19句 雲隠れ
「漣、ネクタイが曲がっているよ。
そういうところも見られるから、ちゃんとしてね」
「悪い悪い、今直すからよー」
大人組の3人は、カフェーの目の前まで来ていた。
店に入る前に身だしなみの最終チェックをして、完璧な状態で潜入する。
「杣、お前いい色のネクタイしてるなー!」
「テメェ、触んじゃねぇ!」
「なんだよ!
褒めてんだから、そんな怒んなくたっていいだろ!?」
「漣、そういう問題じゃないだろう?
朔夜が大切にしているかもしれない物を、許可なく触るのは如何なものかと思うよ」
今にも噛みつきそうな朔夜を見て、旭が仲裁に入る。
旭も憩が贈ったネクタイを、勝手に触られるのは気分がよくなかった。
「あー……、たしかにそうだよな。悪かったよ」
「……2度と触んなよ」
「よし、それじゃあ中に入るよ」
旭の言葉に2人は頷く。
カランカラン
扉に付いた鈴の音が響き渡る。
「いらっしゃい! って、旦那たちじゃないですか!」
「こんばんは。今日もよろしいですか?」
旭は上を指さす。
「もちろん! 今日は……、3名様ですか」
「えぇ。私の部下でして。
問題があるようでしたら、帰らせましょうか?」
「いえいえ!
旦那たちのような、高貴な方々が来てくれると助かりますんで!」
店主はとてもご機嫌だ。
千歳と憩の2人も上手くやっているのだろうと、このやり取りだけで旭にはわかった。
「では、今日もよろしくお願いします」
「はい! こちらへどうぞ!」
2階へと連れられていく中、
朔夜は自分のネクタイと同じ色のリボンをした少女を見つけた。
本当は自分が1番近くで護りたい。
そんな気持ちを押し殺し、ネクタイに触れる。
今日も朔夜が憩の髪を結い、リボンを結んだ。
そのお礼にと、朔夜のネクタイは憩が結んでくれたのだ。
「……いこなら大丈夫だ、頑張れ」
まるで自分に言い聞かせるかのように、朔夜は小さく小さくつぶやいた。
「ささ、こちらへどうぞ!
今日もお決まりの頃にお伺いしますんで!」
店主はメニュー表を渡すと、満足そうに部屋を出ていった。
「あー、もう喋っていいか?」
「あまり大声は出さないでね」
「わかってるって! 女の子選ぼうぜー!」
漣はハイテンションでメニュー表を開く。
一方、朔夜は漣と真逆の表情をしていた。
「朔夜、その顔じゃあダメだよ」
「すみません、ちゃんとやります」
「なんだー? 辛気臭い顔して。
お前好みの大人しそうな子もいるぞー?」
「大人しい子が、こんなところで働いてるわけねぇだろ」
「はあ!? なんだよその言い方!!」
「漣、大声出さないでねって言ったよね?
朔夜も、その態度でいいと思っているわけじゃないだろう?
2人とも大人なんだから、感情に振り回されるのはやめてほしいな」
「わかってるよ、大人しくすっからさ」
「……すみません」
これはダメだろうな。
漣はそもそも子供っぽいところがあるし、
朔夜も憩のことで気が気ではないのだろう。
しかし、2人には成長してもらわなければならない。
今後、このような任務は山ほどあるのだから。
「漣、とりあえず女の子を何人か選んでくれるかい?」
「俺が選んでいいのか?」
「うん。朔夜は昨日も選んでいないからね。
僕も別にいいから、漣が好みの子をどうぞ」
「了解! じゃあ、この子とこの子と……」
旭は、嬉しそうに女の子を選ぶ漣から、朔夜へと視線を移す。
先ほどまでよりは、幾分か落ち着いたようだ。
「朔夜、大丈夫かい?」
「大丈夫です。すみません」
「ううん、無理させてるのはこっちだからね。
でも、朔夜の力が必要なんだ。悪いけれど、頼んだよ」
「はい、しっかりやります」
真っ直ぐにこちらを見る朔夜に、旭はにっこりと笑みを返した。
「旦那様方、失礼いたします」
声の後少し間が空いて、スッと戸が開くと、
着飾った数人の女の子たちがわらわらと入ってくる。
「おいおい! めっちゃかわいいなー!
ほら、みんな俺の隣に座ってくれ!!
あ、隣じゃ2人しか座れねーか!!」
「ただの変態ジジイじゃねぇかよ」
漣のデレデレとした態度に、朔夜は悪態をつく。
「朔夜、余計なこと言わない。しっかり頼むよ?」
「わかってます」
「あ、昨日も来てくださったお兄さんだー!」
「こんばんは。今日も会えて嬉しいよ」
旭は女の子が隣に座ると、にっこりと微笑む。
思ってもいない言葉をスラスラと発しながら、
触れようとしてくる手を上手く躱している。
「こんばんはー! 隣、いいですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございまーす! 失礼します!」
女の子たちは朔夜の両側に座ると、にっこりと笑みを浮かべる。
計算された、作られた笑顔。
朔夜の1番苦手な顔だ。
「あれ? お兄さんも昨日来てくれてましたよね?」
「そうだけど。覚えててくれたんだ?」
「もちろん! だってすごくかっこよかったからー」
「私は!? 私のことは覚えてくれてますか!?」
「あぁ。昨日も隣に座ってくれたよな?」
「そうです! 覚えててくれるなんて嬉しいです!」
昨日に比べて、朔夜も上手く女の子たちを躱していた。
何1つ本心ではないのに、かわいい、きれい、楽しい、嬉しい。
そんな言葉を並べるだけで満足そうに笑う女の子たち。
なんて酷く醜く汚い悲しい世界なんだろうか。
「2人は、この仕事始めて長ぇの?」
「うーん、私は半年くらいかなぁ」
「私はもう2年くらいになるよー!」
「へぇー、嫌になんねぇの?
仕事とはいえ、正直面倒な奴もいるだろ?」
「お兄さんにだから言うけどね、もちろんいるよー」
「うんうん、いるよねー。
それが原因なのか、最近は急にいなくなる女の子もいるし」
「急にいなくなる……?」
朔夜の言葉に旭も漣も反応したが、
怪しまれぬよう何食わぬ顔で女の子たちの相手を続けている。
「そうなの。でも変なんだよー?
だって、絶対辞めそうにない子たちばっかりなの」
「どういうことだ?」
「だってね、みんな人気の子たちなんだよ?
毎日指名が入る子たちなのに、おかしくなーい?」
「へぇ、たしかにそれはおかしいなぁ」
「ちょっと我慢すれば、お金の心配ないのにね。
オーナーに聞いても、辞めたってしか教えてくれないの!」
「急に次の日から来なくなったりするんだよー?
でもおかげで、私たちも稼げるんだけどさー」
「ふーん、そうなんだなぁ」
朔夜が笑みを浮かべると、女の子たちが沸き立つ。
店の女の子たちが忽然と姿を消している。
大人組が1つ情報を得た瞬間だった。
「あー、楽しかったぜ!!」
「それはよかったね。
それよりも、さすがだね朔夜。お手柄だよ」
「ありがとうございます……」
「なんだー? なんでそんなに疲れてんだよお前」
「テメェだけだよ楽しそうにしてたのは!!」
朔夜が上手く女の子たちから情報を引き出したところで、ちょうど時間となった。
漣は延長延長と騒いだが、あまり深掘りしても怪しまれるため、今日は撤収となったのだ。
「それにしてもよー、みんな杣杣杣杣。
そうかと思えば旭旭旭旭って、俺がいるだろ!!」
「だから、そういうところが滲み出てんだろが」
「まぁまぁ、でも漣は楽しめたんだろう?」
「あぁ! 最高だったぜ!!
あんなかわいい子たちが俺の話聞いてくれるんだぜ!?
もう、たまんねえよ!!」
「心底軽蔑するわ、気持ち悪い」
恍惚とした表情を浮かべる漣に、朔夜は汚物でも見るような目を向ける。
「そりゃお前はよ!! 憩がいるからいいよな!!」
「はぁ!? 今いこ関係ねぇだろが!!」
「はいはい、静かにしてね。
それにしても、女の子たちが消えてる。か」
「吸血鬼が絡んでそうだけどなー」
「そうとも限らねぇよ。
他の店で働いてるだけかもしれねぇし」
「そうだね。彼女たちはお金のために働いているからね。
金払いのいい方に流れるのは、ごく自然なことさ」
「じゃあ、まだわかんねえか」
漣は唇を尖らせると、夜空を見上げる。
もうだいぶ遅い時間だ。
辺りは静寂に包まれており、3人の声だけが響く。
「とりあえず、今日はもう帰ろう。
2人は先に休んでいるだろうし、共有は明日にしよう」
「そうだな! 帰ろう帰ろう!」
「あんなに延長しろって騒いでたくせにな」
「それとこれとは話が別なんだよ!」
「あー、はいはい。うざいからそれ以上近づくな」
相変わらず騒がしい2人を眺めながら、
旭はとりあえずの任務完了に、ホッと息をつくのだった。




