56句 耀う霊犀
「……憩は、杣さんが好きなんじゃないの?」
漣の暴走により、しばらく書斎には沈黙が流れていたが、千歳がそれを破った。
「え……? 朔夜? 朔夜のことは大好きだよ?」
僕の問いに、憩はきょとんとしている。
……やっぱり、杣さんなんじゃないか。
一瞬、僕を選んでくれるんじゃないかって期待してしまった。
ダメだ……、今は憩の顔なんて見れない……。
「寒凪……。それはお前の聞き方が悪いんだよ……」
こいつにそんな聞き方したらそうなんだろうが。
ったく、世話の焼ける奴らだなぁ……。
この世の終わりの様な顔をしている千歳を見て、朔夜はガシガシと頭をかいた。
「なぁ、いこ。旭好きか?」
「どうしたの? 急に」
「いいから。旭好きか?」
「うん、大好きだよ!」
「大好き……。そっかぁ、嬉しいなぁ……。
お兄様も憩のこと、大好きだからね!!」
最愛の妹から贈られた愛に、皆の前であることも忘れ、自らも愛を贈り返す。
そんな旭の溺愛ぶりを見て、漣が呆れた顔で友の肩を叩いた。
「旭……。みんないるからな……」
「わ、わかっているよ!!」
2人の話が終わったのを見計らい、朔夜が再び口を開く。
「じゃあ、和は好きか?」
「うん! お姉様も大好き!」
「あら、嬉しいわぁ。
ありがとう憩ちゃん、私も大好きよ!」
愛を受け取り、和はぎゅっと妹を抱きしめた。
「じゃあ、こいつ」
「おいおい! なんで俺だけこいつなんだよ!!」
「漣様? 漣様も大好き!」
「ありがとな! 俺も大好きだぜ!」
朔夜からの雑な扱いに、漣は一瞬顔を曇らせたが、憩の言葉で再びいつも通りの調子に戻る。
「もう、漣さんには私がいるのに……。
相手が憩ちゃんじゃなかったら怒ってたよ?」
「何言ってんだよ! 夕梨が1番に決まってんだろ!?
憩はちっせえ頃から知ってるからな! 妹みたいなもんだ!」
ヤキモチ妬きやがって、かわいいなー!!
拗ねている夕梨の頭を、ガシガシと漣は撫でた。
公然といちゃつき始めた2人をよそに、朔夜は話を進める。
「じゃあ、雲居は?」
「ぼたんさんも大好きだよ!」
「ありがとう憩さん」
「浦風は?」
「夕梨さんも大好き!」
「わぁ! ありがとう憩ちゃん!」
皆が憩からの言葉に顔を綻ばせる中、未だ問われぬ千歳の顔だけがどんどん曇っていく。
「寒凪、わかっただろ?
いこにあの聞き方するとこうなんだよ」
「うん? どういうこと?」
「お前、みんな好きだもんな」
「うん! みんな大好きだよ!」
「じゃあ、寒凪も好きだろ?」
朔夜の言葉に、それまで賑やかだった書斎が静寂に包まれる。
皆が固唾を呑んで2人を見守る中、千歳の心はこれまでにないぐらいかき乱されていた。
「えっと……、千歳さん……?」
「うん。寒凪はどうなんだよ」
「ち、千歳さんは……、その……、かっこいい……」
……かっこいい。
嬉しいけど、好きとは言ってもらえない。
いや、みんなと同じ好きをもらっても虚しいだけだ。
それは、僕が欲しい言葉じゃない……。
「なんで寒凪には好きって言わないんだよ……」
絞り出した朔夜の声が、静かな書斎に響いた。
「俺や旭やあれには言えるのに、なんで寒凪には好きって言えないんだ?」
「あれってなんだよ!! 俺の扱いひどくね!?」
「まぁまぁ漣さん、落ち着いて!
主役は憩ちゃんと寒凪さんなんだから!」
「いこ、寒凪には言えないのか?」
何度も問われ、憩はグッと手を握りしめる。
どうして、朔夜は何回も聞くの?
もし言ったら、言っちゃったら……。
「……だって、怖いんだもん!!
千歳さんに好きって言ってもらえなかったらどうするの!?」
「俺だって、返事しなかっただろ?」
「朔夜はいいの!! でも千歳さんは嫌なの!!」
「なんで、寒凪は嫌なんだよ」
「千歳さんには私が好きなのと同じくらい、私のこと好きって想ってほしいから嫌なの!!」
「……えっ」
「あ……」
驚く千歳の声で、憩は我に返る。
周りがいることなど、すっかり頭から抜けていた。
「言っちゃったじゃん!! 朔夜のバカ!! 意地悪!!」
大声で喚き散らすと、恐怖と羞恥心を連れて、憩は再び出ていこうとした。
「……ま、待って! 憩!!」
そんな彼女の手首を、千歳は咄嗟に掴んで引き留める。
「……こっち向いてくれる?」
「どうして……?」
「……僕、憩に伝えたいことがあるんだ」
ゆっくりと振り向いた憩の顔は、真っ赤に染まっていて、目には涙も溜まっていた。
千歳は大きな深呼吸を1つすると、想い人の目を見つめ、口を開く。
「……僕、憩のことが好きだよ」
「好き……?」
「……うん、好き。
仲間としても、友達としても好き。
だけど、僕は憩のことが女の子として好きなんだ」
「どういうこと……?」
「……どういうことか? えっと……」
……なんて、伝えたらいいんだろう。
難しい。僕だって、誰かを好きになるのなんて初めてなのに。
どうすれば、この想いがこの子に伝わるだろうか……。
そういえば、さっき――。
「……憩と同じくらい、僕も憩のことが好き」
「同じくらい……?」
「……うん、同じくらい憩のことが好きだよ」
きっとこれが、今は1番伝わると思う。
憩はこの気持ちがなんなのか、まだわかっていないんだ。
それなら、僕の気持ちを伝えながら教えていけばいい。
「……あのね、千歳さん。
私、千歳さんのことすごく大好きなの」
「……うん、ありがとう。僕も憩のことすごく大好きだよ」
僕の言葉に、憩は嬉しそうに笑っている。
今まで見たことがないくらい、幸せそうな顔で。
自分の顔も、今までにないくらい緩んでいるのがわかる。
でももう、隠さなくていいや。
「なあ、夕梨。こいつらどういう関係なんだ?」
「とりあえず、両想いなんじゃないかな!」
「朔夜くん、グッジョーブ!」
「いや、これじゃ何にも変わってねぇだろ……」
「旭さん、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫だよ……。大丈夫大丈夫……」
盛り上がる4人を横目に、旭は痛む胸をそっとさすった。
「午後は勉強会を開くからね。全員参加するように。
午前中はこれで解散。みんなお疲れ様!」
旭の声がけで、各々自由に過ごし始める。
その様子を見届けると、目の前にある職務机に突っ伏した。
全く……。
妹のあんな姿を見せられるだなんて……。
でも、憩もいずれはお嫁に行ってしまうのか……。
もう、かわいい顔を毎日は見られなくなるのか……。
そんなの……、耐えられるはずがない……。
「旭さん、大丈夫ですか……?」
「あぁ……、ぼたん……。大丈夫だよ……」
「どう見ても大丈夫ではないのですが……。
やっぱり、お兄さんとしては複雑ですよね」
「ははっ……、複雑……。そうだね。
千歳を信用していないわけじゃないんだけれど。
もう、お嫁に行ってしまうのかなって思ってね……」
「落ち着いてください、まだお嫁には行きませんよ」
「まだ、だろう? いずれは行ってしまうんだ……」
お兄様! お兄様! って甘えてくれなくなるんだ……。
自慢のお兄様です! って言ってもらえなくなるんだ……。
もう、それは全部、千歳に向けられるようになるんだ……。
うわ言のように何かをつぶやき続ける旭を見て、ぼたんはため息を吐く。
「重症ですね……」
旭さんが憩さんを溺愛しているのはわかっていたけれど、想像以上に深刻かもしれない。
憩さんがお嫁に行く前に、旭さんがお嫁さんを取るのが先だろうに……。
「お兄様、どこか具合が悪いのですか?」
千歳と本を読んでいた憩が、旭の様子に気づいて駆け寄る。
「大丈夫だよ、ありがとう。
千歳と本を読んでいたんだろう? 続きを読んでおいで」
「はい! お兄様も一緒にどうですか?」
「僕も一緒でいいのかい!?」
「もちろんです! 最近、お兄様と本を読んでいなかったので嬉しいです」
なんていい子なんだろう……。
僕の妹、かわいい上に出来が良すぎる。
憩に手を引かれ、旭もソファへと腰を掛けた。
「ごめんね千歳。2人の邪魔をして」
「……いえ、憩も嬉しそうですし。
それに、旭さんとご一緒できて僕も嬉しいです」
目を細めて答える千歳に、旭の心が晴れ渡る。
なんていい子なんだ……!
これは、義弟の出来も良すぎるな。
そういえば、弟がほしかったんだ!
妹たちはかわいいけれど、弟もほしかった。
千歳なら、どこぞの男なんかより安心じゃないか。
それに、何もお嫁に行ったからって、家を出ていく必要はない。
今みたいに、みんなでこの屋敷で過ごせばいい。
うんうん、と旭は1人大きく首を縦に振った。
「なんだかんだ、旭が1番ダメージ受けてるよなー」
「まぁ、旭はいこのこと溺愛してるからな」
憩の隣で嬉しそうに本を読んでいる旭を眺めながら、漣と朔夜は話していた。
「それにしても驚いたぜ!
お前、そういう好きじゃなかったんだな!」
「どいつもこいつも勘違いしやがって……」
「でもよ、正直ちょっと揺れたことはあるだろ!?」
「まぁ……、あの顔だからな。
中身はガキの頃からなんも変わってねぇけど」
いこはガキの頃から整った顔をしてた。
それが16にもなれば、見た目だけなら一級品だ。
素直で愛嬌もあるし、かわいいとは思う。
ドキッとさせられることもあるけど、それだけだ。
それ以上は、どうしても考えられない。
「だよなー! 憩はかわいいし、いい子だからなー!!」
「つーか、んなこと言ってると、浦風に怒られんじゃねぇの?」
「大丈夫だろ!
女の子として好きなのは夕梨だからな!!」
「あー、そうですか。それはよかったな」
「羨ましいだろ!! お前も早く恋人作れよな!」
「早く作るもんでもねぇだろが」
「まあ、そうだけどよ。
俺はお前にも幸せになってほしいと思ってるんだぜ?」
「はいはい、ありがとな。余計なお世話だよ」
「本当にかわいくねえ後輩だよ、お前は」
本当に、そう思ってるんだぜ。
旭たちを眺める朔夜を眺めながら、漣は再び心でつぶやいた。




