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白銀が護りし緋の神子  作者: おやまみかげ
第3折 それぞれの想い

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54句 幽冥に泥む


「みんなおはよう。昨日はゆっくり休めたかな?」

 

 各々楽しい休日を過ごした翌朝、8人は書斎に集まっていた。

 旭の座る職務机には、憩がお土産で買ってきた熊のポストカードが飾られている。

 

「はい! 博物館、楽しかったです!」

「熊、美味しそうだったよね!」

「お前ら、本当に博物館行ってきたのかよ……」

「ねぇ、お兄様。どうして私まで呼ばれたのかしら」


 呆れる朔夜を横目に、(なごみ)が旭に問う。

 ぼたんは旭の右腕で、夕梨(ゆうり)(れん)の恋人だ。

 2人には書斎にいる理由があるが、彼女にはない。

 

「晩餐会に参加するだろう?

 それに向けて、特務部隊のことや一般教養なんかを、全員に高いレベルで身につけてもらおうと思ってね」

「え!? 全員ってことは俺もか!?」

「もちろん(れん)もだよ。

 僕たちは特務部隊の中でも四門、周りから見ればエリートなんだ。

 他の陸軍から、どんな目で見られるかわかるだろう?」

「……間違いなく侮蔑の目はありますね」


 旭の問いに、千歳が静かに答えた。

 四門である僕たちはかなりの若手だ。

 一般陸軍での階級でいえば、全員が少将以上、おまけに旭さんは相楽の人間でもある。

 そんな僕たちがいて、階級や秩序を重んじる奴らが面白いわけがない。

 

「うん。千歳の言う通りさ。

 だから僕たち四門は侮られないための知識を。

 そして和たちには、淑女としての振る舞いを身につけてもらう」

「淑女としての振る舞い、ですか」

「うん。あ、そうだ。

 晩餐会の後には舞踏会も開かれるそうだよ。

 ペアも考えないといけないんだけれど……」


 どう、組ませたらいいものだろうか。

 僕たち兄妹は、確実に離れた方がいいだろう。

 何かやましいことを隠していると勘繰られたら面倒だ。

 それに、今後のことを考えると僕はぼたんと組みたい。

 

「俺と夕梨は決定だな!!」


 高らかに宣言をすると、漣が夕梨の肩をグイッと寄せた。

 まぁ、ここがペアになるのは必然だろう。

 さして大きな問題でもないが、漣の行動に朔夜が立ち上がった。

 

「テメェ、人前でいちゃつくんじゃねぇよ!!」

「あー、悪い悪い! (そま)は恋人いねえからなー!」

「んだと……、表出ろや!!」

「はいはい、やめてね。品性が微塵もないよ」


 はぁ、と旭は静かにため息を吐く。

 目を離すとすぐにこれだ。

 たった今伝えたことでさえ守られない……。

 晩餐会、問題なく終えることができるだろうか……。

 現時点で既にズキズキと痛む頭を、旭はそっとさする。

 

「朔夜くんは、私と組みましょうね!」

「はぁ!? 勝手に決めんなよ!!」

「だってそうでしょう?

 千歳くん、未成年だから私と組んだら大変よ?」


 朔夜は心底嫌そうな顔をしているが、和の言うことも一理ある。

 吉原で芸花魁(アイドル)をしている和と、18歳で北門の地位にある千歳は組ませるべきではないだろう。

 根も葉もない噂話が、一晩で捏造されることが容易に想像できる。

 

「お兄様にはぼたんちゃんがいるし……。

 となると、千歳くんと憩ちゃんになるわねぇ……」


 うーん、と少しわざとらしく悩んでいる和さんと目が合い、ぱちんとウインクされた。

 ……和さん、ありがとうございます。

 千歳はすぐに、隣に座る憩に声をかける。

 

「……憩、僕と組んでくれる?」

「もちろん! 千歳さんと組めるの嬉しい!」

「……そっか、よかった。僕も嬉しいよ」

 

 にっこりと笑って返事をしてくれた。

 ……嬉しい。杣さんには悪いけど、和さんに感謝しかない。

 ドレスを着た憩は、間違いなく綺麗だろう。

 それを目の前で見られるなんて……。

 杣さんに対して、正直優越感さえある。

 そんな僕の想いとは裏腹に、彼は何か言いたげにこっちを見ていた。


「……なんですか」

寒凪(かんなぎ)……、いこの教育頑張れよ」

「……教育?

 そんなことしなくても、憩は賢いですよ」

「頭はな。まぁ……、踊ってみればわかる」

 

 杣さんに憐れみの目を向けられた。

 何が言いたいんだろう。

 本当は憩と踊りたかったから、そんなことを言うのか?

 

「うーん、そうだね……。

 まぁ、千歳なら上手くやってくれると思うよ」

 

 なぜか旭さんにも同じ目を向けられた。

 杣さんならわかるけど、旭さんも……?

 それでも、憩と組めるなら構わない。

 

「とりあえず、ペアも決まったね。

 みんなの実力も見たいし、1回踊ってみようか」


 旭のその一言で、ダンス練習が始まった。


 

 

「みんな、準備はいいかな?」


 旭はぼたんの手を取ると、辺りを見渡す。

 広い稽古場では、各々ペアと向かい合い言葉を交わしていた。

 

「楽しみましょうね、朔夜くん!」

「楽しかねぇよこんなこと……」

「あら、なんてこと言うのよ」

「頼むから少し離れてくれ……」

「嫌よ、踊るんだから」

 

 嬉しそうに朔夜の手を取る和に、嫌々付き合う朔夜。

 その隣では、漣と夕梨が2人の世界に浸っていた。


「夕梨、ダンス初めてか?」

「ううん! 踊ったことあるよ!」

「はあ!? 誰とだよ!!」

「友達! 男の人と踊るのは初めてだよ」

「んだよ……、よかったー!!」


 騒がしい面々が目立つ中、千歳と憩は手を取り合い、静かに見つめ合っていた。

 

「……憩、大丈夫?」

「う、うん……。なんか、顔近いね……!」


 頬を桃色に染めながらえへへ、と笑っている。

 これまで散々距離を詰めてきておいて、今更そんな……。

 それに、憩には杣さんがいるじゃないか。

 それでも、そんなことをそんな顔で言われたら……。


「……それ言うのはずるい」

「なんか、怒ってる……?」

「……怒ってない」

「本当……?」

「……本当」


 小さな手を取っているだけでもおかしくなりそうなのに、この距離感耐えられるだろうか……。

 憩を直視できず、目を逸らした。


「旭さん、私あまり上手くないので……」


 旭が周りを見渡していると、ぼたんに声をかけられた。

 触れる手は少し震えていて、緊張しているのが直に伝わってくる。

 そんな姿が、昨日から愛らしくてたまらない。

 これが、庇護欲というものなんだろう。

 和や憩には感じたことのない、不思議な感情だ。

 

「そんなこと気にせず、楽しんでくれたらいいんだよ」

「でも、ご迷惑をかけるかもしれなくて……」

「いいんだよ。そんなの、かけてくれた方が嬉しいくらいだ」

「そ、そんな……!!」

「大丈夫、僕のことだけ考えて」


 旭はぼたんに微笑みかけると、矢桐に目配せをする。

 それを合図に、蓄音機からクラシックが流れると、4組はそれぞれ踊り始めた。

 

「ぼたん、上手いじゃないか!」

「旭さんのリードがお上手なので……」

「そのまま楽しんでくれると嬉しいよ」

「は、はい……!」

 

 旭とぼたんペアは、大人の色気を纏い優雅に踊っている。

 

「おい、和! 合わせろよ!」

「朔夜くんが合わせてくれたらいいでしょう!」

「ったく……、リードは男がするんだろうが!」

「私たちは逆でもいいじゃない!」

 

 朔夜と和ペアはギャイギャイといつもの如く騒いでいるが、力強くも艶やかだ。

 

「夕梨! どうだ!? 楽しいか!?」

「うん! 漣さんはダンスも上手なんだね!」

「まあな! ほら、もっと激しくいこうぜ!」

「じゃあ、リードよろしくね!」

 

 漣と夕梨ペアは、互いの熱を感じながら、激しく情熱的に舞う。

 

「憩様、それでは千歳様の足がなくなってしまいます」

「わ、わかっています! あっ、ごめんね千歳さん!!」


 一方千歳と憩ペアは、踊っているとはお世辞にも言えない状態だった。

 もう何度目かわからないくらい、憩は千歳の足を踏んでいる。

 

「……大丈夫だよ。ごめんね、リード下手で」

「ち、違うの! あの、私ダンス苦手で……」

「……ステップ、覚えられない?」

「覚えてるはずなんだけど、いつも相手と合わないの……」


 こうして、僕に当たり前のように接してくれているけど、憩は相楽のご令嬢だ。

 ダンスだって、小さい頃から教養として身についているはず。

 おそらく、僕に合わせてくれようとしてリズムが狂っているんだろう。

 

「……そっか、じゃあ何も考えないで踊ってみたら?」

「何も考えないで……?」

「……うん。

 僕が憩に合わせるから、憩の踊りたいように踊ってみてくれる?」

「わ、わかった……」

 

 別に、憩が僕に合わせる必要はない。

 当日もこうして、さりげなく僕が合わせれば何も問題はないはず。

 

 ――そう、思ってた。

 

「……憩、ごめんねちょっとストップ」

「う、うん……」

「……ごめん。今度は僕が憩の足を踏んじゃいそう」

「そう、だよね……。

 お兄様にも朔夜にも、同じこと言われたことがあって……」

 

 2人が話していると、曲が終了した。

 

「ごめんね、千歳。先に言っておくべきだったね」

「いこのステップ、独特なんだよなぁ……」

 

 この2人の憐れみの目は、本当に憐れみだったのか……。

 そんな杣さんの言葉に、憩は顔を真っ赤にしていた。

 

「わ、私も一生懸命やってるの!!」

「いこが一生懸命なのはわかるけどよ、足置こうとする度に先に足置かれたら、俺らはどこに足おろせばいいんだ? ってなんだよ」

「そ、そんなこと言われても……」

 

 杣さんの言う通りだ。

 なぜか毎回、先回りして足を置かれる。

 憩が僕の足を踏んでしまう理由も同じだろう。

 

「……練習しようか、憩」

「うん、ごめんね千歳さん……」

 

 このペアだけ、ダンスの特訓が始まった。


 


「憩、久しぶりに僕と踊ってみようか」

「お兄様とですか?」

「うん。癖がわかるかもしれないからね」


 旭は憩の手を取りエスコートする。

 その様子を見て、矢桐が再び曲を流した。

  

「憩、足は意識せず心で踊るんだよ」

「心、ですか?」

「そう。ステップは後から付いてくるものだからね」

「心……」

 

 旭さんのリードに合わせて、憩は優雅に踊っている。

 ……僕のときと全然違う。

 やっぱり、僕があの子の足を引っ張ってるんだ。

 

「……僕のリードが下手だから」


 思わず、心の声が漏れる。

 そんな千歳の様子を見て、和が声をかけた。

 

「あら、それなら私と練習しましょうか」

「……和さんとですか?」

「えぇ。嫌かしら?」

「……嫌では、ないですけど」


 千歳は再び、踊っている旭と憩の方を見る。

 ……僕が上手くリードできるようになれば、旭さんと踊っているときみたいに、あの子を踊らせてあげられる。

 僕が、ちゃんとリードできれば……。

 

「試しにやってみろよ。うるせぇけど、こいつ上手いからな」

「何よ、うるさいだなんて失礼ね!」

「ほら、うるせぇじゃねぇか」


 感情を全身で表す和さんを、飄々と(かわ)す杣さん。

 芸花魁(アイドル)にここまで言えるのは、彼ぐらいだろう。

 あの旭さんでさえ、正直手を焼いているように見える。

 

「夕梨! 俺らも踊ろうぜ!」

「うん! ぼたんちゃんも一緒に踊る?」

「ううん。私は旭さんたちが踊ってるのを見てる」

「そっか!」

 

 漣と夕梨も2人を見ていて踊りたくなったのだろう。

 練習の必要もないのに、再び踊り始めた。

 

「さて、どうしましょうか」


 朔夜との痴話喧嘩に勝利した和が、再び千歳に声をかける。

 ……これは、頼まない手はない。

 僕が上手くリードできれば、憩が踊れるんだから。

 

「……お願いします」


 真っ直ぐ和の目を見て、千歳は静かにそう答えた。

 


 

「ご覧、千歳たちも練習しているようだよ」

「お姉様と踊っていますね……」

「うん。和はリードが上手いからね」

「そう、ですね……」


 千歳と和は微笑み合いながら練習をしていた。

 そんな2人の姿を見た憩の顔が曇る。

 

 千歳さん、笑ってる。すごく楽しそう……。

 お姉様の手、あんなにしっかり握って……。

 そ、そうだよね! 踊ってるんだもん……。

 でも、あんなに顔近くなくてもいいんじゃないかな……?

 そもそもどうして、お姉様と踊ってるの……?


 

 千歳さんと踊るのは、私なのに――。


 

「憩? どうかしたかい?」

  

 急にピタリと止まってしまった憩に旭が声をかけるが、もう自分のダンスどころではない。

 

「私は、お兄様とは踊りません!!」

「なっ、急にどうしたんだい!?」

 

 パッと旭の手を離すと、千歳と和の元へと駆け寄った。

 憩はキッと和を睨みつける。

 

「お姉様のペアは朔夜ですよね!

 千歳さんとは踊らないでください!!」


 ドンッと和を両手で押しやった。


 

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