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ネクサス・メモリア  作者: 境守凛
第二章 護衛騎士
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第二章 護衛騎士 5

 フォビドに向かうまではゲラタム支部に滞在することになる。その間メイとルカを隠し通すのは難しい。貴賓室が二部屋も使われていれば噂になるし、部屋にこもりっきりというわけにはいかない。事情を知らない者に鉢合わせて毎回説明するよりは、導師と護衛騎士がゲラタム支部に滞在することを界蝕光(エクリプス)のことは伏せて箝口令を敷いた上で伝えるべき。鋼鉄の魔女の提案にメイは同意し、ルカも頷いた。


 討伐隊の救援に向かうことになったのは、支部に勤める者達への説明を終えた頃だ。騎士達に指示を出した鋼鉄の魔女はメイとルカに貴賓室に行くようにと言ってきたのだが、ルカは救援に同行すると鋼鉄の魔女に申し出た。


『君が来てくれるのなら心強い。だが……』


 鋼鉄の魔女が渋ったのは、導師の傍から護衛騎士を離すことに抵抗があったからだろう。できるだけメイの傍にいるべきというのはルカもわかっている。だが討伐隊の窮地を見過ごすことがルカにはできなかった。〈人形(ひとがた)〉という厄介な存在が確認されたのなら尚更で、その旨を伝えるとメイは頷いてくれた。


『必ず無事に帰ってくると約束してください』


 約束を果たせることにルカは小さく息を吐く。そうして装甲車に揺られ続けていると、車窓から四階建ての豪華な屋敷が見えてきた。かつてこの地を治めていた貴族がエフィのために建てたもので、改装に改装を重ねた今はゲラタム支部として機能している。裏庭に入ると装甲車は速度を落とし、静かに停車した。


「ルカさん……!」


 装甲車を降りるとメイが駆け寄ってきた。ルカの次に降りたレナードが目を見開き、しかしメイがそれに気づく様子はない。きょとんとしているレナードを他の騎士がドアへと引き摺っていった。


「大丈夫でしたか? 怪我はしていませんか?」

「はい。メイさんとの約束を破るわけにはいきませんから」

「よかった……」


 緊張が解けたように呟くメイ。彼女のブラウスには血が付着していた。


 レギルナスを出たあと、まず負傷者を乗せた装甲車が発進し、ルカ達は鋼鉄の魔女の帰りを待っていた。彼女なら自力でゲラタムに戻れるに違いないが、支部長を放置するわけにはいかない。ルカ達を乗せた装甲車が発進したのはそれから三十分後のことだ。三十分もあれば先行した装甲車はゲラタムに着ける。負傷者は即座に医務室に運ばれたはずだ。


 メイのブラウスに血がついているのは、負傷した騎士達の体に残る魔獣の魔力を浄化していたからだろう。どれだけ軽い怪我でも魔獣による怪我は霊光(マナ)で浄化する必要がある。これくらい平気と放置して腕や足が壊死した事例は多いのだ。その処置は守護精霊の仕事なのだが、怪我をした騎士達を見てメイがじっとしていられるとは考えられなかった。


「やっほー、ルカ」


 と、敬礼する騎士達に手をひらひらと振りながら近づいてきたのはエフィ。彼女の服にもメイと同じように血がついていた。


「エフィさん……! 昨日は助けていただいて、本当にありがとうございました。もう動いて平気なんですか?」

「ぼくはゲラタムの守護精霊なんだぜ。あれくらい、大したことないよ」


 とは言うものの、まだ本調子ではないらしい。エフィはメイに寄りかかると腕に抱きつき、腰羽でメイを包むようにする。その瞳は今にも眠ってしまいそうな危うさを持っていた。


「早速で悪いけど、フロースが来てるよ」

「……メイさんを連れ戻しに来たんですか?」


 警戒するルカに、エフィはくすっと笑った。


「そんなにびびんなって。あいつは話し合いに来ただけだから大丈夫。お風呂入ったら応接室に来て」

「わかりました。メイさんは、」

「え? なに? メイと一緒にお風呂に入りたいって? ルカのえっち!」

「は……!? ち、違いますよ!」


 にやにやと邪悪に笑うエフィと、なんとも言えない表情のメイ。遠巻きにこちらを見る騎士達の視線がとてつもなく痛い。ルカは殺気まで感じた。


「……ごめんなさい、ルカさん。エフィはあとで叱っておきます」

「えー」


 キッとエフィを睨むメイ。エフィはわざとらしく体を震わせた。


「話し合いにはわたしも参加します。急がなくてもいいですよ。ルカさんがレギルナスに行っていたことはフロースも知っていますから」

「わかりました。じゃあ、またあとで」


 頷くメイ。気怠げに手と腰羽を振るエフィにも頭を下げ、ルカは貴賓室に戻った。





 身支度を調えて廊下に出ると赤い髪の騎士、同期のレナード・レッドレイクとルカは鉢合わせた。彼も予想外だったらしく、突然出てきたルカに「うわっ」と驚いている。


「そんなに驚かないでよ」

「す、すまない……。ルカ、君がゲラタムに来た理由を先輩達に聞いたよ」


 護衛騎士になったんだな、と。レナードは心底意外そうに呟く。だが彼の声に嫌味は少しも感じない。レナードは単純に驚いているだけだ。


「おめでとう、ルカ。エヴァンも知っているのか?」

「うん。すごく喜んでくれたよ」


 その姿を想像したのかレナードがくすりと笑う。ルカもつられて笑った。


 レナードはルカ、そしてエヴァンと同じく小学校卒業後に騎士養成校に入学している。代々優秀な騎士を多く輩出してきた名家の生まれで、しかしそれを理由に高圧的な態度を取ることは一度もなかった。当然、ルカに難癖をつけることも。


「さっきは助けてくれてありがとう。霊光(マナ)を使っても平気そうだったが、契約の恩恵か?」


 レナードにそう問われ、そういえばいつもより疲れていないことにルカは気づく。いつもなら、血の霧を晴らした時点で体が重くなるような疲労を感じるのに。体は不思議と軽く、体力が有り余っている感じだ。


「そう……かも……?」


 ルカの曖昧な返事に、レナードは小首を傾げつつも頷いた。


「それはそうと……これから大変だな、ルカ。護衛騎士に向けられるのは羨望だけじゃない。しかも君は絆霊者(ネクサス)だ。他の人達が君を……」


 レナードの言葉にルカは思わず苦笑する。レナードはむっとしたようだ。


「ルカ。俺は心配しているんだぞ」

「わかってる。けど、そういうのには慣れてるから。レナードも知ってるでしょ」


 鋼鉄の魔女がルカを護衛騎士として騎士達に紹介したとき、彼等の目には強い疑問が浮かんでいた。嫉妬や猜疑心を表情に出していた者もいる。誰がどう見たってルカは新人騎士。護衛騎士に一番遠い存在なのだ。そんな若造が栄えある護衛騎士に選ばれたことが信じられないし信じたくない。実力ではなく、絆霊者だから選ばれたに違いない。彼等がそんなことを考えていても少しも不思議ではない。養成学校でもルカは似たようなことを何度も経験していた。


 いつものことだ。いちいちまともに受け止めていたら疲れる。だから、今までのように聞き流せばいいだけ。胸がつかえるような不快感も、そのうち消えるとルカは知っているのだ。


 だが――新人騎士を理由にメイに相応しくないと思われることは悔しかった。ルカに新人ながら凶悪犯を捕まえたとか、剣術大会で優勝したとかいう功績があれば認められたかもしれないのに。


「……慣れていいものじゃないだろう」


 悲しんでいる声だった。級友の変わらない姿にルカは頬を緩めた。


 レナードと二言三言交わし、ルカは階段を下りる。少し混雑するロビーを抜けると、応接室のドアを見つめるメイの姿が見えた。フロースの霊光を感じ取っているのだろう。整った横顔に少しばかり緊張が滲んでいた。ルカに気づくと愛らしい笑みを浮かべたが、メイの霊光は少しだけ乱れている。そのことを指摘する愚は犯さず、ルカは「お待たせしてすみません」と声をかけた。


「大丈夫、わたしも今来たところです。――準備はいいですか?」


 金瞳が窺うように見上げてくる。ルカが頷くと、メイはドアを軽く叩いた。


「どうぞ」


 フロースの声だ。気を引き締め、ルカはメイの後に続いた。


 革張りのソファの傍にフロースが立ち、ガラステーブルの上には空のティーカップ。開いた窓から数人の精霊が顔を覗かせており、彼等の頭には色鮮やかな花の冠が乗っていた。


「フロースが作ってあげたの?」


 対面のソファに腰掛けながら質問するメイ。ルカが隣に座るとフロースも腰を下ろし、ゆっくりと頷いた。


「ええ。どうしても欲しいと頼まれまして」

「そっか。体の調子はどう? まだ辛い?」

「問題ありません。お気遣い感謝します、メイ様」


 声は柔らかく、顔には微笑が浮かんでいる。リュリアガで見せた昏さ、そして恐ろしさは微塵も感じない。面接時のフロースもここまでではなかった。穏やかな、言ってしまえば無防備な姿だ。


「グリント。レギルナスでのことは聞いた。ご苦労だったな」


 その調子のままフロースが労いの言葉をかけてくるので、ルカは呆けてしまった。慌てて「恐れ入ります」と頭を下げるのがやっとだ。


「――それで、話って?」


 慎重に訊ねるメイ。わざわざゲラタムを訪れてまでする話なんて、界蝕光(エクリプス)に関わること以外にあるとは思えない。フォビドに来ないようにとメイを説得しに来たと考えるのが妥当だ。和やかな雰囲気に緊張が混ざり、何か察したのか花冠を乗せた精霊達が消えた。


「セシル」


 兇血獣(ブルート)の名にルカは眉をひそめる。対してメイは、はっとした様子で金瞳を見開いた。


「待ってフロース!」

「メイ様。申し訳ありませんが、あれの処遇を決めるのは貴女ではない」


 冷たい声だった。ようやく理解が及び、ルカは「彼女は今どこに?」と訊いた。


「教団本部の特別牢だ」


 そう言うと、フロースはタブレット端末をルカに差し出した。映っているのは監視カメラの映像だ。壁と床、そして天井を柔らかなマットで覆われた牢屋の中で、拘束魔具を身につけたセシルが床に座っている。見られていることに気づいたのか、彼女はカメラに顔を向けた。


「グリント。セシルがお前を殺そうとしたのは間違いないな?」


 魔力の尾を引く拳がルカの脳裏に浮かぶ。もしもあの魔拳で殴られていたら、ルカの頭は地面に叩きつけた果実のようになっていたに違いない。


「兇血獣……あれも、結局は魔獣だ。凶暴で残忍で、常に破壊衝動を抱えている。欲望に負けて理性を失い、人を殺めようとした獣を生かしておくことはできない」


 事務的に、淡々と。無感情に喋るフロースはセシルを庇おうとしなかった。


 堪らずといった様子でメイが口を開きかけたが、隣に座っているのは自身の従者に殺されかけたルカ。メイは痛みを堪えるように柔らかな唇を引き結んだ。


 その姿に心が痛み、ルカはタブレットに目を落とす。セシル自身、自分がどうなるかわかっているはずだ。だが監視カメラを見る彼女の顔は穏やかで、瞳の色も落ち着いている。殺されることをなんとも思っていないし、当然のことと受け入れているようだ。


 それがルカには腹立たしかった。メイの従者なのにセシルという兇血獣は主のことを何も考えていない。思えばルカに殴りかかる直前、彼女はカルロに呼び止められていた。そのときも自身の行いが招く結果を考えていなかったに違いない。まったく困った兇血獣だ。


「死ぬ前にグリントに謝罪させてほしいとあれは」

「その必要はありません」


 ルカの声にフロースが眉をひそめる。険を帯びた瞳にルカは目を逸らしそうになった。


「殺す必要がないと? グリント、お前はあれに殺されかけたのに?」

「だって僕、生きてるんですよ。謝ってくれるなら、それで十分です」


 それに、とルカは言葉を切ってメイを見る。不安げな金瞳がルカを見上げた。


「メイさんを悲しませたくないですから」


 きょとんとするフロース。あのフロースでもこんな顔をするんだとルカは意外に思った。


「……愚か者め」


 言葉に反して声に棘はない。フロースなりの褒め言葉なのかもしれないが、ルカが欲しいのはセシルの無事を約束してくれる言葉だ。ルカは身を乗り出してフロースに訴えた。


「セシルさんは、メイさんにとって大切な人なんですよね? 彼女が死んだら……」

「メイ様を悲しませたくないのは私とて同じだ。だが本当にいいのか? あの兇血獣はお前に執着し続けるぞ。襲わない保証もできん」

「何回だって返り討ちにしてやりますよ」


 ふっと笑い、フロースが目を閉じる。するとセシルを拘束する魔具がすべて解除され、牢屋の扉が静かに開いた。きょとんとしたのも一瞬、瞳を赤く染めたセシルが艶めかしい笑みを浮かべて監視カメラを――ルカを見つめる。途端、寒気と苛立ちが同時にやってきた。


 本当に何回も来たら嫌だな。ルカは不機嫌が顔に出ないように気をつけた。


「ルカさん、ありがとうございます。セシルのこと、……た、助けてくれてっ!」


 許してくれて、と言いたかったのかもしれない。だがセシルがまだ謝っていないことに気づいて、慌てて言葉を変えたのだろう。それを誤魔化すためか、メイは真面目な表情を浮かべている。可愛らしい姿に寒気も苛立ちも吹き飛び、ルカは穏やかな気持ちでメイを見つめた。


 フロースがタブレットを片づける。場の空気が再度張り詰め、ルカは気持ちを切り替えた。


「フォビド」


 口火を切ったのはメイだ。フロースに向ける金瞳は鋭く、しかし次の言葉を紡ごうとする唇は微かに震えている。初めて刃向かうことに抵抗を感じているような顔だった。


「フォビドには一緒に行くって決めたよね。なのに……どうしてわたしを眠らせたの? どうして嘘をついたの?」


 怒っている――いや、悲しんでいる声だった。吐露された感情をフロースは黙って受け止め、それもメイを傷つけたのか「エフィに聞いたよ」と絞り出された声は掠れていた。


「界蝕光は、わたしにしか封印できないって。フロースも知っていたんじゃないの?」

「はい」


 即答するフロース。メイは愛らしい顔を歪めた。


「ねぇフロース。フォビドに行って、貴女は何をするつもりなの?」

「界蝕光を封印します」

「だから界蝕光は……!」


 柳眉を逆立てたメイをルカはそっとなだめる。彼女は決まり悪そうに顔を俯けた。


「フロースさん。貴女は、どうやって界蝕光は封印するつもりなんですか?」


 メイにしか封印できないということは、メイの霊光にのみ界蝕光は反応するのだろう。だとすれば、フロースに界蝕光を封印できるとは思えない。ルカがフロースの返答を待っていると、彼女は薄紅色の髪を束ねるバレッタを外した。ガラス細工のような花の飾りがついたバレッタだ。真ん中の大きな花は目の覚めるような赤色を閉じ込めており、フロースが触れると濃密な香りがふわりと広がった。この香りを、ルカは知っている。


「フロースさん、それって……」

「メイ様が霊光で作ってくださったものだ。血までお使いになって……」


 精霊が霊光で装飾品を作ることをルカは知っている。だが血を使うことは初めて聞いた。驚くルカに、メイは気まずそうに口を開いた。


「……色があった方がいいって、そう思ったんです。他にも方法はあったのに……」

「……今でも、あのときのことを思い出すと肝が冷えます」


 どこか懐かしむような声で言い、フロースは髪飾りを撫でる。色づけした方法はともかく、フロースにとってあのバレッタは宝物に違いない。細かな傷はついているかもしれないが、たった今作られたかのような輝きを放っているのだ。きっと毎日手入れしているのだろう。


 だが、あのバレッタでフロースが何をするつもりなのかルカにはわからない。ルカが疑問を口にしようとすると、フロースは両手で包むように持ったバレッタを胸に押し当てた。


 結合していた霊光が解け、黄金色の霊光粒子に変わる。閉じ込められていた血液は生き物のように蠢き、それも霊光粒子に姿を変えると、フロースへと吸い込まれていった。


 別の精霊の霊光を取り込む。呼吸で取り込むのなら少しも問題ない。メイがリュリアガでエフィに行ったように、回復目的で行う場合もだ。だが、たった今フロースが行ったのはそのどちらでもない。


 霊光を、自身の力として取り込む。そんなことをしたら――


「なんで、そんなことまでして……! 早く分離させて!」

「……メイ様。貴女を守るためです」


 新緑色の瞳に黄金を宿し、絞り出すように話すフロース。両手は強く握り締められ、暴れ出そうとする霊光を必死に抑えているようだった。


「私を導師だと認識させて界蝕光を封印します。だから、メイ様は来なくてもいい」

「本気で言ってるの……!?」


 メイの声は震えていた。怒り、それ以上に理解できないものへの恐れを宿した声だ。ルカもフロースの気が触れたかのような言動が理解できず、ただ彼女を見ることしかできない。


 確かにフロースはメイの霊光を宿したが、花の霊光の方が圧倒的に強い。だがこれ以上霊光を取り込めば、リュールとは違う暴走をする可能性がある。それはフロースもわかっているはずだ。メイだと認識させることなんて不可能としか思えないが……。


「グリント。貴様、導師を守るためならどんな命令でも聞くと言っていたな」


 確かにルカは面接でそう答えた。もちろん本心だが、


「……メイさんをフォビドに来させるなって命令なら聞けませんよ。どんな魔獣がいたって、僕が全力でメイさんを守ります」

「ほう? 一つも功績を残せていない新人騎士にしては、随分と立派なことを言うな? 衛士採用試験が不合格だった理由はちゃんと考えたか?」


 なかなか痛いところを衝かれた。予想通りの不合格理由とはいえ、ルカの心の奥はちくりと痛む。だが今は、そんなものにうじうじしている場合ではない。メイがフロースに叱声を放つ前に、ルカは「メイさんに約束したんです」と言葉を紡ぐ。


「フォビドでもどこでも一緒に行くって。約束を破るなんて、僕にはできません」


 フロースの双眸がルカを見つめる。途端、毒が浸透するような気持ち悪さが肌を這い、じっとりとした汗がルカの額に滲んだ。今にも棘だらけの蔓が伸びて、首を絞めてくるんじゃないかという恐怖も感じた。だが目を逸らすわけにはいかない。口先だけではなく本気なのだと示すため、ルカは精霊との対峙を続ける。


「メイ様とここに残れ、グリント。これは貴様のためでもあるのだ。導師を守れなかった無能な護衛騎士などと呼ばれたくはないだろう?」

「フロース、貴女いい加減に……!」


 怒ってくれたメイにルカは大丈夫ですよと微笑む。フロースは意図的に嘲る声を出したに違いない。そうやってルカを怒らせようとしてきた手合いは嫌と言うほど見てきた。少しもイラッとしないわけではないが、ルカはそれを表情に出さないままフロースに向き直る。


「ご忠告ありがとうございます。けどフロースさん、そんなにメイさんが心配なら貴女も一緒に行けばいいじゃないですか。それともメイさんを守る自信がないんですか? オルトゥスの守護精霊は新人騎士なんかよりずっと強いはずなのに」

「たわけ。危険だとわかっている場所に、わざわざメイ様をお連れするわけないだろう」


 それはもっともな意見だ。だがメイの気持ちは少しも汲まれていない。メイだってフォビドに行くのは怖いはずだ。それでも自身の役目を――フォビドで界蝕光を封印する使命を果たそうとしている。ここでルカが引くわけにはいかない。


「少しはメイさんの気持ちを考えたらどうなんですか? 嘘をつくなんて最低ですよ」

「なんとでも言え。すべてメイ様のためだ」


 頑として聞き入れないフロース。彼女の瞳に宿る黄金色は広がっていた。それだけではなく、腕が時折不自然に痙攣している。とてもメイの霊光が馴染んでいるようには見えない。そんなフロースをメイは悲しげに見つめた。


「フロース、お願いだからわたしの霊光を分離させて。今なら、まだ間に合うはずだから」

「申し訳ありません、メイ様」


 立ち上がり、深々と頭を下げるフロース。顔を上げると、彼女はドアに真っ直ぐ向かった。


「待ってください!」


 ルカは咄嗟にフロースを呼び止めた。すると彼女は背を向けたまま「契約」と呟く。


「どうしてもフォビドに来ると言うのなら、メイ様と正式な契約を結べ」


 メイとルカの契約は一時的なものだが、契約はきちんと結ばれている。言葉の意味がわからずルカが眉をひそめると、フロースは何も言わずに応接室を出て行った。


「……メイさん、正式な契約って?」


 メイの肩がびくりと震える。そんなに怖い声だったかなとルカは慌てた。


「ごめんなさい、無理に答えなくていいですよ」

「い、いえ! 考え事してて……。フロースが言ってた正式な契約って、なんのことなんでしょうね? ルカさんのご両親の許可をいただく、とかでしょうか?」


 ルカの母親は幼い頃に亡くなっている。一方的に離婚を告げ、母親とルカを捨てた父だった男のことは憎いし大嫌いなのでどうなっているか知らないし興味もない。ルカがどう声をかけるか考えていると、メイはルカが養護施設出身ということを思い出したらしい。大慌てで謝り、落ち着きなく視線を彷徨わせた。


「大丈夫。気にしてませんから」

「ほ、本当にごめんなさい。えっと、あの……わたし、エフィと会う約束してて……」


 金瞳が恐る恐るルカを見上げる。先程からメイの様子はおかしい。かといって問い詰める気は起きず、ルカはメイに微笑んだ。


「わかりました。社に行くんですか?」

「貴賓室です。えっと、お先に失礼します……!」


 そう言って頭を下げると、メイはそそくさと応接室を出て行く。やっぱり、おかしい。疑問を感じつつルカはテーブルの上を片付け、応接室の灯りを消した。

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