43句 花影
「あ、眷属が立ち去りました」
「よし、2人から話を聞こう」
橋の上を見張っていた旭と朔夜は、取引を終えた常連客と接触しようとしていた。
「でも、おかしいですよね」
「そうだね。あの2人のことは、完全に襲う気がなかった」
親である吸血鬼の意志に背けないのはそうだ。
ただ、眷属とはいえ吸血鬼は吸血鬼。
人間を前にして、本能が負けるだなんて……。
「とりあえず、話を聞いてみよう」
「そうですね」
2人が近づくと、常連客たちはお金を握りしめていた。
「寒凪の情報は、上手く売れたようだな」
「あぁ……。あっさりと売れたよ」
「でも、大丈夫なのか? 女の子を使って」
「千歳なら大丈夫だよ。
昼間、店主の腕を捻りあげていた子だからね」
「え!? あの写真の子が男!?」
「嘘だろ……? 女の子にしか見えなかったよな!?」
「そうじゃなきゃ、拐かしてもらえねぇからな」
「それで? あの使いとはどんな話をしたんだい?」
会話の内容から、何か探れるかもしれない。
相当用心深い相手だとは思うが、取引相手になら気を許している可能性はある。
「いや、話なんてしないんだよ」
「はぁ? どういうことだ?」
「俺らがどんだけ話しかけても、使いの方たちは絶対に返事をしたりしない」
「じゃあ、どうやって最初に接触したんだよ」
「カフェーから出たところで、使いの方からメモを渡されて……」
「メモ? 中身は」
「お前、まだ持ってるか?」
「あぁ、持ってるよ」
常連客はポケットから小さな紙を取り出すと、それを旭へと手渡した。
【店主から女子の情報を買え。
その情報を、私が上乗せして買ってやる】
とても綺麗な字で、そう紙には書かれていた。
「随分上からな奴だな」
「これに従ったんだね?」
「俺たち、金に困っててさ……」
「情報を手渡して金を受け取る。
俺たちはそれ以上のこと、何も知らないんだ……」
この2人が嘘を言っているようには見えない。
相手を知らず、ただお金のために取引していたのだろう。
だからといって許される行為ではないが、今はひとまず吸血鬼だ。
「わかった。他に気になることはあるかい?」
「……気になること」
「そういえば……。金、同じだったよな?」
「あぁ、そういえばそうだな。今回も同じだ」
「お金が同じ? それはどういうことだい?」
「ほら、普通なら売る情報の量によって、取引の金額が変わったりするだろ?
でも、前回も今回もずっと同じ金額なんだよ」
「それは、5人分の情報を売ろうが、ゆりや寒凪みたいに1人分だけ売ろうが、受け取る金額は変わらないってことか?」
「そうなんだよ!
だから今回もこんなにもらってさ……」
「今まで数人の情報をまとめて売ってたから、ゆりって子のとき、おかしいなとは思ったんだけど」
「これなら1人分だけ売った方が、俺らは得だからさ」
1人分でも、5人分でも取引額は変わらない……。
勘定さえさせないほどに、縛っているのか?
それとも、そこまでさせる必要がないと考えているのか……。
「どういうことですかね……」
「情報と引き換えにお金を渡せ。
そんな簡単な指示だけを出しているのかもしれない」
「でも、その理屈で言えば、同額で大量の情報を買った方が効率的じゃないですか?
例えば、毎回5人の情報を持ってくるよう、先に指定しておくとか」
「それだと、彼らが5人分用意できなかった場合、1人も情報を得られないことになるだろう?
5人に満たない、それはつまり取引不成立になる。
どうやら主は、奴らからほとんどの意志を奪っているようだからね。
2人がこれまで襲われなかったのがその証拠さ。
それに、金額に見合わない取引が続くのなら、この2人を消せばいい。
奴らにとってはそれだけの話さ」
旭の淡々とした言葉に、常連客たちの顔が強張る。
「もう、わかっただろう?
これに懲りたら、まともな職に就くんだ」
2人はコクコクと、無言で首を縦に振った。
「……どこまで行くんだろう」
旭と朔夜が常連客と話している頃、千歳は手足を拘束され担がれていた。
「……憩、大丈夫かな」
こいつらが眷属である以上、力は発動しているはずだ。
憩のことだから、きっと無理をしている。
そして本人には、無理をしている自覚がない。
「……僕が、隣にいたかったな」
細小波さんを信用してないわけじゃない。
適当だしうるさい人だけど、感情の機微には敏感な人だ。
きっと、憩が無理していることにも気づいてくれるはず。
「……憩」
この仕事が片付いたら、旭さんに休みをもらおう。
そして、憩と博物館に行く。
また出かけるって約束したんだ。
そのためにも、この仕事は絶対今日で終わらせる。
「……隣君如春陽(隣の君は春陽の如し)」
自らを奮い立たせるかのように、千歳は小さくつぶやいた。
「ここ、通りますかね?」
「うん。きっと通るよ」
一方、朔夜と旭は眷属の後を追うため、再び身を隠していた。
橋にはガス灯の明かりもなく、辺りは漆黒に包まれている。
「うん? あれですかね?」
「おそらく、そうだろうね」
カフェーの方から近づいてくる男たち。
そいつらは確かに、千歳を担いでいた。
「寒凪ですね」
「うん。距離に気をつけて、後をつけよう」
眷属に気づかれないよう、距離を保って後を追う。
見た目だけは寄せられても、やはり吸血鬼だ。
歩くスピードは人間のそれとは違う。
「いこたちも、つけてるんでしょうか?」
「そのはずだけれど、姿が見えないね」
何か、あったのだろうか?
神子の力が発動したのは間違いないだろう。
吸血鬼だと確定していない状況では討伐できない。
だから、おそらく眷属だ、という前提で憩を向こうに配置した。
でももし、憩の身に何か起きていたら……。
いや、向こうには漣もいる。大丈夫だ。
よくない想像ばかりが巡る頭を、旭はぶんぶんと横に振った。
「……まだ歩くのか」
カフェーから移動して、もう30分くらいは経つ。
整備されていた帝都からは外れ、辺りには鬱蒼と茂った木々しか見えない。
少し視界が開けると、木々の間から大きな屋敷が見えた。
門のところまで来ると、眷属の足がピタリと止まる。
「……この屋敷って、そういうことか」
眷属たちは千歳を担いだまま門を潜り、屋敷へと姿を消した。
「旭、見てください」
朔夜の声に、旭はハッと我に返る。
しまった、すっかり違うことを考えていた。
しっかりしないと。僕がみんなを護らなければ。
「ごめん、どうしたんだい?」
「寒凪が、あの屋敷に入っていきました」
木々に囲まれた大きな屋敷だ。
この屋敷の所有者を、僕は知っている……。
「なるほど……。カフェーの土地代が上がるわけだ」
「どういうことですか?」
「店主が言っていただろう?
急に土地代が上がって、仕方なく情報を売っていたって」
「言ってましたね。
でも、それが関係あるんですか?」
「大いにね。
この屋敷の所有者が、あのカフェーの地主なんだ」
「てことは、全部仕組まれていた………」
「そういうことさ。
店主も、あの常連客も、奴らの手のひらの上でいいように踊らされていたんだよ」
「憩、大丈夫か!?」
「大丈夫です……。
ご迷惑をおかけしてすみません……」
漣は憩を抱きかかえながら、千歳の後を追っていた。
「そんなのはいいんだよ、気にすんな!」
寒凪たちが見えるギリギリの距離になっちまったけど、これ以上スピードを上げたら、憩に負担がかかっちまう……。
「漣様、私は大丈夫です……。
千歳さんを、見失わないで……」
「大丈夫だよ、今追ってるからな。
そんな辛そうな顔、寒凪に見せたくないだろ?
寝れそうなら少し寝とけ。な?」
ものすごい汗だ。前髪が額に張りついちまってる。
頭、すげえ痛いんだろうな。身体もだるいって言ってた。
そんな状態で寝れるわけねえよな……。
「すみません、足手まといで……」
「そんなこと言うな!!
足手まといなんて思ったことねえ!!
次そんなこと言ったら、このまま屋敷に戻るからな!!」
憩に負担をかけてるのは俺たちの方だ!!
やっと外に出られて、自由になれたはずなのに……。
その実は吸血鬼を探知するための歌姫にされただけ。
そんな子が、どうしても寒凪の側にいたいと願ってる。
普段、聞き分けがよくて、ほとんどわがままを言わない子が。
なら、俺にできるのはそれを叶えてやることぐらいだ!!
「すみません……」
「謝んなくていいんだよ。
俺が絶対、寒凪のところに連れていってやるから」
「ありがとうございます……」
弱々しく微笑むその子を抱えたまま、漣は真っ暗な夜道を駆け続けた。
物語に出てくる漢句は、作者の創作です。




