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メビウスリング  作者: さいてす
第二章 運命の輪の中で
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楽しめないゲームの時間

 シロの奪還を果たし、浪達はSEMMの公用車二台で支部まで帰還した。二台とも運転手をつけるとなかなか狭いが、フラフラで満身創痍の翔馬に運転させるのは危険なので片方の運転席には乙部が座る。

 翔馬以外も、その身に刻まれたダメージは大きい。

 本来であればすぐに体を休めるべきであるはずなのだが、エルの『どうしてもすぐに話したいことがある』という申し出に、傷の深い雪菜以外の全員が軽い治療を受けた後会議室へと集まった。呪いから回復した凰児の姿もある。

 なんとなく物々しい雰囲気の中、浪がテーブルの中心にエルを顕現させる。


「みんな疲れてるところなのにごめんね。 こうでもしないと言い出す勇気が出なくてさ」


 エルの言葉に、凰児が代表して疑問を投げかけた。


「勇気ってどういうこと?」


 問いかけられたエルに見つめられた浪が真剣なまなざしで見つめ返す。そして、エルは覚悟を決めたように続けた。


「私の人格はね、先代のアマデウスの物……、つまり浪の母親の物なの」


 その告白に、それぞれが衝撃の表情で言葉を失った。ただ一人、浪だけが真剣なまなざしのまま言葉を待つ。


「天使はそうやって千年単位に一回、魂が弱ってきたころに存在の受け渡しをしてきたんだ。 本来ならまだ早かったけど……、彼は子供を置いて一人死を待つ私を気遣って全てを託してくれた」


 少しの沈黙が流れた後、浪は冷静なままエルに尋ねた。


「その影響で光の魔力が変化したのか?」


「そう。 私が君の意識を乗っ取った時と逆のことをするイメージだけど……、ふつうは天使側の魂が弱っているから簡単に意識の上書きができるんだ。 でも、私の時はそうじゃなかったから失敗する可能性もあったんだよね。 彼は教えてくれなかったけど。 使命を大切にしていた彼がそんなリスクを負ってまで私を生かしてくれたことを、私は記憶を引き継いだ後に知った」


「使命……、人間界を守ること……。 じゃあ少なくとも魂が弱って引継ぎができるようになるまでの千年間、その使命のために……?」


 自分を見守る数十年のため、途方もない時間を使命を背負い生きていく茨の道を選んだというのか。エルの告白に浪は顔を青くした。

 しかし、そんな彼の深刻な表情を笑い飛ばすように、エルはあっけらかんとした様子で続ける。


「そんな顔するのはやめてよね。 お母さんはそんな顔が見たくて天使になったんじゃないぞー」


「っ……、でも」


「私がそれでいいって言ってるんだから。 それより思春期の少年としてはお母さんに全て見られてることのほうを心配するべきじゃないのかなぁ?」


「ぐあっ、まじかそれ……」


 エルののんきな返しで、静まり返っていた会議室にようやく笑顔が生まれた。つられてついに、浪も笑いをこらえなくなり噴き出す。


「そういえば案外冷静だったね。 今までの関係が壊れそうで、ずっと怖かったんだよ?」


「まあ正直うすうすそんな気はしてたからなあ……」


「ええぇー!? そんなの今まで真剣に悩んでたのがバカみたいじゃん!! 私がそうやって悩んでたせいで神化が完全にできてなかったのに……」


 ぷりぷりと怒っているエルを浪がなだめるさまを、一同笑顔で見守っている。


 その後、シトラス製薬での出来事について情報共有したり雑談を交わした後、各々解散していく。その途中、浪の家に住む三人と凛だけになったところで、浪が凛を呼び止めた。


「なあ黒峰、頼みたいことがあるんだが……」


「ん? なんだよ改まって」


「相手が防刃繊維着込んで無きゃハートレスに勝ってたって聞いて、やっぱお前のほうが剣の腕もたつんだなって思ったんだ。 ……、だから、俺を鍛えなおしてくれないか」


 突然の申し出に、凛が驚いて固まる。

 意外と面倒見がいい彼女だがしかし、その表情はあからさまに拒むようなものだった。


「いきなりなんだよ……、神化の力も使いこなせるようになってもう十分強くなってんだろ」


「俺は雪菜を守り切れなかった。 御剣に余力がなくて応急処置ができなかったらどうなっていたか……。 師匠が言ってたんだ。 そろそろ教えられることにも限界があるかもしれないって。 別の角度から剣技を教わるとしたらお前しかいない。 あいつはいつだって俺を守ってくれてる。 それにこたえられるようになりたいんだ!!」


 結果的には勝利したものの、雪菜を守り切れなかったことが相当こたえているようだ。しかし、雪菜を守りたいという願いであっても、凛の顔は渋いままだった。


「別にめんどくさいっつってるわけじゃねえんだ。 ただ……、あたしとお前は似てるようでスタイルが全く違う。 スポーツ選手だってそうだがコーチが変わって必ず強くなれるわけじゃねえ。 変な癖ついて劣化することだって十分あり得る。 今までの戦い方を変えるってのはそういうことだ」


「それは……」


「まあお前の言うこともわかるがな。 少し考えさせてくれ」


 そういうと、凛はそのまま部屋を後にした。

 残された浪がしばらくうなだれるようにして考え込んでいると、しばらくしてその肩を翔馬が叩いた。


「そういうことならさ、先に俺が鍛えてやるよ。 凛ちゃんのスタイルに合わせるのにちょうどいい特訓があんだ。 俺が唯一ミセルに勝ってた力が、お前にも必要だな」


 なぜか含み笑いでそう言う翔馬を、浪はいぶかしげに見つめ返した。



 次の日の朝、翔馬は学校が休みになっている浪とシロ、ついでに凛を誘って名古屋周辺で最も大きな商店街がある地域へ連れてきた。ガード下には電気店や飲食店などが並び、アニメショップもちらほら見えるのでさながら小さな秋葉原のような雰囲気がある。

 特訓をするには賑やかすぎる雰囲気に、楽しそうなシロを横目に浪と凛はあきれたように翔馬を見た。


「てめーただ遊びに来たんじゃねえだろうな? ンなことしている暇はねえぞ」


「まあまあ、凛ちゃんの役にもきっと立つからさ」


 そんなことを言って、大きな神社があるほうへと商店街を進んでいく。シロの願いでちょいちょい寄り道しながら、翔馬は目的地に着いた様子でその足を止めた。目の前の建物に浪が少しイラっとしたようにつぶやく。


「……、ゲーセンなんだが?」


「いいからいいから」


「そもそもお前ゲームへたくそじゃん」


「そういうのとは別なんよ。 まあすぐわかるって」


 そういって三人が連れてこられたのは奥まったところにある音ゲーコーナー。ドラムゲームのところで高難易度曲をプレイしている金髪の男性の周りに人だかりができている。浪とシロも横目で感心したように少し見入ってしまうが、翔馬はそのまま一番奥のダンスゲームのところに。曲とともに画面を流れる矢印に合わせて、床の矢印を踏んでいくゲームである。

 そこで翔馬は百円を筐体に入れると、一番難易度の高い曲のうち一つを選んだ。


「ま、まさか……」


 浪が大体を察しつぶやいたところで曲が始まる。そのとたん最初から滝のように怒涛の矢印が押し寄せた。浪はこの手のゲームはあまり詳しくないが、なんとなく高難易度は次元が違う、というくらいの知識がある。

 しかし目の前の男は一瞬のずれもなく、100コンボ、200コンボとノートを踏み抜いていく。いつしか人だかりはこちらへと移動してきていた。

 そして称賛の声の中、最後の矢印が流れる。


『パーフェクトゲイム!!』


 流暢な英語とともに、最高評価の文字が映る。ノーミスどころか、一寸のずれもないあり得る中での最高得点。最早人外としか言いようがなかった。呆然としている浪に翔馬が声をかける。


「お前もこれやるんだからな」


「やっぱそういうことかよ……。 よくやる曲なのかこれ」


「二年ぶりくらいかな」


 さらりと言う翔馬に凛も併せて愕然とする。


「そいじゃ、がんばれよ。 はいこれ」


 立ち尽くす浪に翔馬が何かを手渡した。耳栓だ。なんとなく理解しながらもその理解を拒むように浪がこぼす。


「どういうことだ……?」


「敵はリズムに乗って攻撃してこないぞ。 視覚のみで流れる矢印を見分けて体を動かす。 ま、動体視力の訓練だな。 できるだけ譜面覚えないように同じ曲は別のを二回挟むまで禁止だ。 店長にはまとまった金渡して貸し切りにしてもらうよう頼んでるから」


 翔馬の言ったとおり、気のいい30代くらいの男性が設定を変えてクレジットなしで使えるようにしてくれた。どうやら翔馬とは知り合いで顔が利くようだ。

 さも簡単なことのように言いながら肩をたたかれた浪のほほに冷や汗が伝う。

 凛もおなじくだが、浪ほど動揺はしていない。


「確かに本能的な戦いにゃ動体視力は欠かせないのは確かだが……」


「凛ちゃんは多分最初からいいとこ行けるんじゃない? じゃ、シロとその辺回ってるから」


「はあ!? 待て待て!! ったく勝手な野郎だな……」


 静止を聞かずに翔馬はそのままシロとともに遊びに行ってしまった。

 恐る恐る、浪はとりあえず翔馬の選んだ曲の一段階低い難易度を選ぶ。浪が耳栓をすると、すぐに曲が流れだした。

 最初の滝は量が目に見えて減り三分の二くらいになっているものの、血眼で足を動かす浪をあざ笑うかのようにFAILEDの文字とともに強制終了された。

 結局その日はそのまま、同難易度ですら半分あたりまでしか行けずに帰ることとなった。


 すっかり日は落ち、凛を送って帰路につく。

 家に帰ると浪は、一人部屋でベッドに突っ伏してうなだれていた。


「黒峰も最高難度で半分まで行くとかまじでか……。 もう足が一ミリたりとも動かないんだが……。 とりあえず似たようなことできるアプリ落としとこう」


 そういって、動体視力だけでも鍛えられるようにセールスのいい音ゲーをいくつか自分のスマートフォンにダウンロードした。そこで、レオから通知が来ていることに気づく。


『明後日からの修学旅行いけそうか聞いとけって薫ちゃんから言われてるんだけどどう? 忘れてないよね?』


 文面を見てしばらく固まると、大きく声を上げた。


「忘れてた!! っつーかなんでいつも事件直後にイベント来るんだよ!!」


「なんだなんだ騒がしいな」


 声を聞きつけシロを伴ってドアを開けた翔馬に、浪が話す。


「修学旅行明後日からなんだよ、特訓し始めたばっかなのに……」


 旅行という単語を聞いて、シロの目がにわかに輝いた。

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