12句 宵の明星
「今日はどこに行くの?」
「昨日と同じ地域だ。張る場所は違ぇけどな」
帝都が黄昏に染まる頃、2人は目的地に向かいながら話していた。
「ふーん。眷属を倒したのに、同じ地域を偵察するの?」
「あぁ、奴らは縄張り意識が強いからな。自分の狩場が他の奴に荒らされる前に、次の手駒を配置しようとするはずだ。そこを狙うんだよ」
「そっか。じゃあ、吸血鬼が現れるかもしれない、ってことだね……」
憩は静かにつぶやくと、両手を胸の前でギュッと握りしめた。
「大丈夫だ、いこには近づかせねぇから」
「ありがとう。でも私も白銀の一員だから、頑張るね!」
前向きな言葉を口にしつつも、どこか不安げな憩の頭を朔夜は優しく撫でる。
怖くないはずがねぇんだ。
今は、自分の力のこともわかってるしよ……。
「もし、力が発動して声が出せなくなったら、俺のこと叩いたっていい。だから、ちゃんと知らせろ。いいな?」
「うん、わかった。また、迷惑かけたらごめんね」
「迷惑なんかじゃねぇよ、だから頼れ」
「……ありがとう、朔夜。いつも助けてくれて」
申し訳なさそうに憩が微笑む。
その姿がなんだか消えてしまいそうに感じて、朔夜の足が止まる。
「どうしたの? どこか痛い?」
急に立ち止まってしまった朔夜を、憩は心配そうに見上げる。
暮れゆく光の加減なのか、辛そうな顔をしているように見えた。
「……朔夜? 大丈夫?」
何も話さなくなってしまった彼の腕に触れようと、手を伸ばす。
その瞬間、伸ばした腕は引き寄せられ、そのまま朔夜に抱きしめられた。
「あいつら遅えなー、どんだけかかってんだよ!!」
漣は腕を組むと、つま先で小刻みに地面を叩く。
旭・漣・千歳の3人は、偵察場所の近くにある喫茶店で、2人が来るのを待っていた。
「……細小波さんが先に行こうって言ったくせに」
「だってよー、あんないちゃいちゃしてんの見てられるか!?」
「……僕は別に。杣さんいじるの面白いし」
「旭はしんどいだろ!? かわいい妹が、杣といちゃいちゃしてたらよー」
「そうでもないよ。朔夜は憩のことをよく考えてくれるからね」
旭は微笑むと、コーヒーを口にする。
漣が憩に触れているときは、非常に腹立たしいけれどね。
「そうかよ、俺だけかよ!! 見てるのしんどいの!!」
「……杣さんが羨ましいだけでしょ。自分はそういう相手いないから」
頬杖をつきながら、千歳は静かに毒を吐く。
「おい!! 勝手にいないって決めつけんな!!」
「……じゃあいるの? 1日中僕たちといるのに」
「こら、千歳。あんまりデリケートな話には触れないんだよ」
「……すみません。つまり、いないんですね」
「悪かったな!! そういうお前らはいんのかよ!!」
漣は悔しそうに顔を歪めながら、バンバンとテーブルを叩く。
「……いらない。邪魔だから」
「僕は憩や和が、幸せでいてくれたらそれでいいかな」
「あー、はいはい!! そうですか!! 聞く相手を間違えたわ!!」
「……そんなんだから相手いないんだよ」
「千歳、そんなに言ったらかわいそうだろう?」
「おい旭、フォローになってねえよ……」
自ら蒔いた種に集中砲火され、漣はテーブルに突っ伏した。
「……さ、朔夜? どうしたの?」
急に朔夜に抱きしめられた憩の頭は、ショート寸前だった。
硬い隊服から感じる朔夜の鼓動につられて、憩の鼓動も速くなる。
「……あのさ、いこ。俺――」
……まずい!!
朔夜は足音が近づいてきていることに気づき、憩から離れた。
「わ、悪い……。その、急にこんなことして……」
朔夜は憩の顔が見れず、そっぽを向く。
……やべぇ、やっちまった。
「ううん、私が不安になってたからだよね。ありがとう」
「いや、あの、そうじゃなくてよ……」
――俺が絶対に護る。
そう伝えたいのに、自分を真っ直ぐに見つめる憩に、朔夜は言葉が詰まる。
思わずギュッと、拳を握りしめた。
「あれ? 杣さんじゃないっすかー!! 何してんすか?」
急に声をかけられ振り向くと、そこにいたのは特務部隊の後輩たちだった。
朔夜は咄嗟に憩を背に隠す。
こいつらに見られたら、面倒だからな……。
「んだよ、お前らかよ足音の正体は」
「なんすかその言い方ー!! 俺たち偵察終えて戻るとこなんすよー」
「そうかよ、さっさと帰れ」
朔夜はまるで虫でも払うかのように、後輩たちを手であしらった。
「ひどいなー。てか、誰か隠しましたよね? 誰すか?」
「関係ねぇだろ、さっさと帰れよ」
「あ! 女の子だ!!」
「まじかよ!? 俺にも見せてくれよ!!」
「嘘だろ!? 隊服着てるぞ!!」
「かわいい、ちっちゃいなー!!」
「ねぇねぇ、顔見せてよ!!」
朔夜が1人を相手にしている間に、他の隊士たちが後ろに回ったのだった。
急に男たちに囲まれ、憩は朔夜の隊服をギュッと握る。
「ねぇ、名前はなんて言うの?」
「おい、勝手に話しかけんじゃねぇよ!!」
朔夜は後輩たちを睨みつけるが、全く効き目はない。
「いいじゃないっすかー! 挨拶させてくださいよ!」
「隊服着てるってことは、特務部隊っすよね?」
「女の子なのにすごいっすね!!」
「ジロジロ見んな!!」
「女の子が入るなんて、最高じゃないっすか!!」
「ねぇ、どんな人が好みなの?」
……最悪だ。
これだから、女に飢えてるこいつらに見せたくなかったんだ。
さっさと立ち去ろうとしたとき、憩が朔夜の隊服の袖を引っ張った。
「わかってる、嫌だよな。すぐ行こう」
「待って、ちゃんと挨拶する。朔夜の知り合いなんでしょ?」
憩の言葉を聞いて、隊士たちが目を丸くする。
「朔夜? 杣さん名前で呼ばれてるんすか!?」
「すげー!! この子、杣さんのこと呼び捨てだぞ!!」
「まじかよ!? 死神って言われるような人にか!?」
「杣さん呼び捨てにできる人なんて、総司令か旭さんぐらいなのにな!!」
「うるせぇな。こいつは総司令の孫で、旭の妹なんだよ」
さっさと立ち去りてぇけど、いこが挨拶するって言ってるしな……。
「ごきげんよう、皆様。憩と申します。お祖父様やお兄様がお世話になっております」
憩は朔夜の背から顔を出して挨拶すると、深々と頭を下げた。
「憩ちゃんて言うんだ! よろしくね!!」
「憩ちゃん!! 俺とも仲良くしてね!!」
「すごい!! 金色の瞳だ!!」
「和さんも綺麗だけど、憩ちゃんはまた違ったよさがあるな!」
「かわいいね!! いくつなの?」
「よろしくしねぇよ、もういいだろ!! さっさと帰りやがれ!! 2度とこいつに話しかけんな!!」
後輩たちに捨て台詞を吐くと、朔夜は憩の手を取りその場を立ち去った。
手を引いたまま、無言でズンズンと先に進んでいく。
「さ、朔夜!! ちょっと待って!!」
憩の呼びかけに、我に返る。
無理をさせていたようで、少女は小走りになっていた。
「悪い、気が利かなくて……」
「ううん、大丈夫! 急がないと、みんな待ってるもんね!」
「いや、そういう訳じゃねぇけど……」
「うん? どういうこと?」
「いや、なんでもねぇよ……。そうだな、細小波あたりがキレてそうだ」
2人は漣の姿を想像して、顔を見合わせて笑った。
「……あ、やっと来た」
「ったく、俺たちが待ってるってのに、おてて繋いで何やってたんだー?」
漣がニヤニヤしながら指摘すると、2人はパッと手を放した。
「あの、これには理由がありまして……」
「絡まれたんだよ、日中偵察の特務部隊に」
朔夜は顔をしかめると、道中の出来事を説明した。
「朔夜が付いていてくれてよかったよ。厳重に注意しておくね」
「つーか、そいつら憩に会ったことねーのか? 相楽の爺さんの孫だって知らねーのかよ」
「日中偵察の奴らとは会わねぇよ。この時間、いこはもう部屋にいたからな」
「そうだね。夜間偵察班のごく一部の人間くらいかな、憩と会ったことがあるのは」
朔夜と旭の言葉に、憩はこくこくと首を縦に振る。
「……僕も憩とはじめましてだったし。会ったことない人はたくさんいるでしょうね」
「いいんだよ、会わなくて。どいつもこいつも近ぇんだよ」
朔夜は先ほどの光景を思い出し、イライラを吐き出す。
……好みとか聞いてんじゃねぇよ。
「でも、せっかく同じ部隊にいるから、ちゃんとみんなに挨拶したいな……」
「お前いい子だなー!! でもな、正直俺らでも会ったことねえ奴いるから!! 気にすんな!!」
漣は憩の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「テメェ、いこに触ってんじゃねぇよ!!」
「ベタベタ触ってるお前が言う!?」
「……本当、何触ってんの? 憩に変な菌つけないでよ」
「汚くねえわ!! 毎日風呂入ってるっつの!!」
ギャイギャイと騒がしい3人を、相楽兄妹は笑顔で見ている。
――その裏で、闇に沈む者たちが今日も身を削っていた。




