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ネクサス・メモリア  作者: 境守凛
第二章 護衛騎士
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第二章 護衛騎士 4

 城郭都市ゲラタムはリュリアガから百六十キロほど離れた場所に位置する。都市を囲む堅牢な鋼鉄の壁は高く厚く、その上に大砲型と重機関銃型の魔具が整然と並んでいた。深い堀の底で待ち構えるのは長く鋭い針達。いずれも魔獣から都市を守るためのものだ。


 その外壁から南に五十キロほど離れた場所にはレギルナスという大森林がある。日暮れはまだだというのに薄暗く、どこを見ても木々の深い色が見える森だ。地面は苔生し、赤々となるベリーがいっそ毒々しい。時折吹く風が、女性のか細い悲鳴のように聞こえた。


 王国で使用される木材の大半はレギルナスで伐採されている。普段であれば騎士は業者の護衛として同行するのだが、今この場に業者はいない。魔獣が目撃されたからだ。小型の〈兎〉でも危険であることに変わりない。安全が確保されるまで、騎士以外がレギルナスに近づくことは禁止された。


 魔獣討伐の任務を受けた第五小隊の面々はフルフェイスヘルメットを被り、騎士服ではなく黒い戦闘服を身につけている。タクティカルベストに弾倉と投擲魔具を装備し、先頭を進むのは盾と拳銃を構えた騎士だ。その後ろを銃剣付きの突撃銃を構える騎士が続き、彼等の傍を腹に機銃を取り付けた二機の支援魔具ドローン型が飛んでいた。


 騎士達は油断なく森を進み、〈兎〉を見つけ次第引き金を引く。可能なら巣を破壊したいが、迂闊に進めば余計な犠牲を生むことになる。何より長年部隊を預かってきた隊長の勘が、これ以上進むのは危険だと訴えてきたのだ。管制室に詰める騎士も撤退を認めてくれた。


 そのときだ。基準値を示していた魔力測定器が、警告音を発したのは。





 悲鳴と銃声がレギルナスに響き渡り、血飛沫が赤い霧となって視界を悪くする。突如現れた百を超える〈兎〉と〈鳥〉、一体の〈熊〉に第五小隊は苦戦していた。〈鳥〉が盾とドローンに群がり、〈兎〉が手足に齧りつく。防御魔具が鋭い牙から騎士達を守ってくれているが、この小さな魔具にも限界はある。体を覆う魔力障壁が食い破られるのも時間の問題だ。


 それに、〈熊〉の攻撃を完全に防ぐことはできない。ただでさえ危険な生物が魔獣化したのだ。〈熊〉の一撃を盾で受け止めた隊長の右腕はあらぬ方向に曲がり、骨が肉を突き破っている。気絶してもおかしくないほどの大怪我だ。


 それでも彼は左手に盾を構え直し、負傷した部下を狙う〈兎〉を殴り飛ばし、あるいは叩き潰す。ヘルメットの下で激痛に顔を歪めているのは間違いないが、理由は他にもあるだろう。部下を傷つけた魔獣達への怒り、そして自分自身への怒りだ。あと少し、撤退の判断を早めていれば。人一倍責任感の強い隊長がそんな後悔をしていてもおかしくない。己を犠牲にしてでも部下達を守ろうとする隊長の姿に第五小隊の誰もが心を奮い立たせ、しかし魔獣にはそれが気に食わないのかもしれない。隊長の右腕に無数の〈兎〉が群がった。


 その光景に騎士の一人、レナード・レッドレイクは猛烈な怒りを感じた。


「やめろ……!」


 群がる魔獣共に弾丸を撃ち込む。魔獣に食い荒らされた隊長の右腕はほとんど骨しか残っていなかった。加えて魔力に汚染された傷口が腐り始めている。かなり危険な状態だ。それでも盾を構え続け、レナードとその班員達にお礼を言う隊長は流石の一言に尽きるが――


「――ッ!」


 咆哮が響く。本能的な恐怖を呼び起こす、飢えた咆哮だった。


 恐怖に蝕まれそうな心をレナードは必死に奮い立たせる。手足は動く、弾倉はまだある。こんなときこそ冷静に。何度も心の中で自分自身に言い聞かせ、レナードは構え直した突撃銃を撃ち続ける。〈鳥〉を五対ほど撃ち落とすと、乱杭歯が並ぶ〈兎〉の口腔がレナードに迫った。リロードが間に合わないと判断して刺突し、レナードは突撃銃を力一杯振り下ろす。〈兎〉の体が裂け、血飛沫が森に飛散した。


 殺しても殺しても〈兎〉と〈鳥〉は湧き出てくる。魔獣が無限に湧き出すなんてことはないが、あまりにも分が悪い。一度現れたきり姿を見せない〈人形(ひとがた)〉も気がかりだ。あれのせいで恐慌状態に陥った騎士は何人もいた。


 隊長が救援要請を送っていたが、到着まで保つか。否定の自問自答をしてしまったレナードの手から弾倉が落下した。無防備になったレナードに〈熊〉が顔を向け


「――ッ!?」


 赤く閉ざされた森に閃光が咲く。霊光(マナ)だと理解できる頃には赤い霧は晴れ、レナード達と同じ装備の騎士が怯んだ〈熊〉の肩に乗り、脳天に銃剣を突き刺しているのが見えた。


 小さな光が瞬く。銃剣が引き抜かれると、ふらりと揺れた巨躯が地面に倒れ伏した。


 どんな魔獣でも脳か心臓を徹底的に破壊すれば死ぬ。そしてあの騎士は〈熊〉の脳に霊光を流して爆発させていた。そんなことをされて平気な魔獣はいない。


 土煙が晴れる。騎士は得物を手に〈熊〉の死骸を見下ろしていた。顔を出して深紅色の騎士服を着ていれば、英雄譚の一幕のように見えたことだろう。


 その騎士のフルフェイスヘルメットに識別番号は彫られていない。知らない騎士……いや、霊光を使える騎士をレナードは一人だけ知っている。


「ルカ……?」 


 呆然と同期の名を呼ぶ。ヘルメットに覆われた顔がレナードを向いた。


 リュリアガに配属された彼が何故ここに。気になったが今はそれどころではない。主力とも言える〈熊〉を殺されて呆然としていた〈兎〉と〈鳥〉の瞳が一層赤くなり、既に危険域に達していた魔力濃度が上昇し――濁り、泥水が跳ねるような悲鳴が聞こえた。


「〈人形〉……」


 呟いたのはルカだ。レナードは肌がぞわりとするのを感じた。


 生理的嫌悪感を催す音を立てながら、異質な存在が木々の隙間から姿を見せる。目隠しをしてパーツを並べたような歪な顔、腐肉色の捻れた長い腕。その先で不気味に蠢く五指が〈兎〉の死骸を掴んで引き摺っている。胴体に無理矢理取り付けたような太い足はぶよぶよしており、動く度に肉が剥がれ落ちていた。喘鳴とも呻き声ともつかないものを吐き出す黒ずんだ唇から転がり落ちるのは無数の蛆。


 生き物を冒涜しているとしか思えない醜悪な見た目の〈人形〉は、特定の条件下で発生する魔獣だ。本来はもう少し人間に似た姿をしているが――


「助けテぇ!」


 蛆が住み着く口から人間そっくりな悲痛な声がこぼれる。それを皮切りにし、赤い目を爛々と輝かせる魔獣達が襲いかかった。


 束の間の静けさを取り戻したレギルナスに再び銃声が響き渡る。その数は次第に増えていき、凶悪な――いや、頼もしい魔力が発生した。


「常闇を喰む蹂躙の顎、猛き炎となりて此処へ! 伏せろ諸君――ッ!」


 支部長号令に騎士達の体が素早く反応する。直後、渦巻く魔力が炎に姿を変えた。


 レギルナスが緋色に染まる。肉が焦げる臭いが立ち込め、〈人形〉が悲鳴を上げた。先程以上に感情が乗った、悲痛な叫びだった。


 不要な罪悪感がレナードの胸を締めつける。だから〈人形〉は――人の言葉を話す魔獣は厄介なのだ。

 痛い、苦しいと老若男女の声で喚きながら〈人形〉は身を捩っている。その全身は赤く焼け爛れ、腕が焼け落ちていた。だのに〈人形〉はまだ死なない。あれを完全に止めるには、霊光で浄化する必要があるのだ。レナードはルカを見遣り、〈人形〉も彼を見た。


「いた、イよぉ……痛いヨぉ……」


 ずるずると音を立てて〈人形〉がルカに近づく。縋るように両腕が伸び、蠢く指先がルカのヘルメットに触れた。


 銃剣が〈人形〉の胸を刺し、霊光が腐肉の体を浄化していく。〈人形〉はルカに手を添えたまま体を崩していき、安堵した人間のように目を閉じた。まとわりつく蛆と腐肉を払うことなく、ルカは〈人形〉を静かに見つめていた。


 その光景にレナード達だけではなく、魔獣までもが魅入っているようだった。銃や剣で殺されるよりも、〈人形〉のように霊光で浄化されたい。魔獣にそこまでの思考ができるか不明だが、レナードにはそう感じられた。


 だがそれも数秒のことだ。分が悪いと判断したのか〈兎〉と〈鳥〉は一斉に逃げ出した。即座に反応したのは機銃付きのドローン達で、彼等は魔獣を猛追し、間断なく銃声を響き渡らせる。騎士達も油断なく得物を構えていたが、ドローン達が戻り、鋼鉄の魔女が手を挙げると同時に警戒を解いた。


「第五小隊の諸君、よくぞ持ち堪えてくれた。道中の安全は確保済みだ。安心して車に向かいたまえ。支援部隊は負傷者の補助をするように」


 言うなり鋼鉄の魔女の姿が消える。騎士を一人も連れて行かなかったのは邪魔になるからだ。魔女が魔獣の巣を潰すとなれば、常人は傍にいることすらできない。レギルナスを蝕む魔力をそれ以上の魔力を以て叩き潰す。魔女か魔人にのみ可能な力押しだ。


 ふと、リュリアガで膨大な霊光が発生したというニュースをレナードは思い出す。光の霊光と、それを喰らい尽くした黄金の霊光。偽光帯(ファクティス)の影響で守護精霊が暴走し、それを別の精霊が沈静化させたとのことだ。霊光でぼろぼろになった街もその精霊の霊光が直したと聞く。創世の再現だ、と用務員のおじいさんが興奮気味だったのはレナードの記憶に新しい。


 あれから一日しか経っていない。原因がわかり、街が綺麗に直ったとはいえ、精霊と親しいルカならより詳細な調査に駆り出されていてもおかしくない。まさか〈人形〉のためだけに呼び出されたことはないだろう。


 そっと後ろを振り返る。ルカは最後尾を歩いているが、今はとても話しかけられる気分ではない。落ち着いてからがいいと判断し、レナードは歩くことだけを考えることにした。


 森には魔獣の死骸がいくつも転がり、深い傷を刻まれたが木々が無数にある。鋼鉄の魔女がルカを先行させるために放った斬撃だろう。おかげでレナードは死なずに済んだのだ。


 レナードがルカに命を救われたのは今回が初めてではない。訓練で山に放り込まれ、普通の熊に遭遇したときもだ。何かが光ったと思ったら熊の首が転がり、ルカが気絶し――


「……?」


 絆霊者(ネクサス)は霊光を使うと疲れる。そうレナードに教えてくれたのは他ならぬルカ本人だ。だのに赤い霧を晴らし、〈熊〉と〈人形〉を浄化したルカはしっかりと歩いている。訓練の賜物……にしては、強くなり過ぎているようにレナードは感じた。日々の鍛錬を怠らなかったとしても、霊光を使用した際の疲労まで軽減できるのだろうか?


 連続して爆発音が鳴り、熱を伴った衝撃波が戦闘服を撫でる。木々の隙間から漂う煙と火の粉にレナードの意識は向いた。


 鋼鉄の魔女の魔法だ。ともすれば森林火災が起きそうだが、不意に吹いた柔らかな風が――守護精霊エフィの風がそれを阻止する。火の粉は溶けるように消え、焦げた葉は元の姿を取り戻した。


 鋼鉄の魔女の魔力がレギルナスに満ちる。立ち止まってその光景を見ていた騎士は一人また一人と道を進んでいき、レナードも彼等に続いた。

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