21句 萌芽
「では、私はお兄様たちが戻るのを待ちますので。
千歳さんは先にお休みください!」
「……憩が待つなら、僕も待つよ」
「本当ですか!?
千歳さんと、もっとお話がしたかったので嬉しいです!」
千歳の言葉に、憩はにっこりと微笑む。
「……僕と話してて、楽しいの?」
「はい、とても楽しいですよ!」
「……そっか。やっぱり憩は変だね」
「千歳さんの言う変は、褒め言葉なのですか?」
「……いや、そんなわけないでしょ」
「そうなのですか?
だって、千歳さんとても優しい顔をしているので」
「……えっ」
千歳は咄嗟に窓に映る自分の顔を見る。
指摘されるまで気づかなかった。
自分の表情が穏やかになっていることに。
「立ち話もなんですから、移動しましょう!
客間か私のお部屋で本でも読みますか?」
「……なんでその2択なの」
「私のお部屋になら、本がたくさんあるので!」
心からの善意で提案してくれているのはわかるが、そんなところを旭さんや杣さんに見られたら、除隊どころの話ではない。
「……客間にしよう。
あと、異性を簡単に部屋に入れたらダメだよ」
「そうなのですか?
お兄様や朔夜は普通にお部屋に入りますよ?」
「……いや、その2人はまたちょっと違うから」
「うん? でも異性ですよ?」
やはり、全く意味が伝わっていない。
どう伝えたらいいものか、と千歳は少し頭を悩ませる。
「……うん、そうだけどさ。
細小波さんを部屋に入れたりはしないでしょ?」
「そうですね……。
漣様には、入りたいと言われたことがないので!」
「……もし言われても、絶対断ってね」
もう少し、このあたりの教育はすべきなのではないかと千歳は思った。
2人が客間で本を読んでいると、玄関の方から声が聞こえる。
「あ! 帰ってきた!」
「……走ったら危ないよ」
「大丈夫ですよ!
ほら、千歳さんも行きましょう!」
「……ちょ、ちょっと待ってよ」
千歳は強引に腕を引かれながら階段を下りる。
帰宅したばかりの大人組の3人がそこにはいた。
「お兄様! おかえりなさいませ!」
「憩、まだ起きていたのかい? それに千歳まで…。
ただいま、遅くなって悪かったね。
何事もなく、任務は終えられたかい?」
「はい! 千歳さんのおかげで無事終えられました!」
旭の問いに、憩はにっこりと答える。
「千歳さん……?」
「うん? どうしたの、朔夜」
「いこ、今寒凪のことなんて呼んだ?」
「千歳さん」
その言葉を聞いて、朔夜は千歳を思いっきり睨む。
「おい、寒凪……。どういうことか説明しろ」
「……説明も何も。
潜入するのに、様は不自然なのでやめてって言っただけですよ」
「たしかになー。
あの時間にカフェーにいる関係だもんなー」
漣は悪気なく核心を突くが、朔夜にとっては腹立たしいことだろう。
今にも千歳に噛みつきそうになっている。
「あ、そんなことより。
お兄様、お願いがあるのですが」
「なんだい? 何か欲しい物でもあるのかい?」
「いえ、そうではなくて……。
千歳さんと漣様は、現在宿舎にお泊まりだと伺いました。
そこで、空いている客室を、お2人使っていただきたいのです」
「なるほど。理由は?」
憩の願いはなんでも叶えてやりたいと思っている。
が、他所の男を屋敷に住まわせるとなると話は別だ。
もちろん、千歳や漣を信用していないわけではない。
「みんなで過ごした方が楽しいからです!」
「たしかにな! みんなで住んだら楽しいな!!」
「……無理がある理由だよ、それ」
自信に満ち溢れた憩の言葉に、旭はため息を吐く。
「全く……。
どうせもう、準備しているんだろう?」
「さすがお兄様! もう用意は済んでいます!」
「そういうことだから、漣も千歳もこの家を使ってもらって構わないよ」
「マジかよ!? 憩、サンキューな!!」
「……ありがとう」
2人の言葉に、憩は嬉しそうにニコニコしている。
そんな憩の姿を、朔夜は不満そうに見つめていた。
翌朝、憩はいつもより早起きをした。
みんなで住み始めた特別な朝。
朝食は自分が作り、みんなに食べてもらいたい。
そう思った。
「おはようございます!」
「おはようございます憩様。朝食はまだですよ」
「お腹が空いたのでしたら、先におやつでも……」
相楽家の使用人たちは、憩の食欲には慣れっこだ。
「いいえ、今日は私が用意します。
みなさんはコーヒーでも飲んでいてください」
「いえ、そんなことをしていては叱られます!!」
「そうです! お手伝いくらいはさせてください!」
使用人たちの言葉に、憩はにっこりと笑みを返す。
「これは命令です。
みなさんはコーヒーを飲んでいてください。
お兄様には私から説明しますので問題ありません」
そう言われてしまっては、使用人たちは聞かぬわけにはいかない。
大人しくコーヒーを淹れると、いそいそとキッチンを出て行った。
「よし! 朝ごはんはパンケーキにしよーっと!」
大きめの独り言をつぶやくと、テキパキと事を進めていく。
「みんな、喜んでくれるといいな……」
そんなことを考えながら用意を進めていると、旭がキッチンに入ってきた。
「お兄様、おはようございます!」
「おはよう。今日は憩が作ってくれているんだね」
「はい! お兄様はどうされました?」
「コーヒーでも飲もうかと思ってね」
旭はカップを用意すると、淹れてあったコーヒーを注ぐ。
「ねぇ、憩。仕事は楽しいかい?」
「はい! みんなのおかげでとても楽しいです!」
「そっか、それならよかった。
困ったことや不安なことがあったら、必ず相談するんだよ?」
「はい! 約束いたします!」
「うん、いい子だ。約束だよ」
無邪気に笑う憩の頭を、旭は愛おしそうに優しく撫でた。
「あー……、眠い!!」
「……朝からうるさい」
「だから嫌なんだよ、一緒に住むの」
朝食の時間が近づき、白銀の面々はダイニングに集まっていた。
広い部屋の真ん中に白いテーブルが置かれており、高そうな椅子が並んでいる。
3人はそれに腰掛けていた。
「……そういえば、憩は?」
「そういやいねえな。誰よりも食うのになー」
「あいつ、まだ寝てんのか?」
「もう、起きてるよ! 朔夜より早起きした!」
3人が声のする方を向くと、憩がサラダを持って立っていた。
「お前、朝からつまみ食いか?」
「違うよ、失礼な」
「みんな、おはよう。朝食は憩が作ってくれたんだ。
悪いけれど、運ぶのを手伝ってもらってもいいかい?」
憩は持っていたサラダをテーブルの真ん中に置く。
旭はその隣に皿を置くと、2人はキッチンへと戻っていった。
「今の聞いたか!? 憩の手作りだとよ!!」
漣がガバッと立ち上がると、その勢いで椅子が倒れる。
ダイニングに大きな音が響いた。
「……ちょっと、行儀悪いんだけど」
「テメェ、さっきからうるせぇんだよ!!」
「なんだよ!!
椅子倒しちまっただけじゃねぇか!!」
「だからそれがうるせぇって言ってんだよ!!
声もでけぇし、態度もでけぇんだよテメェは!!」
「……どっちもうるさい」
千歳は騒がしい2人を放置すると、キッチンへと向かう。
そこには、果物やらスクランブルエッグやらが並んでいた。
「……これ、全部憩が作ったの?」
「はい! 料理は好きなので!」
「なんだい? 来てくれたのは千歳だけなのかな?」
「……はい。2人は喧嘩してます」
「全く……。厳しく指導しないとダメかな……」
旭はため息を吐くと、キッチンを出て行く。
あの2人終わったな、と千歳は思った。
キッチンには甘く香ばしい匂いが漂っている。
「……何作ってるの?」
「パンケーキです! 千歳さんはお好きですか?」
「……食べたことないから、わかんない」
「そうなのですね。
では、そちらに掛けていただいてもよろしいですか?」
憩は近くにあった丸椅子に座るよう、千歳を促す。
「……いいけど、手伝いに来たんだよ?」
「はい! これも、大事なお手伝いですよ」
憩はにっこり笑うと、焼きたてのパンケーキを千歳の前に置いた。
「千歳さん、味見してもらえますか?」
「……でも、食べたことないし」
「だからこそです!
食べたことのない千歳さんが美味しいって思ったら、大成功ってことですよね!」
本当に変な子だと千歳は思った。
渡されたフォークで小さく切って、それを口に運ぶ。
ふわふわしているのにしっとりとしていて、甘いのに香ばしい。
「……美味しい」
「よかった! 大成功ですね!」
嬉しそうに笑うその子を見ていると、
千歳の心もふわふわと温かくなるのだった。




