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白銀が護りし緋の神子 ―金霞の五星―【完】  作者: おやまみかげ
第3折 それぞれの想い

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61句 浮き立つ心、冥漠の底


「あら、千歳くんじゃないの!」


 客間に入ると、深紅(こきくれない)のドレスを身に(まと)った(なごみ)さんに声をかけられた。

 

 ……早く、憩のドレス姿が見たい。

 

 しかし、辺りを見渡してもその姿はない。


「千歳、憩は今着付けに行ったところなんだ。(れん)たちを任せてしまったから申し訳なくてね。憩も千歳に見てもらいたいようだったし、順番を後にしてもらったんだよ」

「……そう、ですか」


 僕に見てほしい。

 そっか、憩がそんなことを……。

 

 我慢しようとしても、頬が緩むのを止められない。

 旭さんは、そんな僕の様子に気がついているのだろう。

 目を細めて、にっこりと微笑んでいる。


「……ぼたんさんもお綺麗ですね」


 これ以上、表情が崩れてはまずい。

 

 千歳は、旭の隣にいるぼたんへと話題を逸らした。


「あ、ありがとうございます……」

「千歳もそう思うかい? やはり、ぼたんに似合うよう仕立ててもらってよかったよ」

「……特注品ってことですか?」

「そうだよ。背中が開いていたり、身体のラインを強調していたりする物は着せられないからね」

「こんなにいい物、申し訳なくて……」

「一緒に決めようと言ったのはぼたんだろう? 僕がよくて贈っている物なんだから、受け取ってくれると嬉しいな」


 戸惑うぼたんに微笑む旭。

 蚊帳の外にいる千歳は遠い目をしていた。

 

 この人、サラッとものすごいことを言ってることに気づいてるのか……?

 無自覚でこの発言をしてるなら、間違いなく数多の女性を泣かせている。


「わかりました、ありがとうございます」

「どういたしまして。本当によく似合っているよ。こんな素敵な女性をエスコートできるなんて、僕は幸せ者だね」


 ……それ、もうプロポーズしてない?

 

 千歳は若干引き気味ではあったが、旭の気持ちがわからないでもなかった。

 本紫(ほんむらさき)のシンプルなノースリーブドレスが、ぼたんのよさを引き立てている。


「千歳、見すぎだよ」

「……すみません」

「やはり、もう少し肩を隠したほうがいいかもしれないね……」

「そうか!? 見えてた方がよくね!?」


 興奮気味で話に混ざってきたのは、ニヤけた顔を隠そうともしない漣だった。




「うん、漣みたいな奴もいるだろうから肩は隠そう」

「おいおい、そんな言い方ないだろ!?」

「行こうか、ぼたん」


 漣の言葉を気に留めることもなく、旭はぼたんを連れ、客間を出ていった。

 

「……来たんだ」

「おう! (そま)も連れてきたぜー!! 和に捕まってるけどな!!」


 漣の視線の先には、嬉しそうにドレスを見せる和と、なんだかんだ感想を言っている朔夜がいた。


「あの2人、お似合いだよなー!!」

「……すぐそういう方向に見るの、よくないと思う」

「なんだよ、つまんねー奴だなあ。そういや、夕梨は? 憩もいねえな」


 キョロキョロと、漣は辺りを見渡す。

 千歳同様に、漣も夕梨のドレス姿を楽しみにしていた。

 

「……憩は今着付けしてるって旭さんが言ってた」

「へえー、じゃあ夕梨もか?」

「……それは知らない」

「なんだよ、聞いといてくれてもよくね?」

「……杣さんと喧嘩してたのが悪いんでしょ」


 カチャ


 ふいに扉が開き、千歳の視線はそちらに向く。


「あ! 千歳さん、ちょうどよかった! 見て見て! どうかな? 似合ってる?」

 

 僕が待っていたその子は、あまりにもかわいすぎた。

 

 薄紅(うすくれない)のシンプルなドレスの上に、淡い桜色のボレロ。

 ふんわりとまとめられた黒茶色の髪には、華奢な金色の髪飾りが留められていた。


「千歳さん……?」

「……ご、ごめん。その、あまりにもかわいくて……見とれてた」

 

 本当に時が止まったのかと思った。

 自分の行動が恥ずかしすぎて、憩の目をまともに見られない。

 いや、自分の行動以前に憩がかわいすぎる……。


「よかった! これね、脱いでもかわいいんだよ!」


 憩はもぞもぞとボレロのリボンを解き始める。

 

 待って。確かその下って……。

 

 脱ぎかけていたボレロを、千歳はそっと着せなおした。

 

「……ぬ、脱がなくていいんじゃない?」

「どうして? ちゃんと全部見てほしいの!」

「……そういうの、簡単に言っちゃダメだよ」

「千歳さんにしか言わないよ?」


 余計にやめて……。

 

 身長差から、上目遣いになっている憩と目が合わせられなくて、天井を見上げた。

 

 落ち着け、寒凪(かんなぎ) 千歳。

 しっかりしろ、寒凪 千歳。

 

 何度か深呼吸をし、呼吸を整えてから憩と向き合う。


「……ドレス、かわいいの知ってるからそのままでいいよ。ほら、上脱いじゃうと肩も腕もすごく見えちゃうでしょ?」

「そうだけど……」


 ものすごく不服そうな顔をしている。

 

 わかってる。憩は単純に見てほしいだけだって。

 でもこのドレスは、肩のところを細いリボンで留めているだけなんだ。

 そんな、そんな姿を見せられたら……。

 

「……他の人に、肩とか腕とか見せないでほしい。それに、これ以上かわいい姿を見せられたら、僕死んじゃうと思う」

「そうなの……?」

「……うん、ほら」


 千歳は少女の小さな手を取ると、自分の胸へと押し当てた。

 憩の手のひらに、彼の体温と緊張が伝わってくる。


「すごく、ドキドキしてる……」

「……うん、そうでしょ? だから、これ以上かわいいこと言うのはなしね」

「うん、わかった」

「……ありがとう」


 ……本当はこのまま抱きしめたいけど、さすがにそれは早すぎるな。

 

 (はや)る気持ちを抑え、千歳はそっと憩の頭を撫でた。




「あいつら、いつまでああなんだー?」


 そんな2人の様子を遠目に見ながら、退屈そうに漣が腕を組んだ。


「両想いだってわかってんだから、もっとかませよ寒凪ー」

「テメェぐらいだろ、相手のペース考えねぇのは」

「なんだよ!! 夕梨が嫌がってるって言いたいのか!?」

「んなこと言ってねぇだろ」


 話が噛み合わず、朔夜はため息をつく。

 

 誰が見たって、いこに合わせて寒凪が我慢してんのわかんだろが。

 そういうのに疎い俺だってわかんのに、なんでテメェがわかんねぇんだよ……。


「でも、漣様の言う通りじゃないかしら。このままだと、ずーっとお友達のままよ?」

「だよな!! 和もそう思うよな!!」

「えぇ、抱きしめてもいいと思うわぁ」

「ほら!! 聞いたかよ(そま)!!」


 こいつら、どんだけ恋愛脳なんだよ……。

 大切で護りたいからこそ、傷つけるのが怖いんだろが。

 寒凪は、いこが自分を好いている事実さえあれば、進展なんてそこまで重要視してないんだろ。


「周りが騒ぐことじゃねぇだろ。2人には2人のペースがあんだよ」

「あら、朔夜くんったら。そんなことが言えるようになったのね」

「はぁ!? どういう意味だよそれ!!」


 和の言葉に、朔夜が大声をあげる。

 

「そのままの意味よ? だって、今までの朔夜くんなら、そんなこと絶対に言わないでしょう?」

「たしかになー!! 憩に近づこうもんなら消し去る勢いだったもんな!!」


 ガハハと、漣が大声で笑う。

 

 クソほど腹が立つが、事実だったからな。

 寒凪だからいいが、これが細小波だったら変わらず処理する。


「なんか俺……。今、寒気したわ」

「テメェが余計なことしか言わねぇからだろ」


 漣がわざとらしく、身体をさすって見せる。

 その様子を見て、和は肩を揺らしながらくすくすと笑った。

 

 こいつ……、黙ってるとかわいいよな。


「ん……?」


 俺今、和に対してかわいいって思った……?

 いや、勘違いだな。ドレス着てるから馬子にも衣装だろ。


「ちょっと! 今、失礼なこと考えていたでしょう?」


 完全に上の空になっていた朔夜の顔に、和が頬を膨らませながら顔を近づける。

 急に目の前に出てきた顔に、朔夜は1歩後退りした。


「バ、バカ!! 近ぇよ!!」

「もう! 近づいているんだから、近いに決まっているでしょう?」

「だから近づくなって言ってんだ!!」

「あら、失礼ね! お客さんなら大喜びよ?」

「俺は客じゃねぇんだよ!!」


 こいつら、なんだかんだ仲良いよなー。

 杣には、和みたいなタイプの方が合ってると思うわ。

 

 ギャイギャイと騒ぎ立てる朔夜と和を見ながら、漣は1人、そんなことを考えていた。


















 

 











 

 ――同日、某所。

 廃墟と思わしき場所で、2人の男が密談を交わしていた。


冬至(とうじ)、明日からまた頼むぞ。儂は特務部隊の晩餐会に出なきゃならん」

「はい。お任せください」

「総司令という立場上、欠席するわけにはいかぬからなぁ……」


 帝国陸軍特務部隊の総司令である黄山(おうざん)が、白髪混じりの頭をかく。

 

 白銀を結成し、統制のため各領土を一通り回った後、黄山はこの廃墟に身を詰めていた。

 誰も近寄らぬ――いや、冬至以外誰にも明かしていないこの場所に。


「特務部隊も、もう25年でしたよね」

「あぁ、早いもんじゃなぁ……。あの子たちも、随分と大人になった」

「そう、ですか……。東門は、旭が継いでいるんですよね?」


 冬至、と呼ばれた男の問いに、黄山は大きく頷く。

 

「あぁ、そうじゃよ。もう、5年になるのぅ……」

「そうですか、優秀なようで安心しました」

「うぬ。お主に似て、とても優秀じゃよ。和も頑張っておる。憩は……、お転婆がすぎるがのぅ」


 カカッ、と笑いながら孫の話をする黄山に、冬至も目を細めた。


「出立は、明日ですか?」

「うぬ、早朝には出る。誰かに見られたりでもしたら、大変じゃからなぁ」

「そうですね、ここが見つかるわけにはいきませんから」


 冬至の言葉に、黄山は首を縦に振る。

 

 ここは絶対に見つかってはならぬ。

 この場所は、パンドラの箱なのじゃから――。

 

「留守の間、(あかり)を頼んだぞ」

「はい、わかっていますよお義父さん。今度こそ僕が、灯を絶対に護りますから」


 そう答える冬至の目に、生気はない。

 だが黄山にとって、それ以上に彼を信用できる証はなかった。


 


第4折からは、火・金更新となります。

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