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白銀が護りし緋の神子 ―金霞の五星―【完】  作者: おやまみかげ
第4折 終わりの始まり

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68句 短夜


「相楽中将閣下! 是非ともうちの娘を紹介させていただきたく――」

「いやいや! 子爵家の娘ではなく、うちの娘を――」


 我先に挨拶しようと、華族たちは旭に群がっていた。


「すみませんが、パートナーがいますので」

「でしたら(めかけ)にでも!!」

「おい!! お前卑怯だぞ!!」

「じゃあお前も娘を差し出せばいいだろ!?」


 いい歳をした大人たちが、ギャイギャイ騒いでいる。

 断っても断っても次々湧いてくる話に、旭はうんざりしていた。


 そうまでして、相楽と接点が欲しいのだろうか。

 大切な娘を妾に、だなんて。どういう考えなのだろう。

 それにさっきから、ぼたんがいると言っているじゃないか。


 表情を変えることも、ため息をつくことも今は許されない。

 必死に笑顔を作る彼の姿を、ぼたんは数歩後ろで見護っていた。


 旭さん、ここに来てからまだ何も召し上がっていない。

 それどころか水さえ口にしていないし……。


 とはいえ、こうもひっきりなしに挨拶に来られては、食事をしにいくどころではない。


 そうだ。何か軽食と、飲み物をお持ちしよう。

 旭さんがここを離れられないのであれば、私が行けばいいんだから。


 ぼたんはスッと、人集りから抜け出した。




「旭さん、苦手なものはなかったはずだけれど……」


 料理が置かれている広間も、そこそこ賑わっていた。

 ぼたんはその合間を縫って、口にしやすそうなものを選んでいく。


「お肉は、やめておいた方がよさそうね。サンドウィッチとか? あ、果物だったら水分も取れるし……」


 独り言をこぼしながら、少量ずつ皿に盛っていく。


「あとは、戻る前に飲み物を受け取って……」

「こんばんは、お嬢さん」


 まさか自分が声をかけられているとも思わず、ぼたんは男の前を素通りする。

 自分に見向きもしない彼女の肩を、男は軽く叩いた。


「こんばんは。1人で食事なんて、味気ないんじゃない?」

「こんばんは。これは私の分ではありませんので」

「そっか。まぁいいよ、ちょっと付き合ってくれる?」

「申し訳ございませんが、急いでおりますので失礼いたします」


 軽く会釈をすると、ぼたんは立ち去ろうとする。

 そんな彼女の手首を、男は遠慮なく掴んだ。


「いいじゃん。1人なんでしょ?」

「いえ、パートナーがいますので」

「キミみたいに綺麗な子を放っておく奴なんてやめなよ。きっと(ろく)でもない男だろ?」


 そう、男に鼻で笑われ、ぼたんの目尻がつり上がる。


「碌でもないのは貴方の方です。離してください」

「へぇ、怒った顔もかわいいじゃん!」

「たしかにその通りだね。僕は彼女の怒っている姿なんて、見たことがなかったよ」


 背後から聞こえた、温和ながらも冷たい声に男は振り向く。


「こんばんは。その子から手を離してもらってもいいかい?」

「お、お前は相楽の……!! 俺は別にそんなつもりじゃ——」

「そうかい。なら、早くここから立ち去ってくれるかな?」


 言い訳をしようとする男の言葉を、旭は遮る。

 微笑んではいるが、目は笑っていない。

 ぼたんから手を離すと、男は逃げるように広間を出ていった。


「何もなくてよかった。急に姿が見えなくなったから焦ったよ」

「申し訳ございません、勝手なことをして……」

「ううん、僕のためにここに来てくれたんだろう?」


 伏せていた顔を上げると、旭と目が合う。

 先ほどまでの無理に作った顔ではない、慈しみに満ちた目がぼたんを見ていた。

 

「……旭さん、まだ何も召し上がっていなかったので」

「ありがとう、ぼたん。でも、もう僕のそばから離れないと約束してくれるかい?」

「……はい、わかりました」

「ありがとう。それ、もらってもいいかな?」

「もちろんです。旭さんの分ですから」


 差し出された皿を、旭は笑顔で受け取る。

 さりげないエスコートとともに、2人は広間を後にした。




(れん)さん、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫! 巻き込んじまって悪かったな!」

「ううん、そんなのはいいんだけど……」


 夕梨(ゆうり)は、隣を歩く漣を見上げる。


 心配させないようにしてるけど、どう見ても疲れてる。

 あんなこと言われて、気にしてないはずがないんだよ。

 何か、私にできること……。


「あ、そうだ! 漣さん、ご飯食べに行かない?」


 好きなものを食べたら、少しは元気になってくれるかもしれない。

 

 今の夕梨にできる、精一杯の声がけだった。


「そうだな! 来てからなんも食ってなかったし!」

「うん! 行こう行こう!」


 2人は並んでビュッフェ会場へと入る。

 軽食や果物、デザートが並ぶ中、漣の視線はメインディッシュのコーナーだった。


「お! ビフテキあったぜ!!」

「よかったね! あ! ケーキもあるよ!!」


 社交の場だということをすっかり忘れ、2人は嬉しそうに料理を頬張る。

 幸いにも、そんな2人を気にする者たちはいなかった。


「夕梨、ごめんな。怖かっただろ?」

「ううん、私は大丈夫だよ。漣さんこそ大丈夫?」


 心配そうに自分の顔を見つめる少女に、漣は静かに本音をこぼした。


「言われ慣れたと思ってたけど、やっぱきついな! しかも夕梨の前だろ? 俺超かっこ悪いじゃん!」

「そんなことないよ。漣さんは私の王子様なんだから」

「そんな風に言ってくれるのは夕梨だけだぜ!」


 わしゃわしゃと、漣は彼女の頭をなでる。


 こんな俺でも、夕梨は選んでくれたんだ。

 家のことで悩んでなんかいられねえよ。

 俺はもう、細波(さざなみ)じゃねえんだ。

 細小波(いさらなみ) 漣として、夕梨を絶対護る――。

 

 よし! と、漣は気合いを入れ直す。


「飯食ったら、また隊士たちに挨拶しに行くか!」

「漣さんから行くの? 先輩は、来るのを待つんじゃない?」


 夕梨の問いに、漣はガハハと笑ってみせる。


「いいんだよ! そんな先輩がいたっていいだろ?」

「そうだね! その方が漣さんっぽい!」

「だろ!? さすが夕梨!! 自慢の恋人を紹介しねえとな!!」

「やめてよ、恥ずかしい……」


 ビュッフェ会場のすみっこで、南の太陽に照らされたひまわりが、大輪の花を咲かせていた。





















 晩餐会が始まりしばらく経った頃、大礼服に身を包んだ1人の男が会場の前まで来ていた。


「へぇ。今も変わらない警備体制なのか」

 

 独り言をこぼしながら、辺りを見渡す。

 まだ綺麗な軍服に身を包み、緊張した面持ちで警備をしている軍人たちが目に入った。

 開場から時間も経っている。上官から留守を頼まれているのだろう。

 

「若手だけにするなんて、陸軍も落ちたもんだなぁ」


 中堅を1人は置いておくべきだろうに――。


 笑みを浮かべながら、門へと近づく。

 予想通り、入場を止められた。


「恐れ入ります! 招待客のみ、ご入場いただけます!」


 何人かに言い続けたのであろう。

 声は若干震えているが、威厳としては及第点だ。


「すまない。招待されているんだ」


 男はスッと、招待状と階級章を見せる。


 未だにこのやり方をしているなんて。

 だから、僕みたいな奴に利用されるんだよ。


 男は今にも笑ってしまいそうだった。


 招待状なんて、お義父さんの元へ来ていた物の筆跡を真似ただけだし、封筒はかつて所属していたときの物を流用しただけ。

 こんな簡素な手口でも、キミたちのような若手には見抜けないだろう?


 だからダメなんだよ、この国は――。


「失礼いたしました! どうぞお通りください!」

「ありがとう。お互いに、よい夜になるといいね」


 男はにこやかに敬礼を返す。


 つつ闇が、すぐそこまで迫っていた――。

 


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