49句 粲粲と陰々
「ねぇ、朔夜くん!
この三色団子ってどうして3色なの?」
「知らねぇよ……。
つーか、早く食うもん決めろよな」
昨日の約束通り、和に連れられ朔夜は甘味処へと来ていた。
今朝のイライラは未だ収まらないが、和のマイペースによって、幾分か落ち着きを取り戻しつつあった。
「そんなに怒らなくたっていいでしょう?
みつ豆にしようかしら? でもぜんざいもいいわね……」
「どっちも頼めばいいだろ?」
「2つは食べられないから悩んでいるの!」
朔夜の提案に、和は頬を膨らませる。
甘味は和の大好物だが、少食故に量が食べられない。
だからこそ、どちらにするかで悩んでいたのだ。
「残ったら食ってやっから、さっさと決めろ」
「あら、本当? 嬉しいわぁ!
じゃあ、みつ豆とぜんざいと、三色団子にする!」
「はいはい、じゃあ頼むからな」
三色団子も食うのかよ……。
子供のようにはしゃぐ和を横目に、朔夜が注文を済ませる。
正面を向くと、ニコニコと嬉しそうに笑う和と目があった。
「嬉しそうだな」
「だって、朔夜くんとデートよ!
嬉しいに決まっているじゃない!」
「デートって、俺は別にそんなつもりじゃ……」
「わかってるわ。
いいのよ、私が嬉しいんだからそれで」
なんでこいつはこんなに嬉しそうなんだ?
絶対なんか企んでるだろ……。
こういう何考えてるかわかんねぇとこが苦手なんだよな……。
「ねぇ、朔夜くん。
千歳くんと憩ちゃんのこと、どう思っているの?」
「あぁ? なんだよいきなり」
「だって、明らかに千歳くんといる時間の方が長いでしょう?
朔夜くん、嫌じゃないのかなーって思ったのよ」
「別に……」
和の問いに、朔夜は腕を組みながら答える。
今は外に出たばっかだから、寒凪にくっついてるだけだろ。
そのうち、また俺の隣に戻ってくるに決まってる。
俺の方が長く一緒にいた。
俺の方があいつのこと知ってんだ。
「本気でそう思っているわけじゃないわよね?」
「どういう意味だよ」
「憩ちゃんが千歳くんを選んでいること、気づいているでしょう?」
和の顔からは笑顔が消え、真っ直ぐに朔夜を見ている。
まるで朔夜の考えを、全て見透かすかのように――。
「今は寒凪がいいだけだろ?
そのうち、戻ってくるからいいんだよ」
「戻ってこないわよ」
「はぁ? なんで言い切れるんだよ」
「だって憩ちゃんは、千歳くんに恋をしているんだもの」
恋……?
予想もしていなかったその言葉が、朔夜の胸の奥にある何かをぐしゃりと握りつぶした。
「ぼたんも出かけてきていいんだよ?」
「いえ、旭さんのお手伝いをさせてください」
「ありがとう、助かるよ」
一方、こちらの2人は書斎で仕事に追われていた。
白銀としての任務がないこの休日で、本部の仕事をある程度は片付けておきたい。
山積みになっている資料に、旭は手を伸ばす。
「それにしても、すごい量ですね……。
この仕事、今まで1人でこなしていたんですか?」
「まぁ、そうだね。
漣や朔夜にお願いすると、余計な仕事が増えるんだ。
千歳や憩は優秀だけれど、実務隊士としても優秀でね。
そんな子たちを、現場から外すのは勿体無いだろう?」
「なるほど……。旭さんも大変ですね」
「まぁ、仕方ないんだよ。
総司令の孫で、東門で、白銀のリーダーでもあるからね」
労ってくれているぼたんに、旭は笑顔で答える。
上に立つのは、全く苦にならない。
むしろ、戦闘で役に立たない自分がやるべきだと思う。
漣と朔夜の実務レベルは高いけれど、知識が足りない。
そこに僕が入れば、知識なんていくらでも補填できる。
代わりがいないのは、千歳の憩の方だ。
千歳が冷静に状況を判断し、憩が自由に会話を広げる。
あの2人にしかできない情報収集の仕方だ。
「私……、旭さんの右腕ですからね。
無理せず、私にできる仕事は回してください」
「ありがとう、ぼたん。
優秀な書記が来てくれて本当に助かるよ」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
謙遜しているが、ぼたんは本当に仕事ができる。
1日かかっても終わらなそうだった仕事が、夕方には終わりそうだと目処が立っている。
ぼたんを連れてきてくれた憩にも、感謝しなければいけないな……。
「ぼたん、仕事が終わったら食事に行かないかい?
せっかくの休日に、仕事に付き合ってもらったお礼もしたい」
「そんな……、私はそんなつもりでは……」
「うん、わかっているよ。
だからこそ誘っているんだ。どうだい?」
「ぜひ、ご一緒させてください」
「堅苦しいな、ぼたんは。
徐々に慣れていってくれると嬉しいよ」
そうだ、まだぼたんに服を贈っていなかった。
食事だけではなく、ついでに洋服店にも寄ろう。
遠慮せず、好きな物を選んでくれるといいけれど……。
業務後の予定に少し心を躍らせながら、旭は仕事を進めるのだった。
「見て見て、千歳さん!
この埴輪、すごくかわいいよ!」
「……本当だ。ちょっと憩に似てる」
千歳と憩は仲良く手を繋ぎながら、考古展示を眺めていた。
手を繋いでいる分、いつもより一層距離が近い。
「え? 本当!? 嬉しい!」
「……えっ、嬉しいの?」
「うん! だってこの埴輪、すごくかわいいから!」
「……ははっ、普通なら怒るところだよ」
「え? そうなの?」
……楽しい。すごく楽しい。
前に博物館に来たのは、本部への報告を終えた後だった。
北領には、こんな立派な博物館はない。
だから、また本部へ来ることがあったら絶対に来たかった。
1人で見る展示は味気ないものだったけど、こうして好きな子と一緒だと、全てが色付いて見える。
「ねぇ、千歳さん! これ見て!」
「……うん? どれ?」
「これ!」
ゴツン!!
音を立てて2人の頭がぶつかった。
「……ごめん、大丈夫?」
「大丈夫! 千歳さんも平気?」
「……僕は全然大丈夫。一応見せて」
繋いでいた手を放し、憩の額を確認する。
僕の不注意で、怪我なんてさせていたら大変だ。
……よかった、触ってもこぶになっていない。
「あの、千歳さん……」
「……大丈夫、こぶになってないよ」
「えっと、そうじゃなくて……」
「……どこか痛かった?」
「ううん、違くて……」
どうしたんだろう。疲れた、とか?
それともやっぱり体調がよくない、とか……。
それなら今すぐ休ませないと。
昨日あれほど力を使って、元気なわけがないんだ。
「……遠慮しなくていいんだよ。ちょっと休もう」
「疲れてないよ、大丈夫……」
僕の言葉に憩が眉を下げ、少し困ったように笑った。
……今、何か言葉を飲み込んだ。
僕が上手く汲み取ってあげられなかったからだ。
「……ごめん。
憩の言いたいこと、わかってあげられなくて」
「ち、違うの!! 千歳さんは悪くなくて……」
「……それなら、教えてくれる?」
「あ、その……、頭確認してくれたでしょ?
それが、撫でてもらったみたいで嬉しかったなって……」
そう、静かにつぶやいた憩の目は、ものすごく泳いでいて。
恥ずかしいのに、勇気を出して伝えてくれたことが明らかだった。
「……そっか。教えてくれてありがとう」
ポンポンと、憩の頭を撫でると頬が淡く染まる。
……本当に勘違いしそうになる。
僕のこと、好いてくれてるんじゃないかって。
これくらいのこと、杣さんだって当たり前にやってるのに。
「……じゃあ、続きを見ようか」
「うん! 次はあっちが見たい!」
額を確認するのに放していた手を、自然と憩に取られる。
小さな手にキュッと握られると、同じように僕の心臓もキュッとなる。
……ずっと、この時間が続けばいいのに。
小さなその手を包むように握り返しながら、千歳はそう思っていた。
「ちょっと漣さん! 声が大きいよ!」
「あ、すんません」
迷惑そうに顔を歪める客に、漣はペコペコと軽く頭を下げる。
つい、大声を出しちまった……。
いやだってよ、夕梨が俺のこと好き!?
なんでだ!? 俺、好かれるようなことなんかしたか……?
「冗談だと思ってる? まだ数回しか会ってないのにって」
「え、いやまぁ正直……。
だって俺、夕梨に選んでもらえるようなことしてねえし……」
俺は正直、一目惚れだ。
しっかりして見えるのに、ドジなところもかわいいし、一生懸命話すところも、感情をそのまま表現するところも、すげえ苦労してんのに明るいところも、全部かわいい。
「漣さんだけだったんだよ?
私が失敗しても、つまらない話をしても、楽しそうにずっとニコニコしてくれたの」
「いや、だって夕梨が一生懸命話してるのかわいかったから……」
お茶をこぼされようが、そんなのは拭けば済むことだ。
つまらない話だろうが、夕梨が楽しそうならそれでよかった。
そんなことよりも、俺の目を見て一生懸命に話す姿がかわいかった。
「ありがとう。
でもそんな風に言ってくれるのは漣さんだけだよ。
お金払ってるんだからちゃんとやれって、それが普通なの。
お金もらってるから、それが当たり前なの。
でも漣さんだけは、ゆりじゃなくて夕梨を見てくれた。
それが理由じゃダメ?」
「いや、ダメとかじゃなくて……。
だって、俺だぜ? 軽く見られるのはわかってっからさ……」
夕梨の気持ちは嬉しい。
だけど俺、自分でわかってんだ。
この立場が、南門が相応しくないことぐらい。
だって俺の通り名、南門の噛ませ犬、だぜ?
これでも四門の一角だっていうのによ。
ふざけてるだろ……。
でもそれが、周りから見た俺の評価だ。
「漣さんは軽い人じゃない。そう見せてるだけでしょう?
その方がみんながいいだろうって、無意識にしているだけ。
本当に軽い人は、私なんかを心配してくれないんだよ?
漣さんは誰よりも優しくて、誰よりも人を見てるよ!」
そんなこと、初めて言われた。
旭や杣、寒凪、憩に和。
あいつらはわかってくれてる。
誰も口に出したりしねえけど、あいつらは俺を俺だって認めてくれてる。
だから俺も俺でいられる。
でも、こんな俺でいいって、そんなこと言ってくれる女の子がいるってのか……?
「漣さん、私は漣さんだからいいの。漣さんがいいの。
漣さんは? 漣さんは、私じゃダメですか……?」
先程までの勢いはなく、不安そうに俺の顔を見上げる夕梨。
本当に、俺でいいんだろうか……。
もしかしたら、面倒事に巻き込むことになるかもしれねえ……。
でも、思ってることを伝えるのが1番だって、寒凪に言ったのは俺自身だ。
「ダメなわけねえだろ……。
ありがとな、夕梨。俺も夕梨のこと大好きだぜ!」
「よかった! これからもよろしくね!」
「俺、嬉しくてどうにかなっちまいそうだぜ……」
「大袈裟だなぁ!」
「大袈裟なんかじゃねえよ、ありがとな夕梨」
大袈裟なんて言いつつも、夕梨の目には涙が浮かんでいた。
勇気を出して、伝えてくれたんだな。
かっけえよ夕梨は……。
夕梨の輝く笑顔を見つめながら、漣は幸せをグッと噛み締めるのだった。




