4句 新月の来訪者
「んで、一体どこに向かえばいいんだ?」
漣は、眠りにつきつつある街へ車を走らせていた。
「別に、決めてねぇよ」
「お前、決まってねえのに呼び出したのか!?」
「仕方ねぇだろ。外出るにしても、この時間帯にいこ連れて歩けねぇし」
「たしかになー。吸血鬼にとって、憩ぐらいの女の子はご馳走だからな」
それまで静かに外を眺めてた憩が、ご馳走という言葉を聞いて朔夜の隊服を引っ張った。
「うん? どうした?」
「私、お腹減った……」
「はぁ? お前、飯食ってないのか?」
「うん、夕ごはんの時間なら窓から出やすいから……」
「ったく……。おい細小波、今から走らせて間に合うか?」
胸ポケットから銀製の懐中時計を取り出し、確認する。
「あぁ、あそこな。まぁ、間に合うだろ」
漣はそう答えると、少し速度を上げた。
「ねぇ、どこに行くの?」
「特務部隊の行きつけだ」
暫くして車が停まったのは、煉瓦造りで趣のある小さなお店の前だった。
「よし! 間に合った! 俺、先行って伝えてくるから2人は降りてろよー」
そう言うと、漣はお店の中へと姿を消す。
「すごくお洒落なお店だね!」
「洋食が楽しめる店だからな」
朔夜は話しながらも先に車を降りる。
憩もそれに続いて降りようと立ち上がった。
「ほら、危ねぇから。手」
朔夜はぶっきらぼうに言いつつ、手を差し出す。
「大丈夫! これぐらい平気!」
憩はその手を取ることなく、車から勢いよく飛び降りた。
「……そうかよ」
行き場を失った手を軽く握りしめると、朔夜は力なく下ろした。
店内はアンティークの家具で統一されており、高級感がある。
まもなく閉める予定だったのだろう。
掃除用具が角に寄せられている。
3人は奥のテーブル席へと通され、憩と朔夜が並んで座った。
「ねぇ、もう終わりだったんじゃない?」
「大丈夫だ。ここは特務部隊行きつけだからな、時間は融通してくれる」
「そういう問題じゃなくて」
「憩、大丈夫だぞ。こういう場合は多めに支払うからな!」
漣は慣れた手つきで給仕にお金を手渡していた。
「そんなの、こいつにやらせとけばいいんだよ。ほら、腹減ったんだろ? 好きなの選べ」
朔夜は憩にメニュー表を渡す。
「朔夜はいつも何を食べてるの?」
「俺? 俺はコロッケとかライスカレーとかだな」
「漣様は?」
「俺はカツレツとかビフテキが多いな」
「さすが特務部隊、お肉ばっかり」
少女は呆れた顔で素直な感想を述べると、メニュー表へ視線を落とした。
「んで結局、何にすんだよ」
「オムライスとコロッケとライスカレーにする!」
「お前は炭水化物ばっかじゃねぇか」
「いや、つっこむところそこじゃねえだろ!?」
「あぁ? いこが食うのは今に始まったことじゃねぇだろが」
「すみません! 注文してもよろしいですか?」
憩は2人が言い合っているのも構わず、注文を済ませた。
暫くすると、テーブルは料理でいっぱいになった。
朔夜と漣の2人は、コーヒーを飲んでいる。
「2人はいらないの?」
「もう飯食ったからな」
「そっか、じゃあいただきます!」
憩は嬉しそうにニコニコしながら食事に手を伸ばす。
小柄で華奢な少女とは思えない食べっぷりだ。
「そういえば杣も、随分急な帰還だったよな」
「あぁ、爺さんに呼ばれてよ」
「ふーん、そうか。それって旭もいる件か?」
「……もしかしてお前もかよ」
「あー、やっぱりな!! 相楽の爺さんのことだから、絶対お前もだと思ったわ!!」
漣の言葉に、朔夜の顔があからさまに歪んだ。
……ありえねぇ、こいつもかよ。
「クソだな。最悪だ」
「ひでえ言われよう。俺はお前と組めるの、なかなか楽しみなんだぜ?」
「そうかよ。俺は組みたくねぇ」
朔夜はそう答えると、食事に夢中になっている憩を見る。
美味しそうに食べるその姿が4年前と同じで、思わず顔が綻んだ。
「……俺は憩のこと、妹ぐらいにしか思ってねえから安心しろ」
コソコソと、漣が朔夜に耳打ちする。
面白がってる顔だ。
「はぁ!? テメェ、ふざけたこと言ってんじゃねぇよ!!」
朔夜は顔を真っ赤にしながら立ち上がった。
「どうしたの? 顔赤いけど、大丈夫?」
心配そうに自分を見上げる憩を見て、朔夜は座り直す。
「なんでもねぇよ、それより美味いか?」
「うん! もうすぐなくなっちゃうの、残念」
「食ったらなくなんだよ。また来ればいいだろ?」
「いいの!? 今度はビーフシチュー食べたい!」
憩は金色の目をキラキラさせながら、にっこりと笑った。
支払いを済ませている漣を、2人は外で待っていた。
「とっても美味しかった! ありがとう朔夜」
「美味かったならよかった。次は昼に来ような」
「うん! 次はビーフシチューとオムライスと……」
憩はメニュー看板を見ながら、食べたい物を指折り数える。
『こんばんは、かわいいお嬢さん』
看板に釘付けになっている憩に、どこからともなく現れた男が声をかけた。
異変を察知した朔夜が、即座に少女を背に隠す。
「朔夜? どうしたの?」
「いこ、こいつと絶対話すな!」
『なんだ、護衛付きかぁ』
男はめんどくさそうにつぶやく。
もう春なのに、スーツの上にインバネスコートを羽織っている。
「ねぇ、あの人暑くないのかな?」
「いいから!! あいつのことは見るな!!」
不思議に思っただけなのに、朔夜になぜか叱られた。
「テメェ、眷属だな」
『そこまで見抜いてるとは。キミ、優秀なんだろうね』
「擬態が下手すぎんだよ。それでよく今まで討伐されなかったな」
朔夜は、袖口に付いている純銀製のカフスボタンを見せ挑発する。
その流れで、腰に差していたレイピアを抜き構えた。
『やれやれ、面倒だなぁ』
男の姿が、見る見るうちに醜く変わっていく。
人の身体を無理やり変化させているためか、腕の位置がおかしい。
「あの人、眷属だったの!?」
「あぁ。いこは俺の後ろに隠れてろ、いいな?」
「う、うん……」
憩は朔夜の背に隠れながら、隊服の裾をギュッと握った。
『へぇ、護りながら戦えるのかなー?』
「テメェみたいな雑魚、余裕だっての」
朔夜はニヤッと笑いながら、再び男を挑発する。
1人でも殺れっけど、いこを置いて接近すんのはまずい。
……チッ、細小波の奴早く来いよ!!
っとに、役に立たねぇな……。
「悪い悪い! 支払いに手間取っちまってよー」
戦闘が始まっていることに気付かぬ漣は、いつもの調子だ。
憩が咄嗟に声をかける。
「漣様!!」
「うん? ……なんだ、敵か!」
「ったく、遅ぇんだよ! いつまで待たせんだ!!」
「悪い悪い! まさかこんなことになってるとはな!!」
漣は楽しそうに笑うと朔夜の隣に並ぶ。
磨き抜かれたハンドガンを取り出すと、得意げに構えた。
『これは……分が悪いなぁ』
「今更後悔しても遅ぇんだよ!!」
朔夜はグッと踏み込むと、男に向かっていく。
その動きを見て、憩の前に今度は漣が立ち、盾となった。
『ちくしょう!!』
勝機を失った男は、漆黒の大きな羽を広げる。
それを好機と、漣が照準を合わせた。
「逃がすかよ!!」
パーン!!
空気を裂くような音と共に、男の脳天が撃ち抜かれる。
「杣、心臓を頼む!!」
「チッ、いいとこ持っていきやがって!!」
朔夜は不満そうにつぶやくと、男の胸にレイピアを突き刺した。
「いこ、怪我とかしてねぇか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
「いや、悪かったな。怖い思いさせて……」
「ううん、朔夜がいたから大丈夫だったよ」
本当に肝の座ったお嬢様だな……。
普通、怖かったって言うんじゃねぇのか?
さすが爺さんの孫だな。
「後処理は俺がやっとくから、お前らはもう帰れ」
漣は2人に声をかける。
さすがに黄山も心配するだろうという時間だ。
「悪い、頼んだ。ほら、いこ帰るぞ」
「でも、あの人どうするの?」
憩の視線の先には、醜い姿の亡骸があった。
「おい、あんなの見んじゃねぇよ」
「だって、気になっちゃって……」
朔夜が制止するも、憩は気になるようで視線を外さない。
奴らは絶命すると人の身体に戻るが、変化が戻ることはねぇ。
そんな姿を、本当ならいこに見せたくなんかなかったのによ。
「……特務部隊が回収に来んだ。んで、色々調べて今後の戦闘に役立てんだよ」
「そうなんだ、じゃああの人にもお役目があるんだね」
「お役目?」
「うん。だって、好きで眷属になったわけじゃないでしょ? きっと、苦しかったんじゃないかな。特務部隊のお役に立って、少しでも救われるといいな……」
憩の金色の瞳が、ゆらゆらと揺れた。




