13句 最適か最善か
今回偵察するのは、人々で賑わう通りを少し抜けた場所にあるカフェーだ。
やけに湿っぽく陰鬱な空気が漂っており、先ほどから何人も男が入っていくが、出てくる者はいない。
「カフェーとは、上手く隠してるもんだなあ」
漣は呆れたように言いつつも、中が気になるのか首を伸ばしている。
「……細小波さんみたいな人が来るんでしょ」
「はあ!? こんなところに来るほど困ってねえよ!!」
千歳の茶化しに漣が声を荒げる。
つまりはそういうお店だ。
店名を上手く誤魔化して、裏で淫売している店は少なくない。
人目に付かない所であれこれできるのは、吸血鬼たちにとって最高の場所だ。
「漣、落ち着いてね。
ここからは潜入班と偵察班、二手に分かれる。
朔夜には悪いけれど、キミには潜入班に入ってもらう。もう1人は……」
旭の言葉に憩が手を挙げる。
「お兄様、私が行きたいです!!」
「バカ!! お前、入れるわけねぇだろ!!」
慌てて朔夜が止めに入った。
「どうして? カフェーって書いてあるよ?」
「いや書いてあっけど、入れねぇの!!」
店の実態を理解していない憩に説明するのは至難の業だ。
吉原という愛憎渦巻く世界の不浄を祓ってきた相楽家だが、旭と和に護られ、憩にはそういった知識が全くない。
「朔夜の言う通りだよ。
憩と千歳には偵察班に入ってもらう」
「まあ、そうだよなー。
憩は当たり前に入れられねえし、寒凪にもまだ早え」
「……了解。入りたくもないし」
「んなこと言って、本当は気になるんだろ!?」
「……細小波さんと一緒にしないでくれる?」
千歳は冷め切った目を漣に向けた。
「まぁまぁ、じゃあ漣が行くかい?」
「細小波が行くなら俺は偵察にまわります」
「はあ!? 俺とだっていいじゃねえかよ!!」
「全く、みんな言いたい放題なんだから……」
旭はため息を吐きつつも、みんなの意見をまとめる。
「じゃあ、朔夜と僕で潜入、漣と千歳、憩が偵察でいいかい?」
「旭が言うなら、俺はそれで文句ねえよ」
「……細小波さん残念。本当は行きたかったのにね」
「ほおー、言うじゃねえかよ寒凪!!」
漣はにっこり笑うと、千歳を裸絞にした。
「……本当にバカじゃないの、離してよ!」
「ごめんなさいしたら離してやるよ!!」
盛り上がる2人を尻目に、憩はあからさまにしょんぼりしていた。
「憩、朔夜といたいのはわかるけれど、これは仕事だよ」
「……わかっています」
「わかっているなら、そういう顔はしないでね」
「……申し訳ございません」
酷なことを言っているのはわかっている。
だけど、厳しくせねば憩の身が危ないんだ。
偵察班に漣と千歳がいたとしても、安全とは言い切れない。
自分の身は、自分で護るんだよ。
「いこ、絶対に細小波と寒凪から離れんなよ?」
「うん、朔夜も頑張ってね」
「あぁ。お前も気抜くなよ、本当に危ねぇからな」
「よし、じゃあ行動を開始するよ」
旭のその一言で、戯れていた漣と千歳の顔つきが変わる。
「朔夜、僕たちはあそこの呉服店で着替えてから行こう」
「了解。おい、テメェら。いこのことちゃんと見とけよ」
「はいはい、任せとけって」
「……この人が無駄に触らないよう、見張っておきます」
「朔夜、気をつけてね」
「いこもな。すぐ戻ってくるから」
寂しげな憩の頭を撫でると、朔夜と旭は潜入のため呉服店へと入っていった。
一方、偵察班の3人は、カフェーから少し離れた場所にある喫茶店へと移動していた。
相変わらず憩は暗い表情のままで、頼んだコーヒーにも手をつけていない。
「そんな心配しなくたって、杣なら大丈夫だよ!! 旭もいるし!」
「……バカなの?
憩は心配してるんじゃなくて、杣さんと行きたかったんだよ」
漣の見当違いな意見を千歳がばっさりと切る。
「お前さー、本当に俺の扱いひどくね?」
「……先輩として扱われたいなら、それなりの行動したら」
「この生意気な口め!! 塞いでやろうか!?」
「……憩もいるのにそういうのやめてくれる? 心底うざい」
「ふふっ、漣様と千歳様は本当に仲良しですね」
2人のやり取りに、それまで口を噤んでいた憩が笑顔を見せた。
「……やっと笑った。細小波さんが役に立った」
「おい、言い方があるだろ!!」
「……細小波さんがアホでよかった」
「お前!! 余計ひどくなってんだよ!!」
2人のくだらない言い合いに、憩はお腹を抱えてけらけらと笑っている。
「……やっぱり憩は笑ってる方がいいよ。
元気出たなら何か食べる?」
「なんだよ気が利くじゃん寒凪!! 俺は何にしようかなー」
漣はにんまりと笑みを浮かべると、メニュー表に手を伸ばす。
「……細小波さんの分は出さないよ、自分で払ってね」
「おいおい、そんな話があるかよ……」
千歳の言葉に、がっくりと漣は肩を落とした。
「ここは私が支払いますので、お好きなものを召し上がってください」
「マジで!? いいのか憩!!」
「……女の子に集るとかありえないんだけど」
「大丈夫ですよ! 私、総司令の孫ですから!!」
憩がムン! と胸を張る。
「……いや、そういう意味じゃなくて」
「いいじゃねえかよ、憩がいいって言ってんだぞ?」
「……そういうところが先輩らしくないんだってば」
千歳は頬杖をつくと、ため息を吐きながら夜空を見上げた。
「悪いね、朔夜。本当は憩といたかっただろう?」
「いや、任務なんで……。でも失敗しました」
潜入用に衣服を揃えた2人は、身なりを整えていた。
「失敗? 何かあったかい?」
「旭をいこの元に置いておくべきでした。
俺と細小波で潜入するのが最適解でしたよね?」
「まぁ、理論上はね。でも、それが最善策とは限らない。
朔夜の希望もあって、向こうには頭脳派の千歳と行動派の漣がいる。
つまりとてもバランスがいいわけだ。
向こうに僕がいても役には立たないよ」
旭は微笑むと、朔夜の肩を叩く。
本当なら、朔夜を憩の元に置いておきたかった。
だけど、白銀で1番女性受けの良い顔は朔夜だ。
次点で千歳だが、まさか朔夜の代わりに未成年の彼を引っ張ってくるわけにもいかない。
致し方ない。苦渋の決断だ。
「それに、おかげで朔夜と組めるんだ。僕は役得だね」
「そんな……、持ち上げないでくださいよ」
「事実を述べているだけさ。
まさかあのときの少年がここまでになるとはね」
「……爺さんに旭、細小波にも感謝しています」
「本当に、朔夜は素直じゃないね。
漣に直接言ってあげたら喜ぶよ」
「……考えておきます」
質のいいスーツに袖を通した2人は、カフェーへと向かうのだった。
「……そんなに食べるの?
さっき豆大福3つも食べてたよね」
憩の目の前には、オムライス、ビーフシチュー、プリンが並んでいた。
「さっきのはおやつです!
千歳様はクリームソーダだけでよろしいのですか?」
「……うん、ありがとう憩。いただきます」
「寒凪の好物がクリームソーダって、かわいいとこあんじゃねえか!!」
「……うるっさい。黙れ変態むっつりスケベ」
ニヤニヤしている漣の方を見れずに、千歳が目を伏せる。
「みんなの好きな物があってよかったですね!」
「そうだな! ありがとな、憩!」
漣はわしゃわしゃと憩の頭を撫でた。
「……はい、憩に触りました。死刑」
「おいおい、極刑すぎんだろ!!」
「……触るのが悪いんでしょ」
「千歳様、私はなんとも思わないので大丈夫ですよ?」
「……だって、よかったね」
「よくねえよ!!
ったく、憩も杣にしか興味ねえからなー」
漣が不貞腐れたようにつぶやく。
男として見てほしいなんて、そんなことは思っちゃいねえ。
ガキの頃から知ってるしよ。
ただ、もう少し意識してくれたってよくねえか!?
なんとも思わねえって、雑すぎるだろ!!
「……本人もう聞いてないけどね」
「色気より食気を体現してるよなあ」
目の前で美味しそうにオムライスを頬張る憩を見ていると、なんだか頬が緩む。
思わずじっと、憩を見つめてしまった。
「漣様も召し上がりますか?」
「いや、大丈夫だよ! ありがとな!」
「……気持ち悪い。何ニヤニヤしてんの」
「ニヤニヤなんてしてねえよ!!」
「……いやしてたでしょ。図星のくせに」
「お前、そんなこと言うならこれ飲んじまうぞ!!」
漣は千歳のクリームソーダを自分の方へと寄せる。
カラン、と氷の音がして、ソーダが少しこぼれた。
「……は? ふざけるのもいい加減にしてくれる?
それは憩が僕に買ってくれた物なんだけど?
それをどうして細小波さんに取られなきゃいけないの?
正気? 頭大丈夫?
自分の物と他人の物の区別もつかないの?」
「ごめんて、そんな怒んなよ……」
そんな2人のやり取りには目もくれず、憩はデザートのプリンへと手を伸ばした。




