25句 花冷え
「……友達」
「はい! お友達になりましょう!」
「……仲間なんだから、それでいいんじゃない?」
千歳の言葉に、憩は胸元でギュッと手を握り締める。
「千歳さんとは、お友達になりたいのに……」
そんな悲しい顔をしないでほしい。
これ以上、僕の知らない感情を教えないでほしい。
じわりじわりと、心の奥底の何かが溶けていく。
「……わかった。
でも、友達だからって何も変わらないよ?」
「はい! ありがとうございます!」
ぱぁっと憩の顔が明るくなる。
なんて素直な子なんだろう。
言葉で1つで一喜一憂する。
裏表がなくて、喜怒哀楽がはっきりしてて、一緒にいて楽しい子。
「……変なの」
「どうされました?」
「……ううん、なんでもない。ほら、甘味処に着いたよ」
「あ、本当だ! 今日は何食べようかなー!」
ご機嫌の憩を連れて、千歳は甘味処の暖簾をくぐった。
「なあ、寒凪と行かせてよかったのか?」
「何か問題があるかい?」
「だってよー、杣の気持ち考えたらさ……」
「それは憩に関係のないことだろう?」
憩と千歳の2人が外出した後も、大人組の3人は書斎に残っていた。
特にこうして集まっている理由もないのだが、なんとなく解散し難くなっている。
「いや、まぁそうだけどよ……。
旭も、もう少し杣の気持ち考えてやってもいいんじゃねえか?」
「憩を泣かせたのにかい?」
旭の言葉に、ビクッと朔夜の肩が揺れる。
「大丈夫だよ、別に怒っているわけじゃない。
ただ、泣かせたのは事実だろう?
憩にしてみれば、なぜ怒鳴られたのかわからないんだ」
「あー、それはたしかにそうだなー」
漣は状況を思い返す。
憩は玄関までは来なかったとはいえ、杣のことを書斎で出迎えていたし、寒凪の隣に座ったのも、話の途中だったからだろう。
ネクタイの件も、杣が勝手に拒否していただけで……。
「杣、お前やばい奴だぞ!」
「わかってるよ、そんなこと……」
「わかってんなら、謝ればいいだろー?」
漣の言葉に朔夜は口籠る。
「……なんて謝ればいいんだよ」
「はあ!? ごめんねでいいだろうが!!」
「……何に謝んだよ」
「全部だろ!! 全部!!
俺が勝手にヤキモチ妬きましたってな!!」
「別に、ヤキモチなんて妬いてねぇよ……」
朔夜のこの言葉に、旭も漣もこれ以上言うのをやめた。
「千歳さんは、甘味なら何がお好きですか?」
「……ぜんざいかな」
「ぜんざい! 私もぜんざいにしようかなー」
憩はメニュー表を見ながら、楽しそうにしている。
この顔をいつも杣さんは見ているのか。
ふと、そんな風に思った。
「……憩はいつも何食べてるの?」
「私は、ぜんざいとみつ豆と豆大福とおはぎとかです!」
「……ははっ、豆ばっかり」
「あ、千歳さんが笑った!!」
まずい。
咄嗟にいつもの顔に戻そうとしたが、どんな顔をしていたのか思い出せない。
思わず目が泳ぐ。
「……ごめん。馬鹿にしたわけじゃなくて」
「え? そんなのわかっていますよ?
それより、千歳さんが笑ってくれたのが嬉しいです!」
「……嫌な気持ちにならなかった?」
「はい、全然!
私、千歳さんの笑った顔好きです!」
ニコニコと屈託なく笑うその子への気持ちが、わからないままどんどん膨らんでいく。
「……そんなこと言うの、憩ぐらいだよ」
「みんな、見たことがないからじゃないですか?」
「……そうかもしれないね」
「また1つ、千歳さんのことが知れました!」
「……憩は友達だから」
「そうですね! お友達ですから!」
そう、友達。友達だから。
千歳は何度も、心の中で繰り返した。
「ありゃ、ダメだな」
「今頃気づいたのかい?」
旭と漣は、旭の私室へと移動していた。
朔夜の前では話しづらいこともあるからだ。
「憩に、好きだって言えば済む話なのによー」
「でも、これでよかったと僕は思っているよ。
朔夜は自然と、憩は自分から離れないと思っていたからね」
「まぁずっと一緒にいたら、そう思うんじゃね?」
漣はコーヒーを啜る。
4年離れてたとはいえ、一緒に住んでいた相手だ。
情もあるし、憩の想いだって誰が見ても明らかだ。
「それは憩が朔夜しか知らなかったからだろう?
あの子の世界には、僕たち家族と朔夜、漣しかいなかった。
そこに千歳が入ったらどうだい?
同年代で趣味も合う相手だ」
「それはよ、つまり寒凪を好きになっても仕方ないってことか?」
「そうだね、憩も年頃だから」
「でもよ、それじゃ杣が報われないだろ?」
漣は少し声を荒げる。
別に寒凪が悪いわけじゃないが、2人のことはそれなりに見てきた。
「今まで憩は朔夜に気持ちを伝えてきた。
それを理由はあれど、流してきたのは朔夜本人だ」
「そうかもしれねえけどよ……」
「そこに千歳が来て、勝手に焦っている。
自分以外が選ばれるかもしれない現実に、やっと気づいたんだ」
「旭は、2人のこと応援してたんじゃねえのかよ」
「憩が選んだ相手だから応援するんだよ?
それが千歳になるなら、僕は千歳を応援する。
正直、今更焦るなんて自業自得だとさえ思っているよ」
旭の淡々とした口調に、漣は返す言葉が見つからなかった。
朔夜は1人、書斎の天井を見上げていた。
「……泣かせちまった」
1番大切で、護りたい相手を自分が傷付けた。
「……大っ嫌い、か」
今までも、言い合いになったり喧嘩したことはあった。
それでも、嫌いと言われたことは1度もなかったのに。
今日もいつも通り出迎えてくれると思った。
自分の隣を自然に選んでくれると思った。
朔夜朔夜って話しかけてもらえると思った。
何1つ当たり前なんかじゃないのに、自分が絶対に選ばれる側だと思っていた。
「……自業自得だな」
いこに何度大好きだと言われても、その度にはいはいと流してきた。
いこはずっと俺を好きでいてくれる。
いこだけはわかって側にいてくれる。
そう、勝手に思っていた。
そんなの、自惚れでしかないのに。
「戻ってきたら、謝らねぇと……」
朔夜はギュッと掌を握り締めた。
「あー! 美味しかった!」
「……よかったね」
「うん! あのね、今日のみつ豆の果物がね!」
うんうん、と千歳は聞いていたが、急に憩が静かになる。
「……どうしたの?」
「あの、ごめんなさい……」
「……何が?」
「敬語じゃなかったので……」
「……別にいいよ。その方が話しやすいなら」
そんなことよりも、急に静かになったことに驚いた。
憩は神子の力が発動すると、しばらく話せなくなるからだ。
「でも……」
「……僕たち、友達なんでしょ?
それなら、敬語いらないんじゃない?」
友達。その言葉に憩の顔が明るくなる。
本当にわかりやすい、素直な子だ。
「……それで、みつ豆の果物がどうしたの?」
「えっと、いつもはみかんと杏だけなんだけどね、今日はいちごと枇杷も入ってたの!」
「……へぇ、季節で変わるのかな」
「うーん、わかんないけど美味しかった!」
「……そっか。次は何が入ってるか楽しみだね」
「うん! また千歳さんと食べに行きたいなー」
この子と一緒にいたい。
この気持ちがなんなのかはわからずとも、それは事実だ。
「……僕も。僕も、また憩と2人で出かけたい」
「よかった! 次は本屋さんに行きたい!」
「……そうだね。次はそうしようか」
「えへへ、楽しみだなー」
嬉しそうに空を見上げるその子を見ていると、千歳の心も晴れ渡るのだった。
「ただいま戻りましたー!」
「……戻りました」
2人が屋敷に戻ると、ちょうど旭と漣が階段を下りているところだった。
「おかえり、2人とも。憩、落ち着いたかい?」
「はい。お恥ずかしいところをお見せしました……」
「俺らは気にしてねえよ!」
「千歳、ありがとう。助かったよ」
「……いえ、僕も楽しかったので」
その言葉に、旭と漣は目を見合わせる。
「あの、朔夜は書斎にいますか?」
「うん。潜入の最終確認もあるし、1度集まろうか」
旭のその言葉で、4人で書斎へと向かう。
朔夜はソファに腰掛けていたが、憩を見つけ立ち上がった。
「いこ、おかえり……」
「ただいま」
「その、さっきは悪かった……」
「ううん、大丈夫。私こそごめんなさい」
お互いに謝ってはいるが、空気は変わらない。
「お兄様、会議を始めましょう?」
「そうだね。じゃあ、会議を始めよう」
憩はスッと朔夜の隣に腰掛ける。
そこにいつもの笑顔はなかった。




