第二章 護衛騎士 3
ゲラタムには昼頃に出発することになり、それまで自由時間となった。短い自由時間を楽しんでほしいとメイと鋼鉄の魔女は部屋を出て行き、広い部屋にはルカ一人。ルカは二人の厚意に甘えることにした。ルームサービスで遅めの朝食を採り、少し休憩してから浴室へ。お金持ちがワイン片手に入っていそうな豪奢なバスタブは少し居心地が悪かったが、ジェットバスのおかげでいつもより体の調子がよくなった気がする。
騎士服に着替えて装備の点検をしているとドアがノックされた。メイか、鋼鉄の魔女か。どちらにしてもソファに座ったまま迎えていい相手ではない。ルカは立ち上がり、ドアの近くまで行ってから「どうぞ」と声をかけた。
「ルカ!」
開いたドアから現れたのはエヴァンだ。喜色満面の彼の後ろからメリナが顔を覗かせ、手にしたものを上に向けて紐を引っ張る。すると軽い破裂音と火薬のにおいがし、光沢のあるカラフルなテープと紙吹雪がルカの体と床を彩った。
「え……なに……?」
「なに、じゃねぇよ! おめでとうルカ! 護衛騎士になれたんだってな!」
肩を組んでばしばしと叩き、かと思えばエヴァンはルカの髪をわしゃわしゃと撫でてくる。突然のことにルカがぽかんとしていると、珍しくはしゃいだ様子のメリナが「おめでとう」と言ってもう一度クラッカーを鳴らした。
「あ、ありがとう……。けど、誰にそのこと……」
乱れた服と髪を整えながらルカが訊くと、散らかった床をメリナと片付けていたエヴァンが「メイちゃんだよ」と妙に馴れ馴れしい声で答えた。そのことに少しだけ眉をひそめつつ、ルカは二人にソファに座るよう勧める。彼等はルカから見て左側のソファに並んで座った。
「支部長と一緒にヴェラミナに呼ばれてさ。メイちゃんがリュリアガに来た理由と、実は導師だってこと、ルカが護衛騎士になったこととか、色々説明されたんだ。あ、クラッカーは鋼鉄の魔女がくれたぜ」
鋼鉄の魔女の電話相手はリュリアガの支部長だったに違いない。話がまとまり、ルカがのんびり過ごしている間にメイと鋼鉄の魔女は支部長達にいくつかの説明をしたようだ。
「色々って?」
支部長はともかく、エヴァンとメリナが界蝕光のことまで聞かされているかわからない。なるべく気負わない声でルカが訊くと、二人は顔を見合わせた。
「……あれが偽光帯じゃなくて界蝕光ってことも聞いた。そんで、ルカがフォビドに同行するってことも」
はっきりとしたエヴァンの声にメリナが小さく頷く。ルカは「そっか」と相槌を打った。
「じゃあ、僕が護衛騎士でいる間が短いってことも?」
一応、訊いてみる。エヴァンはすぐに頷いた。
「ああ。界蝕光を封印するまでの間だって。けど、それでも護衛騎士は護衛騎士だろ? ルカの夢が叶ったんだって、俺本当に嬉しくってさ! マジでおめでとう、ルカ! お祝いパーティーしないとな!」
「本当におめでとう、ルカ。キミと会ってまだ半年くらいだけど、ボクも嬉しいよ」
温かな祝福の言葉が心の奥底まで優しく浸透する。ルカは照れ笑いを浮かべた。
「ありがとう。パーティーはいつにしようか?」
「今すぐだ!」
部屋のドアが勢いよく開くと同時に響く元気な声。鋼鉄の魔女だ。彼女に続いてメイが「ごめんなさい、ノックもしないで……」と謝りながら入ってくる。その後ろからもう一人、部屋に入る者がいた。
二メートル近い身長の男性だ。黒髪を刈り上げ、同色の瞳は見るだけで相手を萎縮させるほど鋭い。左眉から右頬にかけて痛々しい傷が刻まれており、首には魔力抑制装置。鍛えられた体を包む騎士服は少し窮屈そうだ。
不撓の魔人。リュリアガ支部の長であり、最も若い魔人だ。
「ああ、いい。座ってろ」
素早く立ち上がった部下達にそう言うと、不撓の魔人は黒い瞳をルカに向ける。姿勢を正して支部長の言葉を待つルカに対し、不撓の魔人は鋭い目を少しだけ和らがせた。
「護衛騎士就任おめでとう、グリント。支部長として、お前を誇りに思うよ」
「ありがとうございます。貴方の名に恥じないよう尽力する所存です」
部下の評価は支部長の評価にも繋がる。魔女や魔人が支部を預かる場所では特にそうだ。ルカが護衛騎士になったことは世間一般には知らされないはずだが、フォビドに同行する騎士達はいるだろう。メイのためというのはもちろん、不撓を冠する魔人の部下として情けないところを晒すわけにはいかない。毅然としたルカの言葉に、不撓の魔人は苦笑した。
「そう構えるな。いつも通りのお前でいろ。その方が力を発揮できるはずだ」
不撓の魔人の目を真っ直ぐ見てルカは頷く。すると鋼鉄の魔女が一枚の紙を掲げた。
「少年をゲラタムに連れて行く許可を取ったのだよ。これで安心だな」
短期間とはいえルカは異動することになる。鋼鉄の魔女がリュリアガを訪れたのは、不撓の魔人に許可を取るためだったようだ。電話一本で済みそうなものだが、ルカはフォビドという極めて危険な魔力汚染地帯に行くことが決まっている。直接出向いたのは、鋼鉄の魔女なりの礼儀なのだろう。
「本当にありがとうございます、不撓の魔人。急なことだったのに快諾していただいて……」
申し訳なさそうにルカと不撓の魔人を交互に見るメイ。そんな彼女に、不撓の魔人は孫でも見るような優しい目を向けた。
「お気になさらず、導師。俺は許可証に判子を押しただけですよ」
「まったく君達は真面目だな! その話なら散々しただろう!」
「姐さんが雑なんですよ。あんたも一応支部長なんだ。真面目にやってくださいよ」
「生意気な奴め! だが、そんなことより」
閉じた瞳がエヴァンを見つめる。予想していなかったのか、縫い合わせられた瞼が怖いのか。エヴァンはびくりと震えた。
「な、なんでしょう……?」
「少年のお祝いパーティーをするのだよ。手伝いたまえ」
そう言って身を翻す鋼鉄の魔女。エヴァンは慌てて立ち上がり、メリナもついていく。不撓の魔人までもが手伝いに向かった。
「メイ。君は少年と座っていたまえ」
と、立ち上がりかけたメイに鋼鉄の魔女が言う。指示通りルカの隣にちょこんと座ったメイは、しょんぼりしているように見えた。
メリナがテーブルを手早く、しかし丁寧に拭いていき、エヴァンが人数分のグラスを並べる。鋼鉄の魔女が妙に洗練された動きで炭酸ジュースを注いでいった。不撓の魔人はと見れば、彼は棚に飾られている花瓶、そしてお菓子を運んでくる。
手慣れた様子で配膳を終えると鋼鉄の魔女は右側のソファに座った。その隣に不撓の魔人が腰掛け、メリナとエヴァンが元の席に着く。
「ルームサービスを頼みたいところだが……あまりゆっくりもしていられない。少年、構わないか?」
各々の前に並べられたのは一杯のジュースと個包装のお菓子が数個。確かにパーティーには程遠いかもしれない。だがルカは、祝福してくれるだけで十分嬉しいのだ。
ただ――この場にリュールがいないことは、寂しく感じた。
「十分過ぎるくらいですよ」
その感情を押し隠して笑う。エヴァンは何か気づいた様子だが、黙っていてくれた。
「メイ、音頭は任せた!」
「え、わたし?」
「君以上の適任者がいるか?」
もう、と言いつつグラスを取るメイ。彼女はルカを見上げると、はにかむように笑った。
「ルカさんの護衛騎士就任を祝って――乾杯!」
乾杯の声が重なり合う。ささやかで短い、けれどかけがえのない時間をルカは過ごした。




