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白銀が護りし緋の神子 ―金霞の五星―【完】  作者: おやまみかげ
第4折 終わりの始まり

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63句 夏隣


 晩餐会当日の朝。旭は1人、書斎で写真帖(アルバム)を眺めていた。

 その中で1番新しい、憩が16歳を迎えたときの写真を撫でる。


 和も憩も、大きくなったな……。


 不意に書斎の扉が叩かれる。

 声をかけると、相手はぼたんだった。


「旭さん、おはようございます。コーヒーをお持ちしました」

「おはよう、ぼたん。ありがとう」


 運ばれてきたコーヒーに口をつける。

 ぼたんの視線は、写真帖へ向いていた。


「気になるかい?」

「あ、すみません……」

「いや、構わないよ。大きくなったなぁ、と思ってね」


 旭はぼたんに写真帖を手渡す。

 彼女が受け取ったそれはずっしりと重く、これまでの歴史を感じた。


「私が見ても、よろしいのですか?」

「もちろん」


 目を細めて微笑む彼に促され、ぼたんはそっと表紙を(めく)る。

 最初のページには、特務部隊の隊服を着た男性が2人と、椅子に腰掛けた着物姿の綺麗な女性が1人。

 その腕には、小さな赤ん坊が抱かれていた。


「これは……、旭さんですね」

「正解」

「ではこちらのお2人が、ご両親ですか?」


 ぼたんの言葉に、旭の眉がピクリと動いた。

 

「……うん、そうだよ」


 ……珍しい。旭さんは普段、言葉を溜めるような人じゃない。

 

 きっと、これ以上は踏み込んではいけない。

 そう感じたぼたんは、すぐさまページを捲る。

 そのページにも、同じように我が子を抱き、微笑む母親の姿があった。

 写真の下には【旭 1歳】と、綺麗な字で書かれている。


「誕生日の度にね、家族写真を撮る家だったんだ。ほら、ここからは和もいるんだよ」


 旭が写真帖のページを捲ると、母親に抱かれる小さな赤ん坊と、その母親の隣に立つ男の子の写真が載っていた。


「かわいいですね」

「そうだろう? この頃はまだ、和も素直だったんだ」


 旭はさらにページを捲る。

 そこには男の子と女の子が、母親に抱かれる赤ん坊を嬉しそうに見つめている写真が載っていた。


「憩さんですね」

「うん。憩は赤ん坊の頃からかわいくてね。僕の妹に生まれてきてくれてよかったと、心から思っているんだ」

 

 ぼたんが写真帖のページを捲っていくと、ある時期から両親の姿がなくなり、兄妹写真になっていた。

 

 【憩 5歳】の写真から。

 

「……僕たちの母は、吸血鬼(ヴァンパイア)に殺されたんだ。父は、東門でありながら母を守れなかった自責で体調を崩し、そのまま亡くなったんだよ」

「そう、だったんですね……」


 それ以上、ぼたんには返す言葉が思い浮かばなかった。

 自身も母親を亡くしているが、この兄妹ほど幼い頃ではない。

 

 何か話題を変えようと辺りを見渡すと、写真帖を見たときから気になっていたことが浮き彫りになる。

 このお屋敷には、写真というものが1枚も飾られていないのだ。

 

 ――写真屋を呼ぶほど、家族写真を大切にしているというのに。


「こんなに素敵な写真がたくさんあるのに、飾ったりはしないんですね」


 話題を変えようと放ったその言葉が、旭の表情を歪めた。

 

 これは……、間違えたかもしれない――。


「するどいね、ぼたんは……。憩を苦しませないよう、写真は飾らないんだ」

 

 悲しそうな、そしてつらそうな顔。

 私たちに絶対見せない、旭さんの陰の部分が表に出た瞬間だった。




 一方(なごみ)は、上機嫌で書斎へと向かっていた。


「無事終わったら、新しい(かんざし)を買ってもらわないと!」


 晩餐会までの間、彼女は吉原の仕事を休んでいた。

 ダンスの練習や勉強会に参加していると、芸事が疎かになるからだ。

 母の後を継いで芸花魁(アイドル)になった和に、周囲は完璧な姿を求める。

 それが、本当の彼女の姿ではなかったとしても――。

  

 夏になるから、金魚がいいかしら……?

 風鈴なんかもいいわねぇ……。


 そんなことを考えていると、あっという間に書斎についた。

 扉に手を伸ばすと、何やら話し声が聞こえる。


 ……この声は、お兄様とぼたんちゃん?


 扉越しでは、なんの話をしているかまでは聞き取れない。

 和はそっと、扉に耳を当てた。


 


 憩を苦しませないよう、写真は飾らないんだ――。


「それって一体……」


 ……どういうことだろう。


 言葉の意味がわからず、ぼたんは歯切れの悪い問いしかできない。

 そんな彼女に微笑むと、旭はゆっくりと話し始めた。

 

「母はね、憩の目の前で吸血鬼に襲われたんだ。今思えば、狙われていたのは憩の方だったのかもしれない」


 旭さんは少し遠くを見つめていた。

 まるで、昔を思い出すかのように。


「母のことは残念だったけれど、憩が無事だと聞いて、僕も和も本当に安心したんだ。

 だけれど、そんな憩を許せなかった奴がいた……。それが、父なんだよ」

「えっ……?」

「奴はまだ4歳だった憩に、ひどい言葉を浴びせた。父として、絶対に言ってはいけないようなことを……!!」


 その声は、震えながらもひどく怒りに満ちていた。

 深く息を吐くと、再び口を開く。

 

「そのまま父は気を病んで死んだ。正直、僕も和も清々した。大切な妹を、もう傷つけられなくて済むと……。

 だけど、強いストレスにさらされたあの子からは、両親との記憶が一切なくなっていたんだ」

「そんな……」

「だから……、家族写真だけは絶対に飾らない。あんな奴のことは、一生思い出さなくていいんだ」


 旭さんの拳が、怒りでわなわなと震えている。

 私には、彼にかける言葉が思い浮かばなかった。

 何を言っても、慰めになんかならない。それがわかっていたから。


「代わりに、僕と和があの子の親になる。そう、2人で決めてこれまで過ごしてきた。

 だけれど、和には申し訳ないと思っているよ。そのせいで、彼女の人生を縛ってしまったからね……」


 バンッ!!


 音を立てて書斎の扉が開くと、そこにはムッとした顔の和が立っていた。

 スタスタと、怒りを含んだ足音が旭の元へ近づいてくる。


「和、どうしたんだい?」

「……私の人生を縛ってしまった? それは違う。私自身が望んだことよ!! 私は自分で選んでここにいる!! 勝手に不幸にしないで!!」


 書斎に、和の怒号が響き渡る。

 

 いつもの穏やかな、余裕のある口調ではない。

 芸花魁の仮面を外した、相楽 和そのものの言葉だった。


「私は、憩ちゃんが大好き!! だけど、それと同じくらいお兄様のことも大好きなの!! 2人といられて私はすごく幸せなのに、縛ってるだなんて言わないで!!」


 今にもあふれそうな涙を堪え訴える妹の言葉に、旭の頬は濡れていた。


 なんで、涙なんか……。

 

 拭っても拭っても、目からあふれて止まらない。


 本当は、ずっと不安だった……。苦しかった……。

 長男として、親として、僕が妹たちを護らないと。

 そう、覚悟はしていても、怖くてたまらなかった……。

 

 憩を失うかもしれない。和の人生を奪ってしまったかもしれない。

 護る――そう言いつつ、実際に護られているのは僕の方だった……。


 止めどなく感情が溢れ、嗚咽が漏れた。

 どうしようもないほど、恥ずかしい姿を晒している。

 

 そんな旭の背を、そっとさすり続けていたのはぼたんだった。


「ごめんね、ぼたん……。こんな……、情けない姿を見せて……」

「情けない、でしょうか? 私はその逆だと思いますよ」


 申し訳なさそうにしている旭に、ぼたんはにこやかに声をかける。


 旭さんは、誰よりもかっこいいですよ。

 尊敬するあなたのおそばにいられることが、私の誇りです――。


 そんな2人を見て、和が静かに本音を漏らす。

 

「よかった……。お兄様にも弱さを見せられる相手ができて……」


 微笑むと、こぼれそうな涙を人差し指でそっと掬った。




「痛い! 痛い!!」

「仕方ねぇだろ、きつく編んでんだから」


 晩餐会に向けて、憩は朔夜に髪を結ってもらっていた。

 崩れないよう、いつもよりしっかりめに編み込んでいるのだが、そのあまりの痛さに憩は半べそをかいている。

 そんな2人を、夕梨(ゆうり)は笑顔で見つめていた。


(そま)さん! 次、私も結ってもらっていいですか?」

「別にいいけど、いこみたいに騒いだら途中でやめっからな」

「わーい! ありがとうございます!!」

「ほんどゔにいだいですよ……」


 目に溜めきれなくなった涙をこぼしながら、憩は必死に痛みに耐えていた。

 そんな様子を見て、朔夜は大きなため息をつく。


「だから和に頼めって言っただろ? あいつなら、髪留め使って上手く結うからって」

「だって……、久しぶりに朔夜に結ってほしかったんだもん……」


 涙目でそう憩に言われては、悪い気はしない。

 事実、朔夜が憩の髪を結うのは久々のことだった。


「……浦風(うらかぜ)の髪も結い終わったら、久々に甘味処にでも行くか?」

「いいの!?」

「あぁ。その代わり、ちゃんと寒凪(かんなぎ)に許可取れよ」

「わかった!」


 返事をし、勢いよく立ちあがろうとする少女の肩を押さえ座らせる。


「まだ終わってねぇよ! 大人しくしろバカ!」

「ごめんなさい……」

「今日は……、何食うんだよ」


 呆れたように言いつつも、慈愛にあふれる朔夜の姿を、夕梨は笑顔で見つめていた。



 

「なあ、なんで俺たちは視察なんだー?」

「……車持ってて、遠距離型なのが細小波(いさらなみ)さんだから」


 (れん)と千歳は、晩餐会が行われる会場に視察に来ていた。

 主役が特務部隊となると、一般陸軍たちがよからぬことを企んでいてもおかしくはない。

 それほどまでに、特務部隊は冷遇されている。


「そんなに俺たちのことが気に入らないならよー、晩餐会なんか開かなきゃよくね?」

「……そういうわけにもいかないでしょ。特務部隊だけ周年祭なかったら逆に目立つし」

「そういうもんかー。つーか、いつまで見てればいいわけ? もう飽きたんだけど」

「……あと、30分くらいかな」


 千歳の返答に、漣ががっくりと肩を落とす。

 

 ……この人、やる気ないときは本当に役に立たないな。

 

 頼りにならない先輩の代わりに、千歳が周囲の警戒と視察を同時に行なっていた。

 幸い、今のところ不審な点はない。身を隠せそうな場所は多いが、夜には警備体制も整うはずだ。


「もうよくねー?」

「……そう言うけど、何もしてないじゃん」

「運転はしてるだろー?」

「……たしかにね。帰ろうか」

「よし! 任せろ!!」


 漣が屋敷に向かって車を走らせる。

 

 ……いよいよ、今晩か。

 

 流れる景色を眺めながら、千歳は小さくため息をついた。


 

第4折が始まりました。

楽しんでいただけますと幸いです。

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