67句 薫風
やっと……、やっと伝えられた――。
自らの想いを伝えた和は、朔夜の背から離れる。
しかし、その想いをぶつけられた本人は、未だなんの返事もせず、硬直したままだった。
「驚かせてごめんなさい。別に、返事が欲しいわけじゃないのよ。ただ、知っていてほしかった。それだけなの」
和は夜空を見上げる。
きらきらと輝く星たちに、何度願ったことかわからない。
――いつか、この想いを伝えられますように、と。
ついに、叶っちゃった。
どうせなら、朔夜くんのお嫁さんになれますように、なんて願っておけばよかったわね。
自らの貪欲な願いに肩を揺らしていると、朔夜が静かに口を開いた。
「……ごめん」
「いいの。わかっているわ。私が伝え――」
「そうじゃねぇよ!!」
それまで背を向けていた朔夜が振り返る。
目を伏せる彼の手は、きつく握りしめられていた。
「でも朔夜くんは、私をそういう目で見ていないでしょう?」
「それは……」
憩と出会ったあの日から、朔夜は少女を護ることだけ考えて生きてきた。
これまで矛であり続けてきた彼に、恋情というものは備わっていない。
「いいのよ。私が好きなだけなんだから」
「……お前の言う好きってさ、家族としてじゃないやつか?」
「もちろん、1人の男性としてよ? 当たり前じゃないの」
ふん! と鼻を鳴らす和を前に、朔夜は思考を整理する。
俺は、和をどう思ってるんだ……?
いこのそばにはいたけど、こいつとは距離を取ってたし。
なんだかんだこんなに話すようになったのも、晩餐会でペアになってからだろ?
そりゃ顔合わせりゃ挨拶はしてたし、昔から知ってはいっけどよ。
こいつ、吉原とかでずっと忙しそうにしてたしな……。
和とのことを思い出していると、1つの疑問が生まれた。
――うん? そういや和って、いつから俺のこと好きだったんだ?
「なぁ、1つ聞いてもいいか?」
「えぇ、なんでも聞いてちょうだい! 好きなところかしら?」
「お前、いつから俺のこと好きでいてくれたんだ?」
急に直球の質問を投げられ、和は目を逸らす。
恥ずかしそうにしつつも、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「朔夜くんがうちに来て、数ヶ月経った頃から……」
「はぁ!? 6年も前からかよ!!」
「し、仕方ないでしょう!? 別に私の勝手じゃない!」
ぷいっ、と和が身体ごと朔夜から逸らす。
淡い月明かりに照らされた乙女の耳は、赤く染まっていた。
「も、もういいでしょう!? この話は終わり!!」
「終わりって……、お前から始めたんだろが!!」
「もういいの!! いいったらいいの!!」
ドレスの裾を持ち上げると、和は会場へ戻ろうとする。
そんな彼女の腕を、朔夜は逃すまいと掴んだ。
「言い逃げすんなよ、いこかお前は!!」
「だから、返事はいらないの!! 私が言いたかっただけなの!!」
「じゃあ俺はどうすればいいんだよ!!」
「どうすればってなによ!!」
見上げた朔夜の顔は、とても真剣なものだった。
月明かりに照らされたその表情に、和は思わず息をのむ。
「……正直、今はそういう好きかわかんねぇ。
でも、他の男と楽しそうにしてるの見ると、なんかすげぇイライラすんだよ……」
「そう、なのね。嬉しいわ……」
「嬉しいのか……?」
「だって、やっと私を見てくれたってことでしょう?」
嬉しそうに微笑む和。
そんな彼女に、朔夜は胸が痛んだ。
憩を護ることしか頭になかったとはいえ、これまでだいぶ雑な扱いをしてきた。
「……ごめん、ずっと気づかなくて」
「私は吉原一の芸花魁、和ちゃんよ? 演じるのは慣れているわ」
ぱちんとウインクする姿に、朔夜は目を細める。
「ただ覚悟してよね! これからはアピールしまくるんだから!」
「頼むから旭の前ではやめてくれ……」
「お兄様の前じゃなければいいのね!」
「はいはい、わかったから。ほら戻るぞ」
スッと差し出す朔夜の手に、和は自らの手を重ねる。
会場へと戻る頃、2人の距離は以前よりも近づいていた。
「……細小波閣下には、日頃からお世話になっております」
「細小波!? 誰のことを言っている!!」
千歳の言葉に、漣の父である細波家当主が再び大声を上げた。
「俺の今の名前だよ。だから言ったろ? 俺はもう細波じゃねえって」
「何を馬鹿げたことを言っている!! そんなこと、あってたまるか!!」
「あんたがどう思おうが、俺は細小波 漣なんだよ」
全く話の通じない父。
漣ももう、相手にするのが心底面倒だった。
「もういいだろ? 姉貴がいるんだからいいじゃねえか」
「寝ぼけたことを言うのも大概にしろ!! 女なんかが、家督を継げるわけないだろう!!」
その言葉に、漣の姉である冴の表情が一瞬曇る。
千歳の半歩後ろに立っていた憩が、その表情を見逃すはずもなかった。
「あの、その言い方は失礼なのではないですか?」
「なんだと!? 小娘の分際で偉そうな口を聞くな!!」
細波の当主に怒鳴られ、少女は少し肩を振るわせる。
しかし、その瞳には揺るぎない正義が宿っていた。
「ご挨拶が遅れました。私は相楽 黄山の孫娘、相楽 憩と申します」
「さ、相楽だと!? あの家には長男と、売女しかいないはずだろ!!」
「おい!! 和は売女じゃねえ!! 適当なこと言ってんなよクソ親父!!」
漣は父親に掴みかかる。
自分のことをどれだけ貶されようが罵られようが、そんなのは構わなかった。
ただ、仲間のことを悪く言われるのだけは、どうしても許せなかったのだ。
「……細小波さん、落ち着いて。問題を起こすのはまずいよ」
「だけどよ!!」
「漣様、ここは私にお任せください」
千歳と漣にだけ聞こえるよう、憩は囁く。
それを聞き、漣は父親から手を離した。
「細波伯爵、ここは公の場でございます。個人の問題を持ち込むようでしたら、ご退出願えますか?」
「断る!! 小娘に指示される筋合いはない!!」
「なるほど。伯爵家が侯爵家に逆らうと申すのですね」
力強い金色の瞳に見つめられ、細波の当主は思わず1歩下がる。
「ご退出願えますか、細波伯爵」
「な、なぜ私たちが――」
そう返そうとして、口を噤む。
大声で喚き散らしていたため、周囲に人が集まり始めていたのだ。
五神族のトップである相楽に、細波が歯向かっている――。
そんなゴシップを流されては、ひとたまりもない。
細波家は、いそいそと会場を出ていった。
「マジで助かったぜ!! ありがとな!!」
会場の隅へと移動した4人は、安堵の表情を浮かべていた。
「……感謝なら憩にして。細小波さんが大変そうなのに気づいたのは憩だから」
「そっか!! ありがとな憩! かっこよかったぜ!!」
眉を少し下げながら、憩はその言葉に微笑む。
元気のない少女に、千歳が声をかけた。
「……憩、大丈夫?」
「うん、ちょっと疲れたちゃったみたい……」
「……そうだよね、少し休もうか」
彼が腕を差し出すと、自然と腕を組み身体を預ける憩。
進展していないようで進展している2人の姿に、漣が笑みを浮かべる。
「じゃあ、お前らも頑張れよ!!」
「……そっちこそ、もう助けないからね」
「憩ちゃん、またあとでね!」
「はい、夕梨さんもご無理せず」
それぞれのパートナーとともに、再び戦場へと向かっていく。
――煌びやかな会場の裏で、静かにその時は迫っていた。




