64句 木下闇
「早く甘味来ないかなー」
「今頼んだばっかだろ……」
憩と朔夜は甘味処へと来ていた。
視察から戻ってきた千歳にも声をかけたのだが「久しぶりに杣さんと2人で行ってきなよ」と送り出されたのだ。
「千歳さんも一緒に来たかったなぁ」
「また次来ればいいだろ」
「そうだね……!」
返事はしてっけど、寂しんだろな。
久々に2人で出かけられたのは、朔夜としてももちろん嬉しかった。
だがそれで、憩が喜ばないのであれば不本意だ。
……だから余計な気ぃ遣わなくていいのによ。
つーかあいつ、後輩のくせに生意気だな。
「ねぇ、お姉様と来たとき、朔夜は何食べたの?」
「うん? 和のあまりだよ。あいつ、頼むだけ頼んで全部残すからな」
「そうなんだ! それお兄様にも同じことして、いつも怒られてるよ」
「だろうな」
まぁ、旭のことだから、叱りつつも食ってやるんだろ。
2人のやりとりが容易に浮かび、思わず笑みがこぼれる。
「失礼します! みつ豆、ぜんざい、おはぎ、豆大福をお持ちしました」
「ありがとうございます!」
姉妹で頼み方はそっくりだが、憩はこれを1人でペロッと平らげる。
むしろ足りないくらいだ。
「はい朔夜! どうぞ!!」
ズイッと、みつ豆の乗ったスプーンを憩に差し出される。
前にも同じようなこと、あったな……。
朔夜は少し懐かしく思いながら、そのスプーンを制した。
「いこ、同じことを寒凪が和にやったらお前どう思う?」
朔夜の言葉に、憩は目をぱちくりとさせるばかりで返事はない。
やっぱりわかってねぇか。これは、あいつも大変だよな……。
少し千歳に同情しつつ、朔夜は再び口を開く。
「寒凪が和に、同じスプーンで甘味食べさせてたら、いこは嫌じゃねぇのか?」
「千歳さんが、お姉様に?」
「そうだ。嫌じゃねぇのか? 踊ってるだけで嫌だったくせに」
千歳さんが、お姉様にみつ豆を食べさせてたら……?
そんなこと、考えたくない。
そんなの、そんなの絶対に嫌だ!!
「嫌!! 千歳さんがお姉様とお出かけしてるのも嫌!!」
「だろ? だから俺にもするな。自分がされて嫌なことは、相手にしちゃいけねぇのわかってるだろ?」
眉を下げながら、憩はこくりと頷く。
「だから朔夜は、千歳さんに許可取るように言ったの?」
「そうだ。嫌だろ? 知らないうちに出かけてたら」
「そう、だね……」
「わかったなら、落ち込んでないでさっさと食え。時間なくなんぞ」
「うん! 朔夜に半分あげる!」
楊枝で半分に切られたおはぎを、笑顔で差し出された。
「ありがとな。土産も買ってくか?」
「いいの!?」
「あぁ。だから早く食え」
「うん!」
穏やかな兄妹の時間が流れていくのを、朔夜は感じていた。
「いいのかー? 2人で行かせて」
「……別にいいでしょ。杣さんだし」
「とか言って、本当は気になんだろー?」
「漣さん、あんまり言うのは失礼だよ」
漣、千歳、夕梨は、居間で紅茶を飲んでいた。
共通の話題といえば、先程見送った朔夜と憩のことである。
「だってよー、心配じゃね? 憩なんて、距離近えしよー」
漣の言葉に、千歳の顔が強張る。
……細小波さんの言うように、憩はたしかに距離が近い。
だけど、相手は杣さんだ。何かあるわけない。
「……2人は、家族みたいなものだし」
そうだ。あの2人は家族みたいなものだ。
それ以上はないって杣さんも言ってたし、憩も僕のことが大好きだって言ってくれた。
だから大丈夫だ。そう思わないと、居ても立っても居られなくなる。
「よし! 迎えに行くか!!」
「……え?」
「まだ時間あるし、俺も甘味食いてえしさー!」
細小波さんが勢いよく立ち上がった。
僕への気遣いが3割と、後は2人への興味が7割ってところだろう。
「寒凪も行くだろ? 夕梨はもちろん来るよなー!」
「私はついていくけど……。いいのかな、2人の邪魔をして」
「別にいいだろ! 同じ席に座るわけじゃねえし!!」
当たり前でしょ! と、細小波さんが夕梨さんに叱られている。
……本当にこの2人、お似合いだな。
2人のやりとりを見ていると、憩に会いたくてたまらなくなった。
同じ屋敷で生活してるから、ほんの数時間会ってないだけなのに。
「……僕も行く」
「よし! じゃあ行こうぜ!!」
ニカっと笑う細小波さんが、任務中よりも頼もしく見えた。
お土産を買い終わった2人が甘味処を出ると、見覚えのある3人が近づいてきているのが目に入った。
「あ! 千歳さんだ!」
「いこ!! 転ぶから走んな!!」
「千歳さん!!」
そんな朔夜の声は届かず、憩は想い人目掛けて走っていく。
あのバカが!! すぐ転ぶくせに!!
すぐに追いかけたが、後の祭りである。
誰が見てもわかるほどに、憩は盛大に躓いた。
「あっ……」
地面がどんどん近づいてくる。
お兄様にもお姉様にも、絶対にケガをしないようにって言われてるのに――。
憩はギュッと目を閉じた。
……あれ? 痛く……ない?
転ぶと思った身体は、なぜか宙に浮いていた。
「……よかった、間に合って」
その声に憩が顔を上げると、千歳が肩で息をしながら安堵の表情を浮かべていた。
右腕で憩の腰あたりを抱えており、そのおかげで転ばずに済んだのだと状況から理解した。
千歳は腕の力を緩めると、そっと憩を下ろす。
「あ、ありがとう千歳さん」
「……ううん。大丈夫? 痛くなかった?」
咄嗟だったとはいえ、勝手に触れてしまったし、結構力も入れてしまった。
「大丈夫! ありがとう!」
「……そっか、よかった」
憩の笑顔に、千歳はホッと胸を撫で下ろす。
……憩の腰、すごく細かったな。
そんな邪な感情が入り混じり、振り払うかのように頭を振った。
「どうしたの?」
「……なんでもないよ」
2人が話をしていると、追いかけてきていた3人も集まっていた。
「いこ!! だから走んなって言ってんだろ!!」
「ごめんなさい……」
「寒凪がいなかったら、お前ケガしてたんだからな!!」
「はい……」
杣さんに叱られ、憩はシュンとしている。
周りから見れば、だいぶ過保護に見えるだろう。
でも、そうしなければいけない理由が僕たちにはある。
「まあ、無事だったんだからいいだろ!! にしても、寒凪がすげー速さで走ってったから、何事かと思ったぜ」
「ね、すごい速さだったよね!」
ただ、憩が僕の名前を呼びながら駆けてきたのが愛おしくて。
早くそばに行きたくて、それで向かっていっただけだった。
でも、結果としてそれで憩を護れたから、思うまま走ってよかった。
「つーか、お前らなんでここにいんだよ」
「俺も甘味食いたくなっちまってよー!」
「あ、それならお土産ありますよ?」
「マジかよ!! ありがとな!!」
叱られたばかりのため、憩は少し遠慮がちに会話に混ざっている。
せっかく杣さんと2人で出かけたのに、この子はまた他人のことばかりだ。
3人のやりとりを見ていると、憩が僕の顔を見上げた。
「千歳さん、迎えに来てくれてありがとう!」
「……ううん、僕が会いたかっただけだから」
「私も! 私も千歳さんに会いたかった!!」
必死に想いを伝えてくれるこの子が、愛おしくてたまらない。
恋人のようで、両想いなだけの僕たち。
憩が恋を知るまで、僕は今のままで構わない。
――同時刻、某所。
そこに、特務部隊の総司令官である黄山の姿はない。
昨日早朝、晩餐会に向けてこの城を出立していた。
「灯、また2人きりになれたね。よかったよかった」
声の主は、虚な瞳でただ一点だけを見つめていた。
「今日は久しぶりに晴れているよ。晩餐会だからかな?」
問いかけても、相手からの返事はない。
「まだ眠っているのかい? 僕は今日、やらなきゃいけないことがあるんだ」
立ち上がると、椅子に固定されている愛しい妻の元へと向かう。
「あの方が、僕たちにチャンスをくれたんだ」
椅子に繋がれた鎖が、醜い音を立てる。
「ごめんね灯、もう少しの辛抱だから。だから、全てが終わったら……。また冬至って呼んでくれる?」
焦点の定まらぬ妻を、冬至は愛おしそうに見つめた。




