3句 初恋の君
「少しぐらい、味方してくれたっていいのに!!」
せっかく会えたのに、朔夜はお祖父様の味方をするんだから!!
書斎を飛び出した憩は、自分の部屋へと戻っていた。
土で汚れていた着物を脱ぎ捨てると、着替えもせずそのままベッドへ横になる。
朔夜が言うように、お祖父様が心配して言っていることもわかっていた。
「……朔夜はもう、忘れちゃったんだろうな」
朔夜と初めて行った花火大会は、私が初めて朔夜に想いを伝えた日。
10歳だった私のことなんて、朔夜は妹ぐらいにしか思ってなかっただろうけど……。
目を閉じると、あの日の光景が瞼の裏に浮かんだ。
「朔夜、今日の稽古はここまでじゃ」
「はい、ありがとうございました」
「朔夜、お疲れ様!!」
黄山との打ち合いを見ていた憩は、朔夜に手拭いを渡した。
「ありがとな」
「憩よ、稽古は終わったのか?」
「はい。舞の稽古を終えてから見ておりました」
「ふむ、きちんと励んでいるようじゃな。そうじゃ、今日は花火大会がある。朔夜、憩を連れていってきてはくれぬか?」
「花火大会、ですか……」
黄山のその言葉に、朔夜は憩を見る。
「花火!! 行きたい!! 朔夜、行きたい!!」
普段、屋敷から出られないいこは大はしゃぎだ。
飛んだり跳ねたり回ったり、忙しなく動いている。
「わかりました」
「憩、はしゃぎすぎて怪我をするなよ。朔夜にあまり迷惑をかけないように。いいな?」
「はい!!」
それから2人で歩いて、花火大会へと向かった。
「朔夜! ねぇ見て、花が咲いてる!!」
「危ねぇからあんまりはしゃぐな……」
朔夜は、憩が走らないように手を繋いでいた。
「朔夜! お腹すいた!」
「なんか食うか?」
「りんご飴!!」
「腹に溜まんねぇだろが……」
そう言いつつも、屋台でりんご飴を買ってやる。
「ほら、ゆっくり食えよ」
「うん! 朔夜、ありがとう!!」
ヒューー……ドン!!
夜空に大きな花火が打ち上がった。
「わぁ!! すごいね!!」
「あぁ、綺麗だな……」
「私、あっちに行ってみたい!!」
憩は朔夜の手を放すと、一目散に駆け出す。
「おい! 危ねぇから!!」
追いかけるも間に合わず、憩は派手に転んだ。
「大丈夫か!?」
「ごめんなさい……。りんご飴、落としちゃった……」
「ったく、だから言ってんだろ。怪我してねぇか? 痛ぇとこは?」
「……大丈夫、ごめんなさい」
まだ、花火は終わっていない。
しかし憩が転んだこともあり、帰宅することにした。
……痛い。
転んだときに捻ったのかな、左足がジンジンする……。
でも、朔夜に迷惑をかけたくない。
痛む足を引きずって歩いていた。
「お前、痛ぇなら言えよバカ!! ほら、さっさと乗れ」
憩の様子に気づいた朔夜は、しゃがんで背中を差し出す。
「……大丈夫、自分で歩ける」
「嘘つくな、引きずるほど痛ぇんだろ? 早く乗れ」
朔夜のその言葉に、憩は渋々応じた。
「舞をやる奴は、足を大事にしろ」
「うん、ごめんなさい……」
「別に怒っちゃいねぇよ」
朔夜は憩を背負って屋敷へと歩く。
大きくて優しい背中にギュッとしがみつくと、落ち着く匂いがした。
「どうした? 足、痛ぇのか?」
「ううん、違うの。ありがとう」
「これぐらいなんでもねぇよ」
「……朔夜、大好きだよ」
「はいはい、ありがとな……」
憩は目を開けると、大きなため息を吐いた。
「朔夜にとって、私は今も子供なのかな……」
久しぶりに会ったのに、嬉しそうじゃなかった。
私は嬉しくて抱きついちゃったけど、朔夜はどう思ったのかな。
そんなことを考えていると、扉を叩く音が聞こえた。
「どなたですか?」
「いこ、俺だ。開けてもいいか?」
「ちょ、ちょっと待って!!」
着替え、してなかった!!
憩は飛び起きると、浴衣を羽織り袴をはいて扉を開けた。
「お待たせ朔夜、どうしたの?」
「悪い、遅くに……。その、帰ってきて、ちゃんと話してなかったからよ……」
「……その、さっきはごめんなさい。朔夜に八つ当たりしちゃって」
「別に気にしてねぇよ。それより、ちょっと外に出ねぇか? 爺さんから許可もらってるし、いこが嫌じゃなければ……」
「行く! 着替えるから、ちょっと待ってて!!」
「急がなくていい、下で待ってっから」
朔夜は憩の頭をポンポンと撫でると、部屋の扉を閉めた。
「もう!! 人の気も知らないで!!」
憩は顔を真っ赤に染めながら着替え始める。
フリル付きの白いブラウスの上に葡萄色の羽織を重ねた。
羽織の胸元には、母の形見である銀製の華奢な簪を忍ばせる。
「これでよし!」
本当は背中まである髪も結いたいけど、これ以上朔夜を待たせたくない。
憩は部屋を出ると、彼が待つ玄関へと向かった。
「朔夜、ごめんね。お待たせ!」
手すりに寄りかかり、本を読んでいた朔夜に声をかける。
憩に気づくと、読んでいた本を大切そうに胸ポケットにしまった。
「別に、そんな待ってねぇよ。髪、結わなくていいのか?」
「うん、大丈夫! これ以上待たせるのは嫌だし」
「そうかよ。じゃあ、後ろ向け」
憩は疑問に思いながらも、言われるがままに後ろを向く。
スッと朔夜の手が、憩の髪を梳いた。
「ちょ、朔夜!? 何してるの!?」
「お前が髪結ってこねぇから」
「それは、待たせたくなくて……」
「なら、俺が結えばいいだろ」
朔夜は、器用に両サイドの髪を編み込むと、ハーフアップを作る。
結び目の中央に、葡萄色の大きなリボンを飾った。
「できたぞ」
「すごい、ありがとう朔夜! このリボンはどうしたの?」
窓ガラスに映る、かわいい葡萄色のリボンを見つめる。
「それは……、任務で京に行ったときに見つけたんだよ。いこ、葡萄色好きだろ? だから、似合うと思って……」
「覚えててくれたの?」
「まぁ、忘れはしねぇよ」
「ありがとう、ずっとずっと大事にする!」
「それより、早く出るぞ。あんまり遅くなると、爺さん心配するからな」
嬉しそうにリボンを撫でる憩から目を逸らすと、朔夜は玄関の扉を開けた。
「ねぇ、どこに行くの?」
「どこも行かねぇよ、散歩だ散歩」
「そっか、せっかく朔夜が髪結ってくれたのに」
「これからはいつでも結ってやるよ。つーか遅ぇな。すぐ来るんじゃねぇのか」
「誰か来るの?」
「あぁ、細小波が迎えに来るって言ってたんだけどよ」
「漣様が!?」
「……なんか、嬉しそうだな」
「うん! 漣様に会うのも久しぶりだから」
「……そうかよ」
2人がそんな話をしていると、門戸の前に車が停まった。
「悪い悪い! 遅くなったわ!」
言葉の割に全く悪びれない様子で車を降り、手を振りながらこちらにやってくる。
「おい、遅ぇんだよ細小波。待ちくたびれたわ」
「お前さ、俺一応先輩なんだわ」
細小波 漣。
憩の兄である旭と同期で、憩のことも幼い頃から知っている。
「漣様、お久しゅうございます」
「おう憩!! 久しぶりだな。お前、また美人になったなー!!」
漣は憩の頭をガシガシと力強く撫でた。
「漣様、髪が乱れますので……」
「テメェ、気安く触ってんじゃねぇよ!!」
漣の手を、朔夜が思いっきり払い除ける。
「お前さ……、もう少し優しくしてくれてもよくね!?」
「優しくされてぇなら、行動を改めろ」
今にも噛みつきそうな朔夜を見て、漣はやれやれと手を挙げる。
「はいはい、悪かったよ。んで、どこ行けばいいわけ?」
「いこ、細小波が乗せてくれるってよ」
「よろしいのですか?」
「いいぞ! 杣、お前が先に乗れ」
朔夜は漣に言われるまま、先に車へ乗り込んだ。
「憩、足元に気をつけろよ」
「はい! これぐらいなら舞もやっていますし、大丈夫です!」
憩は意気揚々と、車のランニングボードに足をかける。
「あっ……!!」
ブーツの底が滑り、体勢を崩した。
「バカ!!」
グイッと朔夜が憩の腕を引っ張り、自分の方へ引き寄せる。
その勢いで、葡萄色のリボンが歪んだ。




