2句 白銀
「ねぇ、朔夜でしょ?」
憩はさらに近づくと、4年前よりさらに背が伸びた朔夜を見上げた。
「……いえ、どなたと勘違いされているのでしょう」
朔夜と呼ばれた青年は、冷たく突き放すと目を逸らす。
まだしらばっくれるつもりなんだ……。
それなら、こちらにだって考えがある。
憩は鼻を鳴らし腕を組むと、さらに詰め寄った。
「……そう。朔夜でないとするならば、あなたとても無礼な方ね。総司令の孫娘である私の発言を否定した挙句、目を逸らすなんて」
憩は金色の瞳で青年をじっと見つめた。
これで本当に朔夜じゃないのなら、すぐに謝罪をするはず。
私の立場を聞いて、不遜な態度は取れないんだから!
そんな憩の姿に青年は、ふっ、と笑った。
「相変わらず口が達者だなぁ、いこは」
「その呼び方、やっぱり朔夜じゃない!!」
いこという呼び方は、朔夜がつけた憩の愛称だ。
久々の再会に、憩の金色の瞳が揺れる。
「朔夜、おかえり。ずっと、ずっと会いたかった……」
会えなかった時間を埋めるかのように、憩は朔夜の胸に飛びつく。
「ただいま。遅くなって悪かったな」
そんな昔と変わらぬ距離感に戸惑いながらも、彼は少女の頭を優しく撫でた。
杣 朔夜。
17歳を迎えた日に南方の調査へ派遣され、憩との再会は4年ぶりだった。
「ううん。無事に帰ってきてくれてよかった!」
憩はにっこりと笑いながら朔夜を見上げる。
「つーかお前、こんなとこで何してんだよ」
もう正体を隠す必要も無くなった朔夜は、語気を強める。
いこは幼い頃から、許可が下りない限り外出ができなかった。
こんな時間帯、おまけに護衛もなしで許可が下りるはずがねぇ。
「えっと、花火を見に行ってて……」
「1人で?」
「うん……」
「護衛も付けずに?」
「うん……」
「爺さんの許可は得たのか?」
「お祖父様が許可してくれないから、いつも通り窓から下りてきた……」
「お前、まだ窓から脱走してんのかよ」
朔夜は呆れた声を出す。
こいつ、4年前と何も変わってねぇ……。
とんでもねぇお嬢様だ。
「だって、今日はどうしても外に出たくて……」
花火大会。それは憩にとって、とても大切な日だった。
「まぁ、爺さんもお前が脱走することはわかってたってことだ。そうじゃなきゃ、俺だってわざわざこんなとこ通らねぇし」
「どういうこと?」
「俺は爺さんに言われて、この通りを巡回してたんだ。それが終わったら帰ってこい、って言われてよ」
「……だったら、許可してくれればいいのに」
自分の行動が全て黄山に見抜かれていたことを知り、憩は頬を膨らませる。
「そうもいかねぇだろ。お前を外出させるとなると、特務部隊出さなきゃなんねぇし」
「それがおかしいの!! お兄様もお姉様も自由に外に出てるのに!!」
「はいはい。いいからさっさと帰んぞ」
話を適当にあしらうと、朔夜は辺りを警戒しつつ先を歩いていく。
「ちょっと待って!」
憩は小走りでそれを追いかけた。
屋敷へと着くと、それはそれは大騒ぎだった。
「憩様!! 心配していたのですよ!!」
憩の専属である矢桐が、少女の両肩を掴み揺らす。
もう何回、こうやって叱られたかも数えていない。
「矢桐さん、申し訳ありませんでした」
「全く!! 何度言えば窓からの脱走をやめていただけるのですか!? 次は本当に閂を掛けますからね!!」
「ごめんなさい……」
憩は謝りつつも朔夜の方にちらりと目線を送る。
「それはいこが悪いんだろ」
ため息混じりの呆れた顔で、あっさり見放された。
「朔夜様もご立派になられまして。黄山様が中でお待ちですよ、こちらでございます」
矢桐に連れられ、2人は書斎へと移動した。
矢桐が扉を叩くと、入室の許可が下りた。
憩が書斎の扉を開け、朔夜はそれに続いて入室する。
「失礼いたします、お祖父様」
「失礼いたします。杣 朔夜、ただいま戻りました」
「うむ、朔夜よ久しいな。元気そうで安心したわい。此度の遠征での話も聞いておる。大活躍だったようじゃな」
黄山は誇らしげに、そして嬉しそうに笑った。
総司令という立場上、顔を合わせる機会はあったが、今回は久々の再会だった。
「いえ、爺さんが育ててくれたおかげです」
朔夜の言葉を聞き、黄山は満足げに笑う。
しかし、その隣に立つ憩には厳しい視線を送った。
「そして、憩よ……。お前という娘は!! どうしてこうもおてんばなのじゃ!!」
憩を叱るその姿は、大声の割に勢いがない。
握り締めた拳が、僅かに震えていた。
「……申し訳ございませんでした」
「全く……。16にもなって窓から抜け出すなど、女子として品にかけるわい」
「……お祖父様が許可を出してくだされば、私も窓から外に出ません」
謝りつつも、全く反省していない憩の態度に、朔夜が口を挟んだ。
「いこ、爺さんはお前を心配して言ってんだぞ?」
「……何? 帰ってきた途端に、朔夜はお祖父様の味方をするの!?」
「いや、そういうわけじゃねえけどさ」
「味方してるじゃん!! やっと会えたのに!! もういい!!」
「おい、いこ!!」
書斎を飛び出していった憩に、朔夜のその声が届くことはなかった。
「本当に世話の焼ける孫じゃ……」
黄山は白髪混じりの頭をかきながらつぶやく。
何もなかったことを、心から安堵している顔だ。
「爺さん、いこはまだ知らないんですか? 自分の血のこと」
「あぁ、まだ知らんよ。伝えるつもりもない」
「じゃあ、今後もこの生活を送るんですか?」
「……言いたいことはわかっておる。だからこそ朔夜、お主を呼び戻したんじゃからな」
2人が話していると扉を叩く音がした。
「失礼いたします、旭です」
「うむ、入りなさい」
「失礼いたします、総司令」
「旭よ、市井の様子はどうじゃった」
相楽 旭。
相楽家の長男で憩の兄。朔夜の先輩にあたる。
「はい。昼間は変わらず吸血鬼は上手く紛れているようです。夜間も特務部隊を警戒しているのでしょう。不自然なほど動きはありませんでした」
「うむ。あの地域での行方不明者は日に日に増えておる。引き続きの監視と、早急な対策を頼むぞ」
「かしこまりました」
旭は黄山への報告を終えると、朔夜と向き合った。
「久しぶりだね、朔夜。元気そうで安心したよ」
「お久しぶりです。旭も元気そうで何よりです」
互いの右手首を交差させ、十字を作る。特務部隊式の挨拶だ。
「ところで、旭と朔夜。2人を呼んだのは、新設部隊について話したかったからじゃ」
「新設部隊? 僕も初耳ですが……」
旭は訝しげに、黄山の話に耳を傾ける。
「うむ。今日まで極秘に動いていたからな」
「俺たちに話したってことは、もしかして……」
何かを察した朔夜に、黄山は首を縦に振った。
「その通りじゃ。帝国陸軍特務部隊――白銀。2人にはそこに所属してもらう」
「随分と急なお話ですね。目的はなんでしょう」
「旭よ、やはりそこが気になるか。白銀を作ったのはな、憩を護るためじゃ」
それまで軽い口調だった黄山の声色が重くなると、2人の表情も引き締まる。
その時が、ついに来たのか……。
グッと拳を握りしめると、朔夜が口を開いた。
「つまり白銀は公的じゃない、爺さんの私的な部隊ってことですよね」
「そういうことになる。だからこそ……、信用できる5人で構成した」
「お祖父様、憩を護るためとはいえ、そのようなことをしてはお立場が……」
「……儂の地位であの子の苦しみが救えるなら、いくらでもくれてやるわい。それに、白銀も吸血鬼を討伐する部隊に変わりない」
そう話す黄山の目には、力強くも悲しい色が浮かんでいた。
神子である、いこを護るための組織、特務部隊・白銀か。
朔夜は、黄山の言葉を胸の中で繰り返す。
俺が、いこにできるのは――。




