそれは、ゆっくりと彼女の口元へ運ばれていく。


「……便利ですね、それ」


「魔女だもの。これくらいはできるわ」


ミリアは、恐る恐るそれを口に入れた。


一瞬、何も言わなかった。

次の瞬間、目を見開いた。


卵と乳の濃い旨み。肉の塩気。脂の甘み。そこに小麦が香る麺の弾力が絡む。

味が濃い。温かい。


ここ数日、硬いパンと薄い薬草茶でごまかしていた舌に、それはほとんど暴力だった。


そして舌の上に、ぴり、とした刺激が走った。

ミリアは硬直した。


これは。


この舌の痺れ。

この鼻に抜ける鋭い香り。


「……それ」


ミリアの目が、悠麻の手元の筒に止まる。


「これですか?」


悠麻はペッパーミルを持ち上げた。


「胡椒です。黒胡椒」


ミリアの顔色が変わった。


先ほどまでの混乱でも、痛みでも、借金でもない。もっと根本的な、魔女として、荒野に住む貧乏人として、市場価格に敏感な者としての反応だった。


「コショウ」


「はい」


「黒い粒」


「はい」


「香りが強くて、肉の臭みを消して、今や貴族が宴で見栄を張るときに銀の皿より先に数える、あの胡椒?」


「たぶん、その胡椒です」


ミリアは、そっとペッパーミルに手を伸ばした。


悠麻は反射的に引いた。


「あなた、自分が何を持っているかわかってる?」


「胡椒ですよね」


「......今、この国で一番高い香辛料のうちの一つよ」


「え」

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