7句 緋の瞳
「いこ、大丈夫か?」
「大丈夫、これぐらい平気!」
2人は目的地に向かって走っていた。
ガス灯の光が溶け込んでいるのか、憩の金色の瞳は緋色に輝いている。
「ねぇ、朔夜。偵察する場所って遠いの?」
「今回は近ぇ方だな。遠いときは、現地に泊まることもあるぞ」
「そうなんだ! お泊まりなら美味しい物たくさん食べられていいね!」
「お前はまた食い物の話かよ……」
……やりたいこと、なんでもさせてやっからな。
「……あ、やっと来ました」
2人の姿を見つけた千歳が指をさす。
「おい寒凪。人に指さすのは失礼だって、教わんなかったのか」
「朔夜、すぐ喧嘩腰にならないの。千歳様、お待たせしてしまい申し訳ございませんでした」
「……別に大丈夫。あと、千歳でいいから」
「よくねぇよ!! しつけぇんだよテメェは!!」
騒ぎ始めた2人を見て、旭はやれやれと仲裁に入った。
今回の任務は、行方不明者が増えている地域にある市井の偵察だ。
吸血鬼が関係しているのか否か、それが明確にならない限りは特務部隊も迂闊に行動できない。
「ねぇ、偵察って何するの?」
憩は串カツを皿に運びながら朔夜に話しかけた。
「まぁ、人の流れを見たり、あとは吸血鬼が隠れやすいところはねぇかとか、色々だ」
「ふーん、じゃあこの間みたいに戦ったりはしないの?」
「人通りが多いところでは戦わねぇよ。巻き込んだら大変だし、俺たちは目立たない方がいい」
朔夜は憩の口元に付いたソースを拭ってやった。
偵察も兼ねて、5人は小さな串カツ屋台で食事をしていた。
あまり生活様式が整っていない地域で資金を使うのも、仕事の一環だ。
「憩、あまり食べすぎないでよ。目立つからね」
「では、これで最後にします……」
旭に止められ、憩は残念そうに眉を下げる。
「もう十分、目立ってるけどな」
朔夜が辺りを見ながらつぶやいた。
道ゆく人々が憩をまじまじと見ながら通りすぎていく。
楚々とした少女が隊服を着て、串カツ10本を平らげていたら、目立たないわけがない。
「……どいつもこいつもジロジロ見んじゃねぇよ」
「おい、杣。一般人に喧嘩売るなよ、ガキだなー!!」
「おいテメェ、表出ろや!!」
騒ぎ始めた朔夜と漣を見て、旭が大きなため息をつく。
本当に騒がしい……。
うん? 憩が喋らないなんて、珍しいな。
食事をする手も止まり、一点を見つめている。
「憩、疲れたのかい?」
旭の言葉に、3人の視線が一斉に憩に集まる。
「いこ、どうした? どこか具合でも悪いのか?」
「……ううん。ねぇ、朔夜。あそこにいる人って、人に見えてる?」
憩の視線の先には、スーツを着た長身の男がいた。
「はぁ? 人なんだから人に見えてるだろ。お前、何言って――」
答えながら憩に目をやった朔夜は、言葉を失った。
「朔夜、どうしたんだい?」
「……旭、あそこの角にいる男、奴らかもしれないです」
「……理由を聞かせてくれる?」
「いこの目、見てください」
旭は朔夜に促されるまま、憩の目を見る。
金色の瞳が、淡い緋色に輝いていた。
「これは……。憩、あの男はどんな風に見えているんだい?」
「はっきりと、姿が見えなくて……。黒いモヤが、身体を覆っているような感じです……」
憩の言葉を聞いて、旭の目つきが変わる。
これまでの穏やかな表情はない。
「漣、千歳……、頼む」
「了解!!」
「……了解」
旭が指示を出すと、2人はすぐさま男の元へ向かった。
「おにーさん、すいませんねえ。ここで何してるんすか?」
漣のその言葉に、男は急いで踵を返そうとする。
「……残念。僕もいますよ」
千歳が男の背後を取っていた。
「チッ……、なぜわかった。気配は完全に消していたのに!!」
「白銀には、かわいい歌姫がいるもんでな!!」
「カ、カナリアだと!? ……あの娘か!!」
憩を見つけた男は近寄ろうとしたが、千歳によって阻まれる。
「……あの子のところには行かせないよ」
「ガキが!! 調子に乗るなよ!!」
男は千歳に殴りかかろうとしたが、易々と手首を掴まれた。
おまけに青年の顔は、怪しく微笑んでいる。
「……ねぇ、選ばせてあげようか」
ジャラッ……
千歳は純銀製のチェインを取り出すと、男に見せつけた。
「……これに縛られてじわじわ苦しむのと、脳天ぶち抜かれるのどっちがいい?」
「おい、やめろよ寒凪。そんな虐めたらかわいそうだろ?」
怯えて何も言えなくなっている男を見て、漣が千歳を止めた。
「……なら、細小波さんがやります?」
「それは名案だな! ここじゃまずいからあっち行こうぜ!」
「……そうですね。念の為、縛りますか?」
「おい! それじゃ結局お前がやんのと変わんねえだろ?」
「……たしかに。じゃあこのまま行きましょう」
2人は男を連れて、路地裏へと入っていった。
漣と千歳が路地裏に入ってしばらくすると、憩の瞳は元の金色に戻っていた。
「いこ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ……」
なんか、すごく疲れた……。
そんな姿を見せまいと、無理に笑顔を作る。
「憩、どこか痛かったりはしないかい?」
「はい、大丈夫です」
「よかった。朔夜、憩を連れて先に帰ってくれるかい?」
「わかりました。いこのことは任せてください」
「頼んだよ。報告も済ませておくから、着いたら朔夜も休んでね」
旭は朔夜の肩を叩くと、2人が入っていった路地裏へと姿を消した。
「いこ、帰るぞ」
「うん……」
立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
……どうして? 何もしてないのに。
自分でもよくわからない疲労に、憩は混乱していた。
「どうした? やっぱりどっか痛ぇのか?」
「なんか、足に力が入らなくて……」
「疲れたんだろ、初任務だったしな」
「えへへ、そうみたい……」
その作り笑いに朔夜は気づいていた。
憩の前にしゃがみ込むと、背を向ける。
「ほら、乗れ。さっさと帰んぞ」
「え、でも……、重いし……」
「お前みたいな細っこ、重くもなんともねぇよ。さっさと乗れ」
憩はなんとか立ち上がると、朔夜の背に身体を預ける。
「しっかり捕まっとけよ……」
「うん、ありがとう……」
朔夜は憩を背負うと、市井を後にした。
帰り道、憩は4年前の花火大会と今を重ねていた。
あのときより広くなった背中、伸びた身長、引き締まった身体。
何もかもが4年前とは変わっていて、まるで別人のようだった。
「ねぇ、朔夜。花火大会のこと、覚えてる?」
「いこがはしゃいで、足挫いたときのか?」
「ふふっ、そうそう。まだ覚えててくれたんだね」
「忘れるわけねぇだろ」
「そっか、嬉しいなぁ……」
憩は思わずギュッと背に抱きつく。
……あの日と、おんなじ匂いがする。
憩を背中に感じながら、朔夜は口を開いた。
「なぁ、いこ。これからはどこでも行けるぞ。一緒になんだってやってやる。だから……、俺以外にそういうことすんなよ」
今の朔夜にとって、これが精一杯の言葉だった。
しかし、憩からの返事はない。
「……なぁ、せめてなんか言ってくれよ。恥ずいだろが」
声をかけると、すぅ……すぅ……と寝息だけが返ってくる。
「……寝てんのかよ。ったく、お前らしいな」
朔夜は憩を背負いなおす。
見た目より軽すぎんだよ――。




