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60日目

 一端(いったん)の騒動が終わった僕とテナー、アリアの三人は、アリアの実家に住むことになった。


 実家と引っ越し先の家はアリアの両親の力を借りて、訳あり物件としてネットのオークションに売りに出した。


 すると、訳あり物件であろうが購入者の注文が殺到した。


 豪邸だという事もあるが、何よりあの世界的な女優である母さんが住んでいたのだ。


 最終的には買い手が見つかり、家を購入したその人は優雅な暮らしをしているのだと言う。


 僕もあんな豪邸や狭苦しい家よりも、心が暖かくなる今の暮らしの方が好きだ。


 僕はアリアの婚約者だという事実が幸いして、生活の補助や保護者などはアリアの両親になっている。


 どっち道、僕はアリアの家に住むのだから特に驚きはしなかった。


「テナー、おやつ作りなさいよ~」


「はぁ、アリア様……。昨日も食べたでしょう? そろそろ控えないとお腹の方が……」


「うるっさい! 早く作りなさい!」


「ダメなものはダメ、っです!」


 テナーとアリアは相変わらず、無駄にキレイな攻防を繰り広げながら喧嘩をしている。


「二人とも、喧嘩はダメだよ」


「アルくん……」


「にぃさま……」


 僕は軽くため息をつくと、無理矢理じゃない自然な笑顔を作った。


「アリア、僕はもう少し大きい君の方が好きだよ」


 そう言って、僕は二人に背を向ける。


 記憶を取り戻したおかげだろう。ここ最近、あのたどたどしい話し方もしなくなっている。


 ……まぁ、たまにパニックになる時もあるけど。


 アリアは身分のこともあり、お嬢様学校に通っている。もちろん、呪術の家系だと言うことは隠して。


 テナーは心優しいアリアの両親から補助金をもらい、僕と同じ学校に通っている。


 そして、テナーの口に縫(ぬ)われかけた糸は特殊な手術をしてキレイになった。


 僕はというと、久しく行ってなかった学校に行くことに決めた。


 僕はいつもの黒いリュックの中身を見て、筆記用具や教科書が入っていることを確認する。


 テナーとアリアも学校に行くけど、今日は二人より早く行こう。そう思った。


「……よし」


 ちゃんとリュックを背負い、玄関の棚の上にある写真立てを手に取る。


 幼い頃の僕とライム。そして、父さんと母さんとエレジーおばさん。


 実家を売りに出すときに僕が見つけた、家族みんなが心から笑っている唯一の写真。


「みんな、いってきます」


 僕は写真立てを元に戻してドアを開く。今度は、僕が動き出す番だ。


 決意を固めたその時、ふいに懐かしい匂いがした。慌てて周りを見ても誰もいなかった。


「気のせい、かな」


 その時だった。


「にいさん」


「いってらっしゃい」


 それは僕の妄想か、空想か、幻想だったのかもしれない。


 淡い光の粒にたくさん包まれたライムが、僕に向けて笑顔と手を振ってくれている。


 僕は思わず涙がこぼれた。そんな泣き虫な僕の涙を、ライムは優しく拭(ぬぐ)ってくれた。


「ら、いむ……」


「神様のお許しが来てね。少しだけなら、いいって」


「……また、会える?」


「うん、会えるよ。僕は、にいさんのそばで見守っている。夢の中や普段の生活でも、たまにこうして会えるようにするから」


「うん、うん……」


 ライムの声が、ぬくもりがとても暖かい。僕はひとしきり泣いたあと、学校へ送迎してくれるバスが着いた。


「ほら、にいさん」


「……うん」


 最後に、僕とライムはあの時の三文字を笑顔で言った。


「またね、ライム」


「またね、にいさん」


 僕の頭はからっぽだ。覚えたことをすぐに忘れてしまう。けど、今はもう違う。


 僕たちはそれぞれの道を歩む。時には悩んで、辛くて苦しい思いもするだろうけど。


 みんなとなら、乗り越えていけるような気がする。


 心地いい風が吹いて、部屋にある日記の新たなページがめくる音がした。


 日記のそばには幼い僕とライムの幸せそうな写真と、僕の大好きなくじらのぬいぐるみが置いてあった。

 

これにて、から僕は完結です!見てくださった人たちには感謝しかありません…!ありがとうございました! 2018.9.5

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