5句 五芒星、集結
憩と朔夜が話していると、目の前に黒塗りの車が停まった。
「あ、お祖父様だ」
漣が連絡を入れたのだろう。
それでも、総司令が直々に出てくるのは珍しい。
「3人とも大事ないか?」
「爺さん、いこを危険な目に遭わせました。申し訳ございません……」
「そんな……、朔夜は悪くないでしょ?」
「憩の言うとおりじゃ。討伐、ご苦労だったな」
頭を下げる朔夜の肩を、黄山は労うように叩いた。
「お主らは儂の車で先に帰りなさい。ここは漣と儂で処理する」
「……わかりました。いこ、帰るぞ」
「うん。あの、お祖父様……」
憩の呼びかけに黄山が振り返る。
「あのお方、丁重にお願いいたします」
憩の金色の瞳がゆらゆらと揺れた。
その小さな変化が、黄山の表情を一瞬曇らせる。
「……わかっておる。安心して先に戻りなさい」
「はい。朔夜と先に帰っております」
憩は朔夜に促され、車へと乗り込んだ。
屋敷へと向かう車内、憩は窓の外を眺めながら、先ほどの光景を思い出していた。
「いこ、眷属になっちまったやつは討伐するしかねぇんだ……」
「うん、知ってる。総司令の孫だもの、それぐらいの知識はあるよ」
憩は隣に座る朔夜の顔を見ると、切なそうに笑った。
「……最近は特務部隊を警戒して、吸血鬼本体は姿を見せねぇんだ。汚ねぇやり方だよな」
「お祖父様も言ってた。眷属ばかりで、なかなか吸血鬼を倒せないって」
「お前、爺さんから結構話聞いてんのな」
いこを護るために白銀を作った爺さんが、特務部隊の話をするのか?
「うん。最近はよく話してくれるの。眷属を間近で見たのは初めてだったし、お役目があることも知らなかったけどね」
「まぁ、出会わねぇのが一番だからな」
そんな会話をしていると、あっという間に屋敷へと着いた。
運転手が車のドアを開け、2人は車から降りる。
「憩ちゃん!! 大丈夫!? 怪我はしていないの!?」
玄関からものすごい勢いで飛び出してきた人物がいた。
「お姉様!? お仕事はどうされたのですか?」
「憩ちゃんが危ないときに、お仕事なんてしていられないわ!!」
そう言うと、ギュッと憩を抱き締めた。
相楽 和。
旭の妹で、憩の姉。吉原遊廓で有名な芸花魁だ。
「朔夜くんも無事でよかったわぁ。憩ちゃんを護ってくれてありがとう!」
「いや、別に。仕事なんで……」
「うふふ、そんなこと言って。朔夜くんは本当に素直じゃないわねぇ」
こういう、見透かされてる感じが苦手なんだよな……。
ニコニコと笑う和と裏腹に、朔夜の顔は曇っていた。
「お姉様、とりあえず私たちは無事ですから。お仕事にお戻りください」
「もう、憩ちゃんたら! 私はお邪魔みたいだから戻るわね。朔夜くん、憩ちゃんをお願いね」
和は憩の頭を撫でると、2人が乗ってきた車で吉原へと戻っていった。
和が去った後、2人は居間へと移動し、ソファで紅茶を飲んでいた。
「相変わらずだな、和は」
「ごめんね、疲れるよねお姉様」
「いや、まぁ、少しな……」
……本当はすげぇ疲れるけどよ。
「ふふっ、朔夜はお姉様苦手だもんね」
「いこと違って、話しにくいんだよ」
「それは、お姉様が私と違って美人だから、緊張するってこと?」
憩は紅茶のおかわりを注ぐ。
もうだいぶ遅い時間で、使用人たちも部屋に戻っている。居間には2人しかいない。
「はぁ? 違ぇよ。いこみたいに、裏表なく言ってくれる方が楽なんだよ」
「ふーん、でも美人だとは思ってるんだ……」
憩は拗ねたようにつぶやく。
わかってる。
お姉様、美人だもん。朔夜と同い年だし……。
「そりゃあ、吉原で売れてるくらいだから美人なんじゃねぇの」
……俺はそう思わねぇけどな。
あいつ、何考えてるかわかんねぇから怖ぇんだよ……。
……やっぱり、お姉様みたいな人が――。
「うん? どうした?」
俯いてしまった憩に、朔夜は声をかける。
「ううん、なんでもない。明日はまたお仕事?」
「まぁ、そうだな。午前中は会議に呼ばれてるし、夜は偵察があるからな」
「そっか、そうだよね。お仕事しに帰ってきたんだもんね……」
「なんだよ、寂しいのか?」
朔夜は揶揄うように笑うと、憩の頭を優しく撫でた。
「べ、別にそんなことない!! 子供扱いしないで!!」
憩は顔を赤らめながら立ち上がる。
「おやすみ……!!」
大声で挨拶すると、部屋へと帰っていった。
静まり返った居間で、朔夜は4年前の憩と、今の少し大人になった憩を重ねる。
あどけなさは今も残るが、明らかに綺麗になっている。
「……ガキだなんて、思ってねぇよバカ」
朔夜はソファに身体を預けながら、天井を見上げた。
「……素直に寂しいって言えばよかった」
翌朝、憩は化粧台の前で昨晩のことを後悔していた。
それと同時に、髪を触られたときの朔夜の手や、撫でられたときの温もりを思い出してしまい、1人頬を染める。
「お姉様みたいなお淑やかな女性になったら、朔夜は好きになってくれるのかな……」
鏡に映る自分の顔を見ながらつぶやく。
金色の瞳にも自分の顔が映っていた。
「もう!! いつになったら伝わるのー!!」
「……何でけぇ声出してんだ?」
憩を呼びに部屋へと迎えに来た朔夜が、扉の向こうから声をかけた。
「さ、朔夜!? どうしたの?」
「爺さんが、お前を呼んでこいって。開けてもいいか?」
「うん、どうぞ……」
音を立てて、扉が開いた。
「おはよ、いこ」
「お、おはよう朔夜」
昼に見る隊服姿は、夜とはまた違う魅力がある。
憩は思わず、朔夜から目を逸らした。
「昨日のこと、まだ怒ってんのか?」
「……昨日のこと?」
「ほら、子供扱いすんなって言ってただろ」
「あれは別に、怒ってたわけじゃなくて……」
「でも、今、目逸らしたじゃねぇか」
「いやそれは、違くて……」
朔夜がかっこよすぎるから、なんて言えるはずない!!
「まぁいい、とりあえず行くぞ。爺さん待ってっから」
朔夜は背を向け部屋を出ていく。
憩もその後を追った。
朔夜に連れられて書斎に入ると、旭と漣が揃っていた。
「ごきげんよう、漣様。お祖父様、お兄様、おはようございます」
「おはよう憩! 昨日は巻き込んですまなかったな!」
漣が憩の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「おい、触んじゃねぇよ。嫌がってんだろ」
朔夜が憩の頭から、漣の手を払った。
「嫌がってないよなー?」
「はい! 漣様に撫でられても、なんとも思いません!」
「おいおい、それはさすがに俺でも傷つく……」
「一生傷ついてろ」
そんな3人のやり取りを、旭は微笑ましそうに眺めていた。
「あの、お祖父様。どうして私が呼ばれたのでしょうか?」
「皆が集まったら話す。憩にとっても悪い話ではないぞ」
「わかりました。お兄様はご存知なのですか?」
「いや。僕も新設部隊にこの2人が所属すること以外、何も聞かされていないよ」
「そうですか。ということは、朔夜も漣様もですよね?」
憩の言葉に2人は頷く。
どうして、私が呼ばれたんだろう……?
憩が頭を悩ませていると、扉を叩く音が聞こえた。
「失礼いたします。黄山様、寒凪様がお見えになりました」
その名を聞いて、旭・漣・朔夜の3人は顔を見合わせる。
お兄様がそんな顔をするなんて、とても怖い方なのかな……?
旭は普段、感情を表に出さない。
そんな兄が表情を変えたのを見て、憩は大柄で屈強な男性を思い浮かべていた。
「うぬ、入りなさい」
「……失礼します」
しかし、そんな想像は裏切られる。
部屋に入ってきたのは、まるで雪のように儚げな美青年だった。
漆黒の隊服が、白い肌を一層引き立てている。
「千歳にも白銀に所属してもらう。実力はお主らも知る通りじゃ」
寒凪 千歳。
人付き合いが極端に苦手な18歳の新鋭。毒舌家で有名だ。
「千歳、これからよろしくね」
「……どうも」
「おいおい、旭にどうも、はないだろ!」
漣がいつも通りの調子で、千歳の肩を叩く。
「……あんまり触らないでもらえます?」
「何度会っても、愛想のねぇやつだな」
「……杣さんに言われたくありません」
空気が一気に悪くなる。
憩は察したかのように、千歳の前に歩み出た。
「千歳様、お初にお目にかかります。憩と申します。以後お見知りおきください」
「……千歳、でいいよ。よろしく」
憩に挨拶された千歳は、手を差し出す。
「よくねぇよ! つーかお前、いこにだけ態度違ぇな」
朔夜は憩と千歳の間に割り入ると、彼が差し出した手を払った。
千歳は払われた手をさすると、朔夜をじっと見据える。
「……憩のこと、いこって呼んでるんですね」
「そこはどうでもいいだろ!!」
「カカッ!! 白銀は、いい部隊になりそうじゃわい」
黄山は5人のやり取りを見て、楽しそうに笑った。
「それより、5人目っていつ来んだ?」
漣の一言で、本題へと戻る。
コホン、と黄山が咳払いをすると、それまで騒いでいた4人が静かになった。
「皆が待っている5人目じゃが、もう来ておるぞ」
「まさか……総司令が直々に、ですか?」
「何、寝ぼけたことを申しておるのじゃ旭。儂よりも白銀に相応しい者がいるじゃろうが」
黄山のその言葉に、4人の視線が一斉に憩へと向く。
「え……? 私……!?」
――向けられたその目には、驚きと、悲しみの色が滲んでいた。




