9句 四門の二つ名
「どこに行こうかなー!」
白銀として、隊服に身を包んだ憩はご機嫌だった。
「どうせ食い物だろ、お前は」
「……そういう言い方するくせに、顔はニヤついてますよ」
「はぁ!? どこがだよ!!」
朔夜と千歳は憩を挟むように歩いていた。
漆黒の隊服を着た少女が、同じ隊服の青年に両脇を固められている。
周りの視線は3人に集まっていた。
「あ! おだんご屋さん!!」
「おい!! 危ねぇから走んな!!」
朔夜の静止も虚しく、数メートル先へ憩は走っていく。
「わぁー、美味しそう!!」
「キミ、こんなところで何をしているんだ」
声の主に目をやると、軍服姿の兵士たちが立っていた。
ニタニタと含みのある顔で、少女を見下ろしている。
あ! 同じ陸軍の兵士さんたちだ!
憩は安心して、兵士たちに笑顔を向けた。
「おだんごを見ておりました!」
「はっ、だんごとは呑気な。その軍服……、特務部隊だろ」
「そうですが。おだんごを買いたいので、もうよろしいですか?」
「チッ、だんごなどどうでもいい!! いいから来い!!」
リーダー格の男が、憩の腕を掴んだ。
……痛い! 同じ陸軍なのにどうして?
憩はだんご屋の店主と目が合ったが、すぐに逸らされた。
助けたいけれど助けられない、そんな顔をしている。
兵士たちは、動けずにいる店主を鼻で笑うと、その場から立ち去ろうとした。
「おい、陸軍様がこいつになんの用だ?」
聞き覚えのある声に憩が顔を上げると、朔夜が男の手首を掴んでいた。
少女が見たことのない冷たい目で、男を睨みつけている。
「その軍服……、貴様も特務部隊だな!!」
「御名答。んで、なんの用だって聞いてんだよ」
朔夜に凄まれ、男はジリっと1歩下がる。
今にも牙を剥きそうな彼を見て、他の兵士が恐る恐る口を開いた。
「おい……、もしかしてこいつ……」
「あぁ……、やべぇのに手を出しちまったかもしれねぇ……」
「おい!! こいつ知ってんのか!?」
手首を掴まれた男が、怯え始めた仲間を問いただす。
ガタガタと歯を鳴らしながら、兵士は口を開いた。
「お、お前……、西門の死神だろ……!!」
「さ、西門の死神!? あの、冷酷無慈悲だと言われてる兵士か!?」
男は憩から手を放すと、恐る恐る朔夜の顔を見る。
その名の如く、死神のような光のない目が男を射抜いた。
怯える兵士の襟を掴むと、朔夜はグッと顔を近づける。
「そこまで知ってんのか。なら話が早ぇ、さっさと失せろ」
その一言で、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
そんな奴らの姿を、朔夜は冷たい目で見ていた。
「だから1人で先に行くなって言ってんだろ!!」
腕に付いてしまった真新しい痣を冷やしながら、朔夜は憩を叱る。
だんご屋の店主が、助けられず申し訳なかったと、長椅子や手拭いを貸してくれた。
憩と朔夜はそこに腰を掛けており、千歳は騒ぎが大きくならないよう、周りに説明して回っていた。
「ごめんなさい……」
「ったく、これで済んでよかったけどよ……。女が隊服着て歩いてたら目立つんだよ、気をつけろ」
「うん……」
完全に落ち込んでしまった憩の頭を、朔夜がポンポンと撫でる。
俺らは同じ陸軍だが、特務部隊が対吸血鬼討伐部隊であることは伏せられてる。
んな部隊に女がいれば、気にもなるだろ。
「……杣さん、説明終わりました」
「助かる。ありがとな、寒凪」
「……いえ。憩、大丈夫?」
「はい。ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
憩は千歳に深々と頭を下げる。
また、朔夜に迷惑かけちゃった……。
「……同じ白銀なんだから、そんなこと気にしないで。元はと言えば、陸軍が悪いんだから」
普段スンとしている千歳が、目尻を下げながら返事をした。
「ありがとうございます。あの、さっきの人たちが言ってた西門の死神ってなんですか?」
「……杣さんの陸軍での通り名だよ」
「千歳様にもあるのですか?」
「寒凪は、北門の掃除屋」
「……それ、気に入ってないのでやめてもらえません?」
「俺が死神を気に入ってるとでも思ってんのか?」
2人はまた、バチバチと火花を散らしながら睨み合う。
「ねぇ、朔夜。お兄様と漣様にも、通り名があるの?」
憩に袖を引っ張られ、朔夜の視線は千歳から憩へと移る。
「あぁ、白銀の奴らにはあるぞ。旭は東門の聖人、細小波は南門のゴミだな」
「……違うよ憩。本当は南門のスケベだよ」
「どっちも違えわ!!」
3人の会話に割り入ったのは、漣本人だった。
「憩、陸軍に絡まれたって聞いたけれど、大丈夫だったかい?」
旭が心配そうに憩の隣へ腰掛ける。
千歳が説明して回った中に、相楽家の使用人がいたのだ。
お兄様、髪が乱れてる。
急いで来てくれたんだ……。
「……はい、朔夜が助けてくれました」
「そうか、いつも悪いね。ありがとう」
「いえ、痣が残ってしまって……」
朔夜は申し訳なさそうに、冷やしていた憩の腕を旭に見せた。
「憩、わかっただろう? みんなが朔夜みたいに優しいわけじゃない。自分の身は自分で護るんだ。そのために護身術も習っているんだよね?」
「はい……。同じ軍の方だったので、少し気を許してしまいました。今後はきちんと自衛します」
「うん、それでいい。相手が吸血鬼じゃないからって、油断は禁物だからね」
こくり、と頷いた憩の頭を旭は優しく撫でた。
「んじゃあ、次は俺からだ!! 俺の通り名を、ゴミとかスケベとか言ってた件について話そうぜ!!」
漣は朔夜と千歳の肩をガッチリ押さえた。
「別にどうだっていいじゃねぇかよ、通り名なんて」
「……僕も杣さんに同意」
「おいおい!! お前ら自分の通り名がひでえからって、嫉妬すんなよー!!」
漣はガシガシと2人の頭を撫でる。
その行為に、朔夜と千歳は心底うんざりしていた。
「やめろよ、気持ち悪い」
「……本当に距離感おかしい、うざい」
「はいはい、許してやんよ! かわいい後輩だからなー!」
そう笑うと、再び2人の頭を撫でる。
「お兄様、漣様の本当の通り名はなんですか?」
「……南門の噛ませ犬、だよ。漣本人は、南門の色男って言っているからそう覚えてあげて」
旭は漣に憐れんだ目を向けた。
そういうところが、噛ませ犬って言われる所以だと思うよ、漣……。
「なんだよ旭、俺が眩しすぎるってか!?」
「うん、そうだね。漣がいると明るくて楽しいよ」
「ほら、聞いたか!! やっぱり俺は色男だからな!!」
漣は満足そうに朔夜と千歳を放す。
やっと解放された2人は、各々髪を直したり、隊服を直したりしていた。
「クソほどうぜぇ。いこ、飯食いに行こうぜ」
「うん、お腹減った!」
「じゃあ、朔夜には悪いけれど、せっかくだからみんなでご飯に行こうか」
旭が提案すると憩が嬉しそうに笑う。
「……杣さん、残念」
「うるせぇ、いこがいいならいいんだよ」
「杣は憩が1番だからな!! その心意気に免じて俺が奢ってやるよ!!」
「だってよ、いこ。何食いたいんだ?」
「トンカツ食べたい!!」
憩はキラキラした目で朔夜を見る。
先ほどまでの落ち込んでいた様子はどこへやら、だ。
「んじゃ、支払いは任せたぜ、先輩」
「おいおい、一体いくらかかんだよ……」
和気あいあいと歩く皆の後ろを、漣は寂しい財布を確認しながらついていく。
――妹を見つめる旭の目には、悲哀の色が浮かんでいた。




