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ネクサス・メモリア  作者: 境守凛
第三章 深紅の巡礼
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第三章 深紅の巡礼 2

 リュールが泣きじゃくりながらリュリアガでのことを謝って二十分ほどが経つ。彼女は何度も何度も謝り、不安定に乱れる霊光(マナ)が弩級型の照明に影響を及ぼしていた。今はようやく落ち着きを取り戻しており、船員室のソファに座ってちびちびとジュースを飲んでいる。


 その様子にルカはほっと息を吐く。メイも安堵したように肩の力を抜いていた。


 社で眠り続けていたリュールは今朝目覚めたそうだ。眠っている間のことをクレアとクレルに教えてもらったリュールは不撓の魔人に連絡を取り、会見を開いて暴走したことを謝罪。それからエフィの霊光を追ってユーフォリアに向かい、彼にも謝って今に至る。エフィと無事仲直りできたのは、彼とお揃いのリボンが結ぶツインテールを見ればわかる。ジャケットからはほのかに風の霊光が感じられ、どうやら落ちないように固定しているようだ。メイもそれに気づいているらしく、柔和な笑みを浮かべてリュールを見つめている。


 このまま和やかなひとときを過ごしたいところだが、リュールに訊きたいことがある。ルカは重い気持ちで口を開いた。


「リュールさん。界蝕光(エクリプス)が、貴女の霊光で強化された偽光帯(ファクティス)だって思われてることは……」


 眠っている間に勝手に決められて、ショックを受けているかもしれない。ルカはそう心配しているのだが、「うん、知ってる」と言った本人は髪飾り――光輪をちかちかさせるだけ。暴走したことを都合良く利用されたことを、なんとも思っていない様子だ。それがルカには悲しかった。少しくらい、不満を口にしたっていいはずなのに。


「平気なんですか? その……悪者扱いされてるみたいなのに」

「リュールさんが悪いことをしたのは事実だもん。それにね、あれは界蝕光だって本当のことを教えてみんなを不安にさせちゃうくらいなら、リュールさんを恨んでくれる方がマシだよ」


 汚れ役を引き受けるのも守護精霊の役目。鋼鉄の魔女はそう言っていて、リュール本人も納得している。だったら、ルカがこれ以上とやかく言う必要はない。ないのだが――


「……何があっても、僕はリュールさんの味方です」


 この言葉だけは伝えておく必要がある。リュールの瞳を真っ直ぐ見つめてルカが告げると、彼女は光輪を落ち着きなく光らせ、「はわわ……」とよくわからない声を出した。かと思えば手をもじもじさせながら笑みらしきものを浮かべる。ルカの言葉がよほど嬉しいようだ。


「よかったね、リュール」

「うんっ!」


 メイの言葉に元気いっぱいに頷くリュール。彼女の感情に呼応した光輪が眩く輝いた。


「……ところでリュールさん。もう一つ、訊きたいことがあるんですけど……」

「いいよ! なんでも訊いてよルカちゃん!」


 何故かリュールは、期待に満ちた目でルカを見つめている。躊躇いを感じつつ、ルカはずっと気になっていることを口にした。 


「どうして小さくなってるんですか……?」


 リュールの目が泳ぐ。彼女は「えっと」とか「うぅ……」と口を開けたり閉じたりし、両手で長い金髪を持つと顔を隠すようにする。両足が落ち着きなくばたばた動いた。


 訊いてはいけないことを訊いてしまったようだ。気まずさが罪悪感に変わり、ルカが「言いたくないなら」と口にしかけると、リュールはメイに視線を向けた。代わりに説明してほしい。そう訴えているようだ。


「えーっと……。これが、リュールの本当の姿なんです」

「へ……?」


 予想外のことに間抜けな声が出る。ルカがぽかんとしたままリュールを見ると彼女の顔は真っ赤に染まっており、引っ込んだはずの涙がまた浮かんでいる。ずっと隠しておきたかった秘密をとうとう知られてしまった。そんな顔だ。


 ルカはルカで思いもしなかった事実を知って困惑していた。冬にプレゼントを届けてくれる優しいおじいさんが、実は変装したエヴァンの父親だと知ってしまったときの感覚に少し似ている。裏切られたというよりは、できれば知りたくなかったような……。


「大人の姿をした光の精霊、リュール以外で見たことありますか?」


 間抜けな顔のまま固まっているルカを心配するように見つめつつ、メイが訊いてくる。彼女の声で我に返ったルカはクレアとクレルの姿を思い起こした。子供の姿の姉弟精霊……いや、彼等だけではない。普段街中で見かける光の精霊も子供の姿だ。リュールは守護精霊だから特別に大人の姿で作られたものだとルカは思っていたが、どうやら違うらしい。


「……精霊って、簡単に見た目を変えられるんですか?」

「髪の長さを変えるくらいなら簡単ですよ」


 メイが答えると、彼女の白銀の髪が一気に伸びた。立てば足首に届くであろう艶髪は腰の辺りで髪で軽く結ばれており、それがルカの太腿に乗る。尻尾みたいで可愛い。ルカがそう思いながらメイの髪を見ていると、メイは慌てた様子で「ご、ごめんなさい!」と謝ってルカから髪を退かした。


「じゃあ、リュールさんみたいに子供から大人の姿になるのは……」

「短い間ならともかく、維持し続けるのは難しいですね。霊光をたくさん使うし、ずっと集中していないといけないから」

「リュールさん、なんでそんな大変なことを……」

「だ、だって! 守護精霊がこんな小さい子供の姿だと、馬鹿にされそうだし……!」


 守護精霊なのに、見た目は幼稚園を卒園したばかりのような小さな女の子。それを理由に馬鹿にする者がいないとは言い難いが、守護してもらうというよりは守護すべき存在に見える。そんなリュールが顕現して一人で歩いている姿を見たら、大半の者は心配するだろう。


「……ルカちゃん、リュールさんのこと嫌いになった?」


 上目遣いで訊ねるリュールは怯えている。ルカは緩く首を横に振った。


「まさか。どんな姿でもリュールさんはリュールさんです。嫌いになったりしませんよ。本当のこと教えてくれて、ありがとうございました」

「ふぇぇ……」


 ルカは庇護欲を掻き立てられるのを感じた。泣きながら謝っているときもそうだったが、今のリュールの姿はヒナギクの子供達に重なってしまうのだ。危うく「どうしたの? 大丈夫?」と優しい声を出しそうになり、ルカはどうにかその言葉を飲み込んだ。


「えっとね、ルカちゃんに渡したいものがあるの」


 言いながら背中に両手を回すリュール。彼女の手に握られているのは小さな光翼だ。光輪も手に取ると三つの霊光の塊は眩く発光し、剣へと姿を変えた。


「護衛騎士就任おめでとう、ルカちゃん! リュールさんもすっごく嬉しいよ!」


 満面の笑みで祝福すると、リュールは剣の形をした霊光の塊をルカに差し出した。


 契約のことは伝えていないが、精霊にはわかるのだろう。もしくはエフィに聞いたか。どちらにしてもリュールの気持ちはありがたい。だがルカは霊光の塊を受け取れずにいた。リュールは大人の姿になりたいはずだ。それなのにこんなに大きな霊光の塊を受け取れば、また大量の霊光を消費することになってしまう。目覚めたばかりのリュールに、体の負担になるようなことはしてほしくない。


「ありがとうございます。けど、気持ちだけで十分ですよ」

「霊光切れなんて起こしたらどうするの? ルカちゃんは光の霊光しか使えないんだよ?」


 リュールの声はいつになく真剣で、彼女が話している間に光輪と光翼が再構成されていく。大きさは普段のリュールが連れているものと同じだ。肌をひりつかせる強烈な霊光はこれ以上ないくらい頼もしく、ルカは自身の杞憂に苦笑する。


 リュールは守護精霊として作られた精霊だ。彼女が秘めている力はルカに計り知れるものではない。ルカはリュールに真っ直ぐ向き直った。


「わかりました。では、ありがたくいただきます」


 両手を差し出す。霊光の剣がそっと乗せられ、温かな霊光となってルカの全身を巡った。





 リュールを見送るべく甲板に出ると、メイに気づいた見張りの騎士達が素早く敬礼した。彼等がどこか困惑気味なのは、メイの長い髪のせいだろう。戻してから船員室を出るべきだったと少し後悔しつつメイは答礼する。顕現していないリュールがメイを真似た。


 ユーフォリアから戻ったばかりの鋼鉄の魔女に呼ばれたため、ルカはこの場にいない。リュールに質問するにはいいタイミングだ。メイは欄干に近づきながら「訊きたいことがあるんだけど、いい?」とリュールに話しかけた。


「伸ばした髪を元に戻す方法?」


 小首を傾げるリュールに苦笑する。メイは髪の長さを元に戻した。


「リュールって、ルカさんとの付き合いが長いんだよね。契約したいって思」

「あるよ」


 言い終わる前に即答される。「だってルカちゃんは絆霊者(ネクサス)なんだよ?」と付け足された言葉は、当たり前のことを訊くなと呆れているようだった。


「……どうしてルカさんと契約しなかったの?」

「だ、だって……! ルカちゃん、まだ子供なんだもん。契約なんて、そんな……」


 精霊との契約は、謂わば結婚のようなものだ。この人間が死ぬまでずっと傍にいたい、守りたい、愛したい。そういった特別な感情を抱いた相手にだけ、精霊は契約を持ちかけるのだ。恥じらうように頬を染めたリュールの気持ちも、メイにはなんとなく理解できる。


 リュールは自制心のある精霊だが、他の精霊なら誰とも契約していない絆霊者を放っておくはずがない。相手が子供であっても甘く優しい言葉を並べ立て、それでも駄目なら強引にでも契約を結ぶ。ルカがそうならなかったのは、守護精霊であるリュールが常に彼を気にかけていたからに違いない。


 そのルカと――リュールが長年見守ってきた絆霊者と、メイは契約した。奪ったと言っても過言ではないし、咎められても文句は言えない。今更のように罪悪感が込み上げ、そのことに嫌悪感も覚えた。胸の奥を痛めるなんて資格も、メイにはない。


「リュール。わたしがルカさんと契約したことなんだけど――」

「謝らなくていいよ。ルカちゃんと契約することは……あの子が護衛騎士になるって言ったときに諦めたから」

「でも……! 貴女が汚れ役を引き受けることになったのも、わたしが」


 小さな手がメイの両頬を挟む。ふわりと浮いてメイを見るリュールは、怒っていた。


「もう! 謝らなくていいって言ったでしょ!」


 ごめんなさい、と言いかけて慌てて口を閉じる。むにむにと頬を揉まれながらメイはリュールを見つめ返した。リュールは怒っていて、だがどこか、優しい顔をしていた。


「リュールさんが何年守護精霊やってると思ってるの? 汚れ役なんて慣れっこだよ。お気に入りの子と契約できないことだって……。だからメイちゃんは気にしなくていいのっ!」


 本心からの言葉であっても、寂しさを誤魔化すことはできないのだろう。リュールの光輪と光翼の輝きが、ほんの一瞬だけ弱くなった。そのことにリュールが気づいた様子はないが、わざわざ指摘するのは彼女を侮辱することに他ならない。メイはリュールの言葉をそのまま受け入れ、絆霊者を守り続けた光の精霊を見つめた。


「リュールは強いね」

「だってリュールさん、守護精霊だもん」


 腰に手を当て胸を張り、自信満々に笑うリュール。その姿にメイがつられて微笑むと、リュールは小さな手をメイの頭にそっと乗せた。


「いってらっしゃい、メイちゃん。ルカちゃんのこと、頼んだよ」


 紡がれた言葉は、母親のように優しい響きを帯びていた。

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