零
「……ここも異常なし」
千歳は、旭から渡されていたリストにチェックを入れる。
偵察ポイントはあと3箇所だ。
「……すぐ動いてたら、とっくに終わってたのに」
これだから誰かと組むのは嫌なのだと、静かにため息を吐く。
1人で行動した方が早い、今まではそう思っていた。
「……クリームソーダ、美味しかったな」
血のこと以前に、女の子である自覚と危機感のない憩。
旭と同期で一応先輩なのに、1番アホで子供っぽい漣。
だけど不思議と嫌な気持ちにはならない。千歳にとって初めてのことだった。
「……さっさと終わらせよ」
千歳はリストをポケットにしまうと、次の場所へと移動した。
「千歳様、どこに行っちゃったのかな?」
「あいつのことだから、偵察ポイントを回ってんだろ」
「事前に決まってたの?」
「あぁ、旭からリストを渡されてんだ」
「ずるい。私、そんなのもらってない!」
憩は胸の前で両の手を握りしめるとブンブンと上下に振った。
「いこは1人で行動しねぇからいいんだよ」
「よくない! お兄様に異議申し立てる!」
「はいはい、寒凪んとこ行くぞ」
朔夜は頬を膨らませている憩の頭をポンポンと撫でる。
「朔夜の持ってるリスト見せて!」
「別にいいけど、お前見たってわかんねぇだろ?」
そう言いつつも、朔夜はポケットから取り出したリストを渡す。
憩はとんでもなく方向音痴だ。辿り着けるはずがない。
「大丈夫! えっと……、あっち!」
「全然違ぇよ、こっちだ」
逆方向へと歩き出す憩の腕を朔夜が引っ張る。
「ほら、さっさと行くぞ。離れんなよ」
「……うん!」
憩は朔夜に腕を引かれたまま、その背中を追うのだった。
「全く、3人でこんな金額になるだなんて」
「いやー、そんなに食ったつもりはなかったんだけどよ」
「デザートまで食べておいてよく言うよ」
「悪い悪い、憩の奢りだって言うからさー! つい、いちごパフェも頼んじまった!」
漣は楽しそうに笑っているが、憩の名が出た途端に旭の顔が曇る。
「そう、憩の……。漣、減給で」
「じ、冗談だろ!? 旭、落ち着けよ!!」
「うん? これ以上にないくらい落ち着いているよ。
まさか同期の漣が、かわいいかわいい僕の妹に集っていたなんてね」
「人聞きの悪いこと言うなよ!! 憩が出してくれるって言ったんだぜ!?」
「だからって、ビフテキにいちごパフェにコーヒー2杯? 正気かい?」
旭の口調はずっと穏やかだが、目は全く笑っていない。
「いや、憩の方が食ってたぞ!?
オムライスにビーフシチューにプリンまで食って、
食い足りないってライスカレーにケーキ2個も食ったんだぜ!?」
「……だから? 憩は自分が出す前提で注文していたんだろう?
漣とは明らかに違うじゃないか。そこをわかっているかい?」
「ほ、ほら!! 寒凪もクリームソーダ2杯頼んでるし!!」
「確かにそうだね。でも、漣が頼んだビフテキの半分の額にもなっていないよ?」
もう漣には、出せるカードがなかった。
「……悪かったよ、調子乗って」
「わかったならいいよ。次同じことをしたら、本当に減給するからね」
「ったく、憩のことになるとこれだからなあ……」
「何か言ったかい?」
「な、なんでもねえよ! リーダー!!」
漣はこれ以上旭を刺激しないよう、細心の注意を払いつつ、偵察ポイントへと向かった。
「ねぇ、朔夜。このリストの上から確認していかなくていいの?」
「あぁ。寒凪なら上から潰していくだろうから、俺たちは下から見ていけばいい」
「どれにしようかなー? ってやってるかもしれないよ?」
「細小波でもあるまいし、それはねぇよ」
「そっかー、漣様くらいか!」
朔夜と憩は、偵察リストの下から順に回っており、上から数えて4箇所目に来ていた。
「ここも、問題なさそうだな」
「うん! リストに載ってるのは5箇所だから、あと3箇所だね」
「おそらく上2つは終わってるだろ。あいつ仕事早ぇからな」
「じゃあ、あと1箇所見たら終わり?」
「そういうことだ。次行くぞ」
「うん!」
「……2人とも何してるの?」
声のする方向を見ると、千歳が不思議そうな顔で立っていた。
「何って、お前を探してたんだよ」
「千歳様! 任務をお任せしてしまい、申し訳ございませんでした」
憩は朔夜の横へと並ぶと、千歳へと頭を下げる。
「……いいよ、クリームソーダ美味しかったし」
「ですが……!」
「……それに、2箇所は確認してくれたんでしょ?」
「はい……。朔夜が、千歳様なら上から回るはずだと教えてくれて……。」
憩はしゅんとしながらも、現状を報告した。
「……ありがとう、助かったよ。
杣さんも、潜入でお疲れのところ、ありがとうございます」
「いや、別に問題ねぇよ」
千歳に素直に感謝され、朔夜は恥ずかしそうに頭を掻く。
「……ところで、旭さんと細小波さんは?」
「2人で話したいことがあるようで、先に店を出ました」
「まぁ、旭がいるし、すぐに来るだろ」
「……なら下手に動かず、ここに居た方が良さそうですね」
千歳の言葉に2人は頷くと、目につきやすいガス灯の下へと移動するのだった。
「あいつらいねえなー」
漣は辺りを見渡しながらつぶやく。
年長同期組は、上から3箇所目の偵察ポイントへと来ていた。
「千歳のことだから、もうこの辺りは終わってるんじゃないかな」
「さすがリーダーだな! 寒凪の動きまでわかるのかよ!!」
「キミぐらいだよ、どれにしようかなって選ぶのは」
旭はため息を吐く。
漣は悪いやつではないのだが、考えなしのところがある。
だが同時に、この底抜けに明るい性格は白銀に必要だとも思っていた。
「そうかー? 意外とこういう方が上手くいったりしねえ?」
「今回はたまたま失敗したってことかい?」
「おいおい! 痛いとこ突くなよな!」
漣は楽しそうに笑う。
そんな話をしながら歩いていると、見覚えのある姿が目に入った。
「旭の言うとおりだな!! 全員揃ったぜ!」
「みんな、待たせて悪かったね」
「……いえ。偵察、完了しています」
「うん、ありがとう。
これで今日の任務は終わりだ、まずは帰ろう」
旭が優しく微笑んだ。
5人は相楽の屋敷へと戻ると、書斎へと向かう。
昼間同様、黄山の姿はない。
「総司令は不在のようだけど、今日の結果を共有しようか」
旭の言葉で、5人は定位置に座る。
「まずは、僕たちの結果から話そうかな。
端的に言うと、何も情報は得られなかった」
「潜入までしたのにか?」
「うん、残念だけどね。
僕たちでは、彼女たちの懐には潜り込めなかったよ」
「……初見ですし、妥当な結果だと思います」
「話を聞くも何も、あんなんじゃ話になんねぇよ」
朔夜は状況を思い返して顔を歪める。
「ほー、一体何されたんだー?」
「漣、あまり無粋な話はしないものだよ。
それに、次はキミに行ってもらおうと思っている」
「まじかよ!?」
漣は声を弾ませると、興奮気味で立ち上がる。
そんな様子を見て、千歳が呆れたようにため息を吐いた。
「……嬉しそう。困ってないって言ってたのに」
「それとこれとは話が違えだろ!?」
「ねぇ、朔夜。何があったの?」
全く話についていけない憩が首を傾げる。
「今回は何も聞けなかった、ってことだよ」
「そっか……、次は聞けるといいね!」
「そうだな」
憩の笑顔に朔夜は思わず顔が綻ぶ。
「それで、偵察の方はどうだったんだい?」
「……はい。リストの上3箇所を確認してきましたが、異常はありませんでした」
「下の2箇所も、特に異常ありませんでした!」
憩は初仕事の成果を、誇らしげに報告する。
「んで、細小波は何してたんだよ」
「何って、……偵察?」
「テメェ、真面目に仕事しろよ!!」
漣の言葉に朔夜は立ち上がると、拳を握りしめる。
「悪かったって!! 次からちゃんとやっからよ!!」
「はいはい、落ち着いてね。
情報も共有できたし、今日はこれにて解散。みんなお疲れ様!」
こうして、白銀の初任務は成果ゼロで終了したのだった。




