11句 宿命を運命に
旭・漣・千歳の3人が秘密の共有をしている頃、憩と朔夜は甘味処へと来ていた。
「みつ豆とぜんざいだけでいいのか?」
「うん! お土産に豆大福を買って帰るから大丈夫!」
「豆ばっかだな、いいけどよ」
朔夜は、嬉しそうに甘味を頬張る憩を眺めていた。
ズイッと、目の前にみつ豆の乗ったスプーンが差し出される。
「はい! 美味しいから朔夜もどうぞ!」
「……ありがとな、でも自分で食うよ」
朔夜は憩からスプーンを受け取ろうと手を伸ばす。
「どうして? このまま食べていいよ、はい!」
その手は無視され、さらにズイッとスプーンを差し出された。
「……ありがとな、いこ」
気恥ずかしさはあったが、正直悪い気はしない。
朔夜は少し身を乗り出すと、差し出されたスプーンに口をつけた。
「ね、美味しいでしょ?」
「あぁ、そうだな……」
そう答えたが、正直味なんてわからない。
ただ、今まで食べたみつ豆の中で1番甘いことだけはたしかだ。
「ぜんざいも食べる?」
「いや、いいよ。餅好きだろ? その気持ちだけもらっとく」
「わかった、食べたくなったら言ってね!」
にっこりと微笑む憩に、朔夜の顔も綻ぶのだった。
「こんなに買って、1人で全部食うのか?」
憩が大量に買った豆大福の包みを、朔夜は抱えていた。
「ううん。白銀のみんなとお祖父様、お姉様と食べる!」
「そうか、いこは優しいな」
朔夜は隣を歩く憩の頭を撫でる。
甘味処を出た2人は、屋敷へ向かって歩いていた。
「みんな喜んでくれるかな?」
「いこが選んだんだ。旭と和は絶対喜ぶから安心しろ」
「お兄様とお姉様はいいの! 何を渡しても大喜びだから」
憩は頬を膨らませる。
この間は、折り鶴で大喜びだったんだから……。
「それだけ大切にされてんだよ、いいことじゃねぇか」
「そうだけど、たまには欲しい物とか言ってくれてもいいのに……」
「じゃあ、今度聞いておいてやるよ。それでいいだろ?」
「うん! ありがとう!」
朔夜の言葉に、憩はにっこりと笑う。
いこが元気でいるのが、あいつらは1番だろう。
「明日からも頑張ろうな」
朔夜の言葉には、憩の宿命を共に背負う覚悟が秘められていた。
「ただいま戻りました!」
2人が屋敷へ戻ると、ちょうど和が仕事へと出るタイミングだった。
「あら、憩ちゃんと朔夜くんじゃない! おかえりなさい」
朔夜は軽く会釈する。
やっぱり、こいつは苦手だ……。
「お姉様、もう出られるのですか?」
「えぇ。今日はご指名をたくさんいただいているから、少し早いけれど出なきゃいけないの」
眉を下げ、寂しそうな顔をする憩の頬を、和は愛おしそうに優しく撫でた。
「そうですか……。一緒に食べようかと、豆大福を買ってきたのですが……」
「あら、そうなの!? なら憩ちゃん、ここで食べさせてくれる?」
「はしたないですよ……」
そう言いつつも、憩は豆大福を和の口へと運んでやる。
和は嬉しそうにそれを1口頬張ると、残りを大切そうに受け取った。
「ありがとう、憩ちゃん! とっても美味しいわぁ」
「今度は一緒に食べましょうね、約束ですよ!」
「もちろんよ。じゃあ、お仕事に行ってくるわね。朔夜くん、憩ちゃんのことお願いね」
「あぁ、和も気をつけて」
「いってらっしゃいませ」
和は2人に手を振ると、仕事へと出ていった。
「お姉様とも、一緒に食べたかったなぁ」
「また買ってこような」
「うん! 次はお姉様がお休みの日に買いに行きたい!」
「いいぞ、いつでも一緒に行ってやる」
憩はその言葉ににっこりと笑う。
また1つ増えた約束とともに、2人は書斎へと向かった。
書斎に入ると、既に白銀の面々が揃っていた。
どうやら黄山は不在のようだ。
「おかえり、2人とも。朔夜、その大荷物はなんだい?」
旭は朔夜の抱えている包みに目をやる。
「これ、いこからです」
「豆大福を買ってきました! みんなで食べませんか?」
「ありがとう、憩。すごく嬉しいよ」
「では、私はお茶を淹れてきますね!」
憩はにっこり笑うと、足早に書斎を出ていった。
「朔夜、悪いね。いつもありがとう」
「いえ、別に。一緒にいただけなんで」
朔夜は、買ってきた豆大福の包みをテーブルに置く。
……こいつ、珍しく静かだな。
普段なら騒がしいはずの漣が、大人しくソファに腰を掛けていた。
「何かありました?」
「実はね、憩の血について2人にも話したんだ」
「そうですか。じゃあ知らないのは、いこだけですね」
バンッ!!
漣がテーブルを強く叩きながら立ち上がる。
「おい、杣!! お前はなんでそんな普通にしてられんだよ!!」
「……憩の血のこと、知ってたんですよね?」
千歳も疑心に満ちた目を朔夜へと向けた。
「あぁ、知ってたよ。だからなんだ、いこはいこだろ」
「お前は憩が心配じゃねえのかよ!! こんなこと知ってたら、俺だって白銀に入るのを反対した!!」
漣は朔夜の胸ぐらを掴むと、感情をぶつけるように怒鳴り散らす。
それを見て、すぐさま旭が止めに入った。
「漣、それを朔夜に言っても仕方がないだろう?」
「……仕方がない? 杣さんは憩が白銀に入るのを、反対しなかったじゃないですか」
千歳が、旭に食ってかかる。
真っ向から意見が対立していた。
「じゃあテメェらは、いこに一生閉じこもってろって言うのかよ!!」
俺が……入隊を望んでたとでも思ってんのか!?
朔夜は漣の胸ぐらをグッと掴み返した。
「んなこと言ってねえだろ!! 前線に出す必要はねえだろって言ってんだよ!!」
「あいつが望んでんのに、止めろってのか!?」
「ああ、そうだよ!! お前なら止められただろ!?」
互いに殴りかかる一歩手前で、なんとか踏み止まっている。
「……憩が大事なくせに。旭さんも杣さんも、隊に入れるなんて間違ってる」
「2人言いたいことはわかるけれど、それじゃあ憩の気持ちはどうなるんだい?」
「……旭さんは反対なんですよね? なのに今は、当たり前に任務に連れていこうとしている」
「仕方ないだろう!? 側にいた方が安全じゃないか!!」
4人――特に今さっき事実を知った漣と千歳の感情は、収拾がつかなかった。
カチャ
小さな音がして扉が開くと、憩が静かに立っていた。
「どうしたの……? なんで喧嘩してるの……?」
4人の様子を見て、悲しそうな顔をする。
隊服は乱れ、ソファは移動し、書斎は荒れていた。
「……いこ、喧嘩じゃねぇよ。戯れてただけだ」
「ああ、そうだぞ!! 杣が変なこと言うからよ!!」
2人は互いから手を放す。
漣は笑顔を作ると、朔夜の背をバンバンと叩いた。
「さて、憩がお茶を淹れてきてくれたことだし、休憩にしよう」
それまでの感情を押し殺すと、旭も笑顔を作った。
5人はいつも通りの配置でソファに腰を掛ける。
憩が皆にお茶を配り、旭が豆大福の包みを広げた。
「さぁ、食べようか。憩、ありがとう」
「いえ、私も食べたかったので……」
えへへ、と憩は恥ずかしそうに笑う。
旭と朔夜は大福に手を伸ばすが、漣と千歳は心ここに在らずだ。
「漣様と千歳様は、豆大福がお嫌いでしたか?」
不安そうに憩に問われ、2人ははっと我に返る。
「い、いや美味しいよな、豆大福!! ありがとな憩」
「……僕も好きだよ、ありがとう」
「それならよかったです!!」
2人が食べ始めたのを見て、憩はにっこりと笑う。
「な? みんな喜ぶって言ったろ?」
「うん! ありがとう朔夜」
「食べ終わったら、夜の偵察に行くからね。憩、疲れるとは思うけれど、力を使ってもらうよ」
皆が落ち着きを取り戻したのを見て、旭が声をかけた。
本当はこんな力なんて、使ってほしくはない。
でも、吸血鬼を倒すことで、この国は護られ、この子自身も護られることになる。
それなら僕は、非道にならなければならない……。
「はい! 頑張ります!!」
豆大福を頬張りながら、憩は元気よく返事をする。
そんな少女の姿を見て、漣と千歳は思わず顔を見合わせた。
自分たちよりも幼い少女が、自らの宿命を知らないとはいえ、自分の意思で戦場に向かい、その力で運命を変えようとしている。
自分たちも目を逸らさず、覚悟を決めなければいけない――仲間として。
「んじゃ、今日もかわいい歌姫ちゃんに、頑張ってもらうとするかねー」
「……最低。細小波さんが死ぬほど頑張ってよ」
「おいおい、そんな言い方はないだろー!? もっと先輩を敬えよ!!」
漣は軽口を叩くと、隣にいる千歳の肩を抱く。
敬う気なんて更々ない千歳が、大きなため息をついた。
「……心底うざい。杣さん席替わってください」
「はぁ? 替わるわけねぇだろ」
「千歳、僕が替わろうか?」
「……いえ、旭さんにこれの相手をさせるのは申し訳ないので」
「おい、これってなんだよ!! ひでえ後輩だなあ」
「つーか旭には申し訳ないって思うのに、俺に替わらせようとすんなよ!」
そんな4人のやりとりを見て、憩が肩を揺らし、くすくすと笑っている。
「何笑ってんだよ、いこ」
「だって、みんな仲良しなんだなーって」
「そうだね、白銀は本当にいいチームだと思うよ」
憩の心からの笑顔に、旭も心からの笑顔で応える。
本当に、このメンバーでよかった。
「……細小波さんがうざくなければもっといいのに」
「だからさ、俺先輩なんだけど!?」
「……そういうのがすごくうざい。黙ってほしい」
「俺も同意、いちいちうるせぇ」
「マジでお前らひでえよな。まあ、俺は心が広いから許してやるけどよー」
「はいはい、食べ終わったらなら出発するよ」
旭が個性豊かな皆をまとめる。
いよいよ任務かと、漣と千歳が立ち上がった。
「あ! 朔夜、髪結ってくれる?」
「当たり前だろ、行く前に結ってやるって約束したからな」
朔夜は憩の髪へと手を伸ばす。
「あーあ、見てらんねえ!! 先行こうぜ、旭、寒凪」
「……同意。早く追いついてね2人とも」
「じゃあ朔夜、先に行っているよ。憩をよろしくね」
「もちろん、任せてください」
朔夜に憩を任せると、3人は任務へと向かう。
抗うべき宿命を、紡ぎ出す運命に変え、5人は歩き始めた――。




