62句 桜色の小夜曲
ついに、晩餐会は明日となった。
午前中は書斎で最終確認が、午後からはドレスを着てのダンス練習が行われる。
「さて、晩餐会もいよいよ明日だね。その前に、1つ整理しておきたいことがあるんだ。これを覚えているかい?」
旭が手にしている1枚のメモに、7人の視線が集まる。
【白銀のみなさん、楽しいひとときをありがとう。
木の上から、柱の陰から、そして光の隙間から、
みなさんの活躍を覗き見させていただきました。
また、どこかでお会いできることを願って……】
あの日取り逃した、主からのメッセージだ。
「覚えてっけど、なんか晩餐会に関係あんのか?」
「わからないさ。でも、1度情報を整理する必要はあるだろう?」
漣の問いかけに、旭が静かに答える。
なぜ奴は、白銀の存在を知っていた?
木の上、柱の陰、光の隙間とはなんだ?
漣が言うように、奴が現れるとは限らない。
だがもし、現れたら?
次は失敗できない。無策だなんて、話にならない。
「……旭さんの言う通りですね。木の上、柱の陰、光の隙間――ここから整理しましょうか」
「なんで白銀を知ってたかはいいのか?」
「……そこを考え始めたら、キリがないと思います。特務部隊ではなく白銀を知っている時点で、内通者がいることは確定してますから」
千歳の言葉に、朔夜は足を組み替える。
特務部隊に内通者がいる――。
頭を使うのが得意でない朔夜でも、千歳の言葉が意味することは理解できた。
「じゃあ、木の上、柱の陰、光の隙間ってやつを考えようぜ!」
「木の上……。そんなところに吸血鬼がいたらわかりますよね?」
「さすがの俺でもわかるぜ! あんなでっけえのが木の上にいたらよー! コウモリでさえわかんのに、吸血鬼ぐらいでかいのがいれば余裕だな!!」
憩の問いに、漣は得意げに答える。
そんな彼の言葉に、旭と千歳は眉を寄せた。
「漣……。キミ、今なんて言った!?」
「ああ? 吸血鬼ぐらいでかいのがいれば余――」
「……そこじゃなくて、その前!」
すごい剣幕の旭と、声を荒げる千歳。
2人の様子に疑問を持ちつつも、漣は口を開いた。
「コウモリでさえわかんのに」
「コウモリがいたのかい!?」
「いたぜ。お前ら追ってるときによー、ガサガサって音がしたんだよ。んで、吸血鬼かと思ったんだけど、コウモリだったんだ」
何も気づいていない漣に、2人は大きなため息をつく。
「……木の上からって、おそらくそのコウモリだよ」
「漣は主と、接触していたんだね」
「おいおい……、マジかよ……」
俺があのとき、撃っていれば――。
こんなことに、なってなかったってのか……?
自らの失態を知り、漣の顔からは笑顔が消えていた。
「てことは、主も擬態は人だけじゃねぇってことだな」
「うん、朔夜の言う通りだね。でもそれなら、憩はなぜ見抜けなかったんだろうね」
旭は次の疑問を口にする。
憩は眷属の壁擬態は見抜けた。
それなのに、コウモリに擬態していた主はなぜ……?
書斎に沈黙が流れる中、漣が再び口を開いた。
「そういやあんとき、憩体調戻りかけてたよな?」
「はい。眷属を見た後、声が出なくて歩けないのは前回と同じでした。
その後、声は出せるようになったのですが、コウモリを見てから頭が割れるように痛くて……」
「……もしかして、身体が対応しきれなかったんじゃない?」
「それは、どういうことだい?」
千歳の言葉に、旭が食いつく。
他の皆も、口には出さないが真剣に耳を傾けていた。
「……憩の瞳は穢れを映しますが、これまで眷属以上の者と対峙したことはありませんでした」
「つまり、より汚ねぇ吸血鬼の穢れに、いこの身体が耐えられなかった。ってことか?」
「……仮説ですけど。僕が言いたいのはそういうことです」
「なるほど、千歳はさすがだね。まだまだ疑問は残るけれど、今日のところはこれくらいにしようか」
旭は皆に向かって微笑む。
本当は、もう少しこの話を詰めたい。
だけどこれ以上、空気を重くするわけにはいかない。
明日は晩餐会だ。そちらに身を入れなければならない。
それに、憩の体調の悪化についても仮説が立てられた。
「午後からはダンスの練習だよ。気持ちを切り替えていこうね」
「はい! 頑張ります!」
憩の明るい返事が、書斎の陰鬱とした空気を浄化した。
「あいつら遅えなー」
「……仕方ないでしょ、ドレスなんだから」
「少しも待てねぇのかよテメェは」
「はいはい、喧嘩しないでね」
午後あたたかい陽が差し込むホールで、大礼服を着た旭たちは、和たちが来るのを待っていた。
いよいよ、完成したドレスを着て最後の合わせを行う。
「失礼いたします。皆様のご用意が終わりました」
声の主は、憩の専属である矢桐だった。
彼女が扉を開けると、わらわらと和たちが入ってくる。
深紅、薄紅、本紫、杏子――それぞれドレスを身にまとい、髪も結い上げている。本番さながらだ。
「どうかしら、綺麗でしょう?」
和が自信満々にポーズを取る後ろで、憩は少し恥ずかしそうに小さくなっている。
ぼたんも夕梨も、慣れないドレス姿に恥じらいを感じているようだ。
「へぇ、いいんじゃねぇ」
その朔夜の行動に、男性陣は驚きを隠せなかった。
これまでなら、そんな和の言葉にバカかよと返事をし、憩に目を向けるのが先だった。
でも、今日は誰よりも先にペアの元へ向かったのは、朔夜だった。
「あら、朔夜くんが褒めてくれるなんて」
「うるせぇな、別にいいだろが」
「ちゃんと言ってほしいわぁ」
「……似合ってるんじゃねぇの」
「ありがとう! 大礼服、とても似合っているわよ」
「うるせぇ」
そんな2人のやり取りを、呆気に取られじっと見ていた3人だったが、我に返りそれぞれペアの元へと向かう。
ただ1人、千歳を除いて――。
「ぼたん、とても綺麗だよ。やはり肩が出ているのは心配だけれど……」
「あ、ありがとうございます。明日はこちらのストールも持っていきますので」
「うん、それなら安心だね」
「旭さんも、とてもお似合いです」
「そうかい? ありがとう」
旭はいつも通り微笑んでいたが、その実とても緊張していた。
本紫のノースリーブドレスを身に纏ったぼたんが、本当に花の精のようだったから。
……明日は、彼女が隣にいてくれるのか。
その事実に、なぜか少し高揚感を覚えた。
「夕梨!! めちゃめちゃかわいいな!!」
「ありがとう! 漣さんも、大礼服とってもかっこいいね!」
「おいおい、マジかよ!! もっと言ってくれてもいいぜ!」
「漣さんかっこいい! 大好き!」
「俺も大好きだぜ、夕梨!!」
そう言い合うと、ギュッと抱きしめ合った。
この2人には、周りからの視線なんて関係ない。
言葉の裏も何もなく、感情のままに動いているだけの、ただのバカップルだ。
一方、他の男性陣がペアに想い想いの言葉を伝える中、千歳だけは未だ動けずにいた。
目の前で恥じらっている想い人が、あまりにもかわいかったから。
衝撃のあまり動けない千歳の元へ、憩は自ら近寄った。
「ち、千歳さん……」
声をかけられて、はじめて目の前に憩が来ていたことに気がついた。
……かわいい。桜の妖精みたいだ。
そう、伝えたいのに。喉が詰まって上手く言葉を紡ぎ出せない。
「あの……、ど、どうかな? 似合う……?」
似合ってるに決まってる。誰よりも1番綺麗だ。
でも、僕が反応しないからか、憩の眉は下がってしまっていた。
「……ご、ごめん。似合ってるよ。あんまりにも、その、綺麗だったから」
やっと言葉になったけど、余裕がなくて声は裏返るし、言葉に詰まるし、なんてかっこ悪いんだ……。
みんなもっとスマートに伝えられているのに、僕は……。
「よかった! 千歳さんも大礼服、かっこいいね!」
そんな千歳の自己嫌悪を春色に塗り替えたのは、憩の一言だった。
いつもと変わらない、花が咲くように笑う愛しい子。
僕は何度も身をもって感じてきたはずだ。
この子が、そのままの僕を想ってくれてるって。
「……ありがとう。昨日も思ったけど、すごく似合ってる。かわいいし、誰よりも1番憩が綺麗だよ」
「あ、ありがとう……」
恥ずかしそうに揺れる金色の瞳が、桜色に染まった頬が、愛おしくてたまらない。
思わずその頬に手を伸ばすと、指先がそっと触れた。
「……憩、大好きだよ」
「わ、私も……。千歳さんのこと、大好き」
……なんて、愛おしいんだろう。
これ以上の幸せはないのかもしれない。
千歳と憩が静かに想いを重ねる中、時間は刻一刻とすぎていく。
終わりへのカウントダウンは、既に始まっていた――。
これにて第3折完結です。
第4折は6/2から開幕!
以降、火曜・金曜の20:50更新となります。




