60句 細小波 漣
「はあ……、また勉強かよ……」
漣はテーブルに項垂れる。
今日も8人は書斎に集まっていた。
「漣、今日はキミにも関係のある話をするよ」
「関係ある話?」
「うん。五神族について話そうと思うんだ」
旭の言葉に、漣は眉を寄せ、顔を歪ませた。
その話題に触れてほしくない、というのが表情から滲み出ている。
「夕梨、五神族は知っているかい?」
嫌そうな漣を横目に、旭は話を進める。
「えっと、五神を祀る五家のことですよね?
旭さんたち相楽家はその中央、黄麟を祀っている。他に、青龍・朱雀・白虎・玄武を祀る家がある。すみません、それくらいしかわからなくて……」
五家のトップに立つのが相楽家。
他の四家も、この国が大日本帝国と呼ばれるようになるずっと前から支えてきた名門たちで、政界や軍に権力を持っていると聞いたことがある。
「いや、十分だよ。相楽以外は分家も多いからね」
彼女の答えに、旭は穏やかな笑顔を浮かべた。
そんな中、その回答に納得できない顔をしている者がいた。
和だ。
「あら? 漣様もしかして、夕梨ちゃんにまだ……」
「おい! バカやめろよ!!」
彼女が何かを言いかけたところで、朔夜が咄嗟に口を手で塞ぐ。
和はその手を無理矢理外すと、不満そうに頬を膨らませた。
「もう! 何するのよ朔夜くん!」
「お前、空気読めよ!!」
ギャイギャイと、朔夜と和が言い合いを始めた。
騒がしい2人を、旭が止めに入る。
「はいはい、喧嘩しないでね。漣、みんなにも伝えるべきじゃないかな」
「いや、でもよ……」
「……2人以外は、気づいてると思う」
千歳はぼたんと夕梨を交互に見ると、隣に座る憩へと視線を移した。
……間違いなく、憩も気づいてる。
細小波さんが隠していることは、知らないかもしれないけど。
「はあ!? なんで知ってんだよ!! 旭、こいつらに言っちまったのか!?」
「そんなわけないだろう? 僕は何も話してはいないよ」
疑われた旭は、やれやれと肩をすくめる。
興奮のあまり立ち上がっている漣に、朔夜と千歳が声をかけた。
「香水つけてビフテキって騒いでんのに、気づかねぇと思ってんのか? ただの金持ちじゃねぇことぐらいわかってんだよ」
「……普通、車も持ってないし」
2人の言葉に、漣は静かに座り直した。
んだよ、気づいてたのかよこいつらは……。
「漣さん、私には言えないようなことなの?」
「いや、そういうわけじゃねえけどさ……」
揺れる瞳から、夕梨の不安が伝わってくる。
あんまし自分から言いたくねえんだよなあ……。
ここまで隠しておいて、急に言ったら自慢してるみてえだしよ……。
「夕梨さん、私の目って何色に見えますか?」
夕梨が漣の言葉を待っている中、憩が口を開いた。
「綺麗な金色に見えるよ」
「そうですよね! 相楽は黄麟を祀る家なので、黄色が髪や瞳に現れやすいんです!」
たしかに、憩ちゃんのように金色ではないけど、旭さんも和さんも瞳の色は淡い。
そういえば、漣さんの瞳は赤っぽいような……。
憩の言葉を聞いて、ぼたんが何かに気づいた。
「そういえば、五神族は固有の色を持っていましたよね。青龍は青、朱雀は赤、白虎は白、玄武は黒……」
「うん、その通りだよ。夕梨、漣の髪は何色に見えるかな」
旭にそう問われ、夕梨はじーっと漣の頭を見つめる。
柔らかそうな茶色い髪がゆるく巻かれ、ふわふわとセットされている。
「あの、夕梨……、そんな見られるとさ……」
「うーん、茶色……?」
「そうです! 漣様は茶色なんです!」
夕梨の答えに、憩は嬉しそうに身を乗り出す。
しかし、それとは裏腹に彼女の表情は曇っていた。
なんで、わからないんだろう……。
夕梨は俯くと、ギュッと手を握りしめる。
そういえばこの間、お姉さんの話をしてくれたけど関係あるのかな。
漣さんは長男だって言ってたし、本当は決められたお嫁さんがいるとか……?
そんな彼女を見ていた千歳が、ため息混じりに口を開いた。
「……ちゃんと伝えたら? たぶん、誤解してるよ」
「いや、でもさ……、その……、巻き込んだりしたらよ……」
「……それは夕梨さんが決めることでしょ」
そうだ、寒凪の言う通りだ。
ちゃんと伝えねえとダメだ。
――これで、夕梨が離れていっても。
漣は頭をかくと、隣に座る夕梨を見つめる。
そして彼女の手を取ると、ゆっくりと口を開いた。
「夕梨、あのさ……。俺、本当は細波 漣っていうんだ」
「細波……?」
「聞いたこと、あるだろ?」
「ある……」
細波――朱雀を祀ってる家だ。
ってことは、つまり漣さんは五神族……。
それなら、ご両親やお姉さんが厳しいわけだよね……。
「そう、なんだ……。すごいお家なんだね」
「悪い、隠してて……」
申し訳なさそうにする漣から、夕梨は視線を逸らした。
名家の長男だったら、やっぱりもう決められた相手がいるんだ……。
私なんかが、側にいられるような相手じゃない。
軍人さんならまだしも、五神族だなんて……。
「ううん、今までありがとう……!」
「はあ!? なんでそうなるんだよ!!」
「だって……、決められた相手がいるんじゃないの……?」
「そんな奴いねえよ!! 俺には夕梨だけだ!! 信じてくれ!!」
必死に伝える漣の言葉に、夕梨の瞳からは涙がこぼれ落ちた。
「本当……? 本当に私だけ……?」
「当たり前だろ? ごめんな、なかなか言い出せなくて……」
「ううん、教えてくれてありがとう。ごめんね、なんだか安心しちゃって」
へへっ、と笑う夕梨の頬に流れる涙を、漣は自らの袖口で拭う。
「夕梨が謝ることなんてないだろ? ごめんな、不安にさせて……」
「ううん、大丈夫だよ」
「俺さ、家を継ぐ気はねえんだ。旭がくれた、細小波って姓で生きてこうと思ってる」
「そっか。帰らないって、言ってたもんね」
すっかり笑顔に戻った彼女を見つめる。
なあなあじゃダメだ。
ちゃんと、夕梨の気持ちを聞かねえと。
間違いなく、巻き込んじまうんだから……。
「……なあ、夕梨。今後、面倒なことに巻き込んじまうと思う。それでも……、俺が五神族じゃなくても、細小波でも、一緒にいてくれるか?」
「当たり前でしょ? 今教えてもらうまで知らなかったんだから」
「あ! そういやそうだよな!!」
ガハハ、と大口を開けて笑っている。
漣さんは本当に優しいなぁ……。
私は、そんなことを聞かれるような身分じゃないんだよ?
本当なら、私の方が聞かなきゃいけない。
漣さんこそ、私なんかでいいの? って。
想いがあふれ、夕梨はギュッと漣に抱きついた。
「なっ……、どうした夕梨」
「私にも漣さんだけだよ。今も、これから先もずっとずっと……」
今まで受け取ったことのない想いに、漣は下唇を噛み締める。
本当は不安だった。
家のことを知ってる奴らは俺をそれでしか見ない。
それが嫌で俺は家を出た。
だけど、五神族でありながらそれを捨てた奴なんて、面倒に決まってんだ……。
それでも夕梨は、俺だけだって言ってくれた。
胸に顔を埋めている夕梨の頭を撫でると、顔を上げてニコッと微笑まれた。
あまりの愛おしさに、彼女の頬を両手で包み込む。
「漣さん? どうしたの?」
「夕梨……」
もうダメだ、夕梨がかわいすぎるのが悪い……。
包み込んだ夕梨の顔に、漣はグッと顔を近づける。
心臓の音が、これまでにないほど高鳴った。
「……ねぇ、僕たちもいるんだけど」
頬杖をつき、呆れたようにつぶやく千歳の声で、漣と夕梨はパッと離れる。
「お、お前ら!! 空気読んでくれてもよくね!?」
「読んだから、俺と寒凪しかいないんだろが」
チッ、と不満そうに朔夜は舌打ちをする。
たしかに、杣と寒凪だけだ。
旭たちは、どこ行ったんだ?
「……ドレスの仮縫いが終わったから、4人は客間に行ったよ」
「え!? 漣さん、私も見てくるね!」
「お、おい! 夕梨!!」
漣の呼びかけも虚しく、夕梨はさっさと部屋を出ていった。
せっかくいい雰囲気だったのに、俺よりドレスかよ!!
「あーあ、せっかくなら口づけしてから行ってほしかったぜ……」
「テメェのそんな事情、聞きたかねぇよ」
「自分に相手がいねえからって僻むなよな!!」
「僻んでねぇよ!! バカが!!」
漣と朔夜は、ギャイギャイと言い合い始めた。
その様子を見て、千歳は小さくため息をつく。
「……終わったなら、僕も憩のところに行くから」
――早く、ドレス姿のあの子に会いたい。
期待に胸を膨らませながら、千歳も客間へと向かった。




