8句 神子の力
「…………ううん」
眩しい朝日で目を覚ますと、憩はベッドの上にいた。
朔夜に背負ってもらって、花火大会の話をして……、そこからの記憶がない。
「……どうしよう、また朔夜に迷惑かけちゃった」
泣きそうになりながらも、急いで支度を済ませる。
今すぐ朔夜に謝りたい。
黄山のいる書斎へと向かった。
「おはようございます、お祖父様。憩です」
「憩か、入りなさい」
「失礼いたします」
書斎に入ると、白銀の面々が揃っていた。
憩は軽く会釈をすると、皆への挨拶も後回しに朔夜の元へと駆け寄る。
「おはよ、いこ。ゆっくり休めたか?」
「うん……。朔夜、ごめんなさい。私、また迷惑かけて……」
「別に謝ることねぇよ。昨日はいこのおかげで、眷属を1体討伐できたしな」
朔夜は俯いてしまった憩の頭をポンポンと撫でた。
「おいおい、杣!! 倒したのは俺たちだぞ!? なあ、寒凪!!」
漣は千歳に寄りかかりながら言い返す。
千歳は心底迷惑そうな顔で返事をした。
「……重いんですけど。別にどうでもよくないですか」
「お前は名前に違わず冷たいやつだなあ! もっと熱い男になれー!!」
「……すっごい暑苦しくてうざい」
「あのさー、お前ら……。俺、先輩だってわかってる?」
「まぁまぁ、それくらいにしなよ漣。憩も来たし、昨晩のことを話そうか」
どれだけ騒いでいても、旭が声をかけると皆静かになる。
「立ち話もなんじゃ。ほれ、掛けなさい」
黄山は皆をソファへと促し、使用人を呼んだ。
テーブルには茶菓子とお茶が用意され、コの字に配置されたソファには黄山と旭、漣と千歳、憩と朔夜がそれぞれ並んでかけていた。
「憩、昨日は初任務お疲れ様。体調は大丈夫かい?」
「はい、問題ありません」
「それならよかった。では、昨晩の話を進めよう」
旭の顔からそれまでの笑顔が消え、代わりに射抜くような目を憩へと向けた。
「昨日の男は眷属だった。上手く気配を消していて、僕たちでさえ気づけなかった。でも憩には、奴が見えていたね」
皆の視線が、一斉に少女へと集まる。
憩は俯くと、両手をギュッと膝の上で握りしめた。
……そんなの、わかんない。
みんな私の言葉を待ってるけど、わかんないもん。
口を閉ざしてしまった憩の姿を見て、朔夜が優しく肩を叩く。
「いこ、ゆっくりでいいから、俺に昨日のこと教えてくれるか?」
「……朔夜に?」
「あぁ、それなら話しやすいだろ?」
朔夜はとても優しい目をしていた。
憩はこくりと首を縦に振ると、ゆっくり口を開いた。
「あのね、最初はみんなの声が急に聞こえなくなったの。助けてって言おうとしたけど、声も出なくて……」
「それは怖かったよな……。黒いモヤより先に、音が聞こえなくなったのか?」
「うん。みんなは普通に話してたから、私だけが変なんだって思って。そしたら黒いモヤが見えて、それが男の人にどんどん集まっていって……」
「男がモヤに飲み込まれていった、ってことだね」
「はい。お兄様の仰る通りです……」
話が終わっても、憩の表情は暗いままだ。
「……本当にカナリアなんだね」
「急に何言ってんだ? 寒凪」
千歳は呆れたようにため息をつくと、漣に冷ややかな視線を送った。
「……知らないんですか? 炭鉱のカナリア」
「知らね。みんなは知ってんのか?」
彼の問いに皆が頷く。
「マジかよ、知らないの俺だけかよ!!」
「まぁまぁ。漣、炭鉱のカナリアはね、普段よく歌うカナリアが、危険を察知すると静かになることを言うんだよ」
「へー、さすが旭!! 短くてわかりやすいな!! それに、昨日の憩そのまんまだな!!」
「……だからそう言ったんだけど」
漣の発言で少し話が逸れたが、気が紛れたのか憩の表情が少し明るくなっていた。
「そういえば、あんときのいこの目。淡い緋色になってたけど、自分で気づかなかったか?」
「そうなの? 全然わからなかった。痛いとかもなかったし。でも、すごく疲れたの。帰りも歩けなかったでしょ?」
憩の言葉で旭・漣・千歳の目が朔夜へと向く。
「そうだったのか。そうとは知らず、憩を任せて悪かったね」
「ごめんね朔夜、いつも迷惑かけて」
「迷惑だなんて思ってねぇよ、いつでも頼れ。な?」
朔夜の言葉に、憩はこくりと頷いた。
「お祖父様は、この力のことを最強の矛と仰ったんですか?」
「うむ。憩はな、黄麟に選ばれた神子じゃ。その目は穢れを映す。白銀に必要な力じゃよ」
黄山のその言葉に、憩は目を見開く。
……そんなの、初めて聞いた。
私に、そんな力があっただなんて――。
「憩は白銀の歌姫じゃが、もう誰も閉じ込めたりしない。自由に羽ばたいておいで」
黄山は憩の頭を撫でると、にっこり笑った。
話が終わると、5人には新しい隊服が与えられた。
純銀製のカフスボタンはそのままに、襟や胸元、袖口には銀糸で刺繍が入っている。
他に余計な装飾がない分、漆黒の隊服に銀糸がとても映えていた。
「すげー!! 俺の隊服、超イケてる!! 見ろよ、この絶妙な丈!! ハンドガンが映えるぜ!!」
「……僕のはロングコートだ。武器が隠しやすいし、これなら返り血を浴びなくて済む。ありがとうございます」
喜ぶ漣と千歳を見て、ふふんと黄山は得意げに胸を張る。
「装飾は皆同じじゃが、それぞれの戦闘スタイルに合わせてデザインを変えてみたんじゃ!」
旭の隊服は、リーダーらしく後ろの裾が長いテールコート。
朔夜の隊服には、レイピアが取り出しやすいよう、長い裾のサイドにスリットが入っていた。
「朔夜の隊服、すごくかっこいいね!」
「いこのもかっけぇじゃん。似合ってるよ」
「ありがとう!裾が広がってて、かっこいいのにかわいいの!」
憩は嬉しそうにクルクルと回って見せた。
「なんだ、憩の隊服スカートじゃねえのかよー」
漣ががっくりと肩を落とす。
千歳は心底軽蔑した視線を送った。
「……最低。気持ち悪い」
「だってよ、せっかく女の子がいるんだぜ? スカートがいいだろ!! なあ杣?」
「俺をテメェと一緒にすんな。足晒してねぇ方が安心だろ、バカだな」
朔夜はそう答えると、余計な知識が入らないように憩の耳を塞いだ。
本人はきょとんとしているが、それよりも隊服が気になるようだ。
「はあ!? 戦ってるときに足がちらっとしたら萌えるだろうが!!」
「漣……? 僕が憩の兄だってこと、忘れてないよね?」
旭はにっこりと笑っているが、目が笑っていない。
「忘れてねえよ、妹バカの旭くん」
「うん? かわいい妹を護って何が悪いんだい?」
「儂は漣の気持ち、わかるぞ……!! ちらりと見えるのがいいんじゃよなぁ……」
「だよなー!? さすが相楽の爺さん!!」
「お祖父様……、憩の前でやめてくださいね」
旭が静かに拳を握りしめる。
朔夜はそんな3人を見て、憩を書斎の外へと連れだした。
「なぁ、外行かねぇか?」
耳を塞いでいた手を放し、朔夜は憩に声をかける。
……こんなとこに、いこを置いときたくねぇ
「行きたい!! 会議は終わったの?」
「あぁ、もういいだろ。まともな話してねぇし」
「……僕もついて行こうかな」
その声に驚いた朔夜が振り返ると、千歳が立っていた。
「お前、いつからそこにいたんだよ……」
「……杣さんが憩を連れだしたときに一緒に」
「そうかよ。じゃ、あいつら任せたわ」
「……僕も行くって言ってるのに」
千歳の言葉を聞いて、憩は朔夜の袖をくいくいと引っ張る。
「朔夜、今日は3人で行かない?」
憩にそう言われてしまっては、朔夜も嫌とは言えない。
「いこがいいなら……」
「じゃあ、千歳様も行きましょう!」
「……ありがとう憩。あと、千歳でいいよ」
「よくねぇよ!! テメェ、さっきからいい加減にしろよ!!」
「……何キレてるんですか」
「いこにちょっかい出すな!!」
「……杣さんが禁じることじゃないでしょ」
朔夜は今にも、武器を取り出しそうになっている。
そんな彼を、千歳は真顔で煽っていた。
「もう、私先行くからね!」
痺れを切らした憩は、1人で外へと出ていく。
「いこ、危ねぇから1人で行くな!!」
「……待って、危ないよ憩」
置いていかれた2人は歪み合うのも忘れ、急いで少女の後を追った。




