第7話 スライムが可愛いと思ってた俺が間違ってた
南門を出て、畑の脇を歩いた。
腰の剣が、一歩ごとに揺れる。
二本あると、重さも二本分だった。
リナにもらった紙を確かめる。
森には入らない。
街に近い草地で、小型のスライムを探す。
少し先で、草が揺れた。
足を止める。
青いものが、ぷるんと動いた。
「あれか」
丸い。
透き通っている。
中に、小さな玉のようなものが浮いていた。
スライムだった。
思っていたより、小さい。
そして、だいぶかわいい。
草の間を進んで、根元で止まり、また少し動く。
何をしているのかは分からないが、今のところ俺に迷惑をかけている様子はない。
これを倒すのか。
腰の袋に触れた。
中身は、空だ。
「……すまん。こっちも飯がかかってるんだ」
返事はなかった。
あったら、たぶん帰っていた。
周りを見る。
ほかの魔物はいない。
後ろには道があり、走って戻れる。
俺は右手を向けた。
使う量を決める。
光をまとめる。
狙うのは、身体の真ん中にあるコア。
動きが止まったところで、息を吐いた。
「アマテラス」
白い光が、青い身体を貫いた。
小さく弾ける音がした。
スライムの形が崩れ、草の上へ広がる。
中にあった玉が、ころりと転がった。
【小型スライムを討伐しました】
【経験値を獲得しました】
「……倒せた」
手を下ろす。
しばらく待ったが、青いものが再び動き出すことはなかった。
近づいて、コアを拾う。
硬い。
表面に細い傷はあるが、割れてはいない。
これが、お金になる。
「ごめんね、スライムさん」
袋に入れると、小さな音がした。
初めての稼ぎだった。
正確には、まだ換金していないけれど。
袋の口を結び、周りを見渡した。
思ったより、できた。
リナに言われたことも、ちゃんと覚えている。
一匹ずつ。
無理はしない。
森には入らない。
これなら、あと何匹か。
少し離れた草の陰に、もう一匹いた。
今度は、薄い赤色をしている。
色が違う。
そこが、少し気になった。
けれど、大きさはさっきと変わらない。
俺は道に近い場所へ立ったまま、右手を向けた。
光を集める。
さっき、できた。
同じようにやればいい。
スライムが動いた。
逃すまいと、腕が追いかけた。
まとめかけた光が、指の間でぶれた。
「アマテラ――」
白い光が手元でほどけた。
飛ばない。
「あ」
その声に反応したように、赤いスライムが止まった。
身体の中で、コアがこちらへ向いた。
見られた。
そう感じた瞬間だった。
赤い身体が、地面をたたいた。
ぺちん、と湿った音がする。
左右の草むらが揺れた。
一匹。
もう一匹。
同じ赤色のスライムが、飛び出してきた。
「待て。三匹は聞いてない」
下がる。
三匹は俺を追わず、互いへ向かって跳ねた。
ぶつかった身体が、ほどけるように混ざった。
三つあったコアが中央へ集まり、その周りで赤い塊が膨らんでいく。
さっきまで、膝より低かった。
今は、腰ほどある。
透き通った身体の奥が、橙色に光った。
俺は、さらに一歩下がった。
魔法を撃つか。
いや、三つあるコアの、どれを。
赤い塊の正面が、大きくくぼんだ。
口のようだった。
その奥に、小さな火が見えた。
【発動技能〈イフリート〉】
「は?」
横へ飛んだ。
熱いものが、顔のすぐ脇を通った。
背後で、ぼう、と音がした。
乾いた草が燃えている。
俺が立っていた場所まで、火が走っていた。
「なんでスライムが火を吹くんだよ!」
地面についた手が痛い。
立ち上がる。
合体したスライムの奥が、また明るくなった。
もう一度、横へ。
今度は靴の先を熱がなめた。
草を踏み、火のない土の上へ逃げる。
近くには畑。
背後には、燃え始めた草。
さっきまでの青い一匹とは、まるで違う。
「初回だぞ、こっちは……!」
帰る。
リナの声を思い出した。
見たことのない魔物がいたら引き返す。
危ないと思ったら帰る。
そのとおりだ。
だが、道へ向き直ろうとすると、赤い塊も身体を回した。
俺の動きを追っている。
背中を向けて、まっすぐ走る。
その途中で、また火が来たら。
口の奥が光る。
俺は足を動かした。
炎が、さっきいた場所を焼いた。
遠くへは飛んでこない。
けれど、避けるたびに、逃げたい道からずれていく。
息が速くなっていた。
右手を向けかける。
光がまとまるまで、待ってくれる相手ではない。
それに、外したら。
俺は手を下ろした。
腰に、二本の剣がある。
一度も戦っていない。
分かっている。
それでも今、使えるものは、これしかなかった。
柄を握り、鞘から抜く。
刃が光った。
左右に一本ずつ。
登録したとき、頭の中に浮かんだ動きを思い出す。
右で斬って、左で追う。
〈双刃連撃〉。
ただ、そこまで近づけるのか。
スライムの身体の奥が、また光る。
俺は横へ走った。
火が吹き出す。
向きが、俺を追って変わる。
熱が背中へ迫った。
止まるな。
そのまま走り、赤い塊の横へ回り込む。
炎が途切れた。
正面のくぼみが閉じている。
身体の奥の光も、一度弱まった。
今しかない。
踏み込んだ。
右の剣を振る。
赤い身体へ、刃が入った。
柔らかい。
切れた、と思った次の瞬間、重くなった。
刃の周りに、赤いものがまとわりつく。
中心に届かない。
左の剣を続けて入れる。
表面が大きく裂けた。
だが、その奥で三つのコアが動いた。
届いていない。
スライムの身体が、こちらへ傾いた。
右の剣を引く。
抜けない。
「っ、離せ!」
左で押し退けようとした、そのとき。
視界の端に、別の表示が浮かんだ。
【〈力の誘導〉】
剣へ伝わる重さ。
それを、正面から引き剥がそうとしていた。
荷車のときも、同じだった。
力で勝てないなら。
右の手首を返した。
引く方向を、少しだけ変える。
赤いものが、刃の上を滑った。
剣が抜ける。
後ろへよろめいた。
すぐ目の前で、スライムの口が開いた。
奥が光る。
近すぎる。
逃げるには、足が間に合わない。
俺は両手の剣を構えた。
光を、指先へ。
さっきまで、そうやっていた。
今、指先の先にあるのは。
二本の剣。
魔力を、柄へ流す。
その先へ。
刃の形をなぞるように。
右に集めすぎた。
左が、薄い。
分ける。
同じだけではない。
右で開いて、左で届かせる。
細かい調整なら、手は覚えていた。
光をまとめたときの感覚。
左右の刃を続ける、職業の動き。
別々だったものが、一瞬、重なった。
【〈双刃連撃〉に魔力が接続されました】
文字が、視界を流れた。
その続きを、なぜか知っている気がした。
【高天原系統・剣技】
【〈ヤマトタケル〉レベル1】
名前が浮かんだ。
知らない技だ。
けれど、次にどう剣を動かすかは、分かった。
「ヤマトタケル!」
右の刃が、白く光った。
赤い身体を斜めに裂く。
さっきとは違った。
重さはある。
けれど、刃が止まらない。
右で開いた隙間へ、左の剣が走る。
三つのコアが、すぐそこに見えた。
左の刃が、そのまとまりを打ち抜いた。
硬い音がした。
橙色の光が、身体の内側で乱れた。
開きかけた口が歪む。
俺は剣を引き、転がるように離れた。
赤い塊が、大きく震える。
次の炎は、来なかった。
身体が崩れた。
草の上へ、赤いものが広がっていく。
【融合スライム・希少個体を討伐しました】
【経験値を獲得しました】
【〈ヤマトタケル〉レベル1を習得しました】
【レベルが2になりました】
続いて、ステータスが開いた。
【ジャズ】
【職業 双剣士】
【レベル 2】
【HP 20/28】
【MP 1/10】
【筋力 8】
【耐久 7】
【敏捷 10】
【器用 30】
【魔力 6】
【職業補正 器用・敏捷上昇/防御低下】
【習得技能 3/3】
【〈力の誘導〉レベル1】
【〈アマテラス〉レベル1】
【〈ヤマトタケル〉レベル1】
【職業固有スキル】
【〈双刃連撃〉レベル1】
【固有能力】
【〈万象の編み手〉】
【詳細を閲覧する条件を満たしていません】
【次の成長段階を選択できます】
文字が、いくつも並んでいた。
アマテラスも、今出たヤマトタケルも、レベル1。
俺自身のレベルとは、別らしい。
けれど、今いちばん目に入ったのは、残りのMPだった。
一。
もう一度、同じように戦えるつもりでいたら危なかった。
成長段階の選択も、能力の確認も、落ち着ける場所へ戻ってからだ。
俺は、相手のいた場所を見た。
本当に、動かない。
「……二」
自分のレベルを、遅れて口にした。
声がかすれた。
そのまま、膝が落ちそうになる。
だが、すぐそばで草が燃えていた。
座っている場合ではない。
剣を置く場所を確かめ、燃え広がりかけた端へ土をかけた。
靴で踏む。
また土をかける。
火のついた場所は、幸い広くなかった。
何度も確かめて、煙だけになったところで、ようやく手を止めた。
息が、苦しい。
手も、足も、震えていた。
レベルが上がったらしい。
新しい技も出た。
喜ぶには、まだ心臓がうるさすぎた。
俺はスライムの残骸から少し離れ、土の上に座り込んだ。
二本の剣を、そっと横へ置く。
「……なんで、こんな序盤で、あんなのが出るんだよ」
誰も答えなかった。
さっきまでは、かわいそうだと思っていた。
今は、生きていることだけで精いっぱいだった。
少しして、コアの残った場所を見た。
回収する。
帰る。
今日は、もうそれ以上やらない。
リナの言葉が、今になって身にしみた。
コアが一つもなくても、帰ってきたら次を考えられる。
「……帰れそうです、先生」
声に出したら、やっと息がゆっくりになった。
なんとかなった。
本当に。
なんとかなって、よかった。




