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『成長条件は、自分で探せ。~異世界の食堂から始めるレベルアップ~』  作者: ジャズ


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第6話 魔法は使える。所持金はゼロ。

「空いてるのは、この時間ね」


リナが予約表の一か所を指さした。

俺がうなずこうとすると、その指が隣の欄へ動いた。


「次からは一回、銀貨一枚」

「……銀貨」

「ええ。支払いは受付で。予約だけなら今できるけど」


俺は、紙に書かれた数字を見た。


銀貨一枚。


高いのか、安いのか。

驚く準備はできているのに、どっちに驚けばいいか分からなかった。


「あの。それ、食事だと何回分くらいですか?」


リナが顔を上げた。


「普通の食事なら、銅貨二枚くらいね。銅貨十枚で銀貨一枚だから、五回分」

「五回分……」


ようやく、少し分かった。


授業一回を受けるために、五食分。

そう考えると、急に身近な金額になる。


「今日の分は?」

「初回の初心者講習は協会負担よ。だから、あなたからは取らない」

「それで先生の指導料が出るんですね」

「そう。さっきの習得記録を提出してね」


リナは紙の端を軽く持ち上げた。


俺が魔法を覚えて、この人に指導料が入る。

きちんと仕組みになっていたらしい。


「それで、今いくら持ってるの?」


俺は自分の服を見下ろした。


財布はない。

探したら小銭が出てきそうな、都合のいいポケットもない。


「……持ってないです」

「銀貨が?」

「銅貨も」

「じゃあ、予約より先に仕事ね」


迷いのない判断だった。


経営していたころなら、予約の空きと売上の見込みを考える側だった。

今は、授業一回分の支払いができない側にいる。


まずは手元の現金。

妙に、よく知っている課題に戻ってきた。


「稼ぐには、何をすればいいですか」

「依頼の掲示板は見た?」

「入ってきたときに、少し」

「採集もあるし、初心者向けの討伐もある。受けられるものを受付で聞いてみなさい。仲間を探して、一緒に行く方法もあるわ」


仲間。


訓練場に来るまでは、考えていなかった。


俺一人で剣を覚えて、魔法も覚えて。

それから、どうするつもりだったのだろう。


街の外へ出たことさえ、まだない。


「先生は、一緒には……」

「護衛の依頼?」

「たとえば、です」

「受けるなら、行き先と時間を聞いてから金額を出すけど」


俺たちは、少しだけ見つめ合った。


「先に稼いできます」

「そうね」


支払い能力を確認するまでもなかった。


それでも、リナは予約表をしまわず、裏返した。


「一人で行くなら、本当に気をつけて。魔法が一つ使えるのと、安全に帰ってこられるのは別だから」

「はい。あの、最後に一つだけ。今の俺でも無理の少ない討伐って、ありますか?」


リナは紙の裏に、短い線を引いた。


「南門を出て、畑の脇の道。街に近い草地に、小型のスライムが出るわ」

「スライム」


知っている名前だった。


ただ、知っているから安全だと思うのは、やめておいた。

ゲームの画面と、今ここにいる自分の身体は違う。


「小型なら、比較的対処しやすい相手ね。中に硬いコアがあるから、それを狙う。外側だけ傷つけても、動きを止められないことがあるわ」

「アマテラスでも?」

「狙って当てられれば。ただ、魔力を使い切らないこと。的と違って動くから、外す分も考えておきなさい」


さっきの練習を思い出した。


動かない板にさえ、外している。

残りの魔力を全部、当たる予定で計算するのは危ない。


「倒したら、残ったコアを回収して。協会で買い取ってくれる。傷み具合で値段は変わるけど、いくつか集めれば多少のお金にはなるわ」

「コアを狙って倒して、残ったものを持って帰る」

「そう。買い取りの条件は、出る前に受付で確認してね」


俺は紙に描かれた道を見た。


南門。

畑の脇。

街に近い草地。


「森には入らないこと。大きいのや、見たことのない魔物がいたら引き返す。何匹も相手にしない」

「分かりました」

「それから、帰り道が分かる範囲で。暗くなる前には戻る」


マルタにも、同じことを言われた。


きっと、この世界では大事な注意なのだ。


「ありがとうございます。生活費と、これからの宿代と、講習費。まずは、そこから稼いできます」


今日の泊まり賃は、働いた分でいいとマルタが言ってくれた。

けれど、明日からもずっと、それでいいとは限らない。


食べて、寝る。

教わりたいことを、教わる。


そのためにも金が要る。


「ええ。無理して一度に稼ごうとしないでね」


リナは予約表を畳んだ。


「次に来るとき、銀貨だけ届いて本人が来ない、なんてのは困るから」

「誰が届けるんですか、それ」

「そういうことを試す必要はないって話」


分かりやすかった。


俺は礼を言って、訓練場の出口へ向かった。


「待って」


振り返ると、リナが俺の足元から肩までを見ていた。


「その普段着で行くつもり?」

「……ほかに、持ってなくて」

「装備の支給、まだ受けてないのね」


今度は、自分の服を見た。


動けないことはない。

ただ、魔物に会いに行く服かと聞かれると、判断する知識がなかった。


リナは受付へ続く扉を開けた。


「登録したての冒険者には、最低限の装備が出るの。説明を聞いて、受け取ってから行きなさい」


*


受付で登録を確かめてもらうと、奥の小部屋へ案内された。


棚には、革の防具と、何本もの剣が並んでいた。

どれも飾り気がなく、寸法ごとに札がついている。


双剣士だと伝えると、担当の男は短めの剣を二本、台の上に置いた。


それから、鞘のついた腰帯。

胴を守る革の防具に、手袋と丈夫な靴。

回収したものを入れる、小さな袋。


一通り並んだところで、俺は思わず聞いた。


「こんなにもらって、いいんですか?」

「初心者用の一式だ。上等なものじゃないぞ。次からの買い替えや手入れは、自分でやってくれ」

「はい」

「靴を履いてみろ。合わなきゃ替える」


履き替え、立ってみる。


少し歩く。

かかとが浮かないか、足先が当たらないか確かめた。


革の防具も、ひもを締め直してもらった。

腕を上げると、肩のところが軽く引っかかる。


「ここ、少し動かしにくいです」

「なら、こっちの穴だな」


ひもを一つずらすと、動きやすくなった。


合わないものを、我慢して使い始めない。

道具が違っても、そこは同じだった。


最後に、二本の剣を腰へ下げる。


重い。


右だけではない。

左にも、確かな重さがあった。


双剣士になったときは、指が軽くなった。

装備を着けたら、身体は重くなった。


強くなるにも、いろいろあるらしい。


「抜くときは、周りを見ろよ。ここでは抜くな」

「分かりました」


柄に触れる。


まだ、これで戦ったことはない。

職業の欄に双剣士と書いてあっても、その事実は変わらなかった。


受付に戻ると、リナが道順の紙を差し出してくれた。


「買い取りは確認した?」

「はい。小型スライムのコアを、受付に持ってくればいいって」

「じゃあ、袋に入れて持ち帰ること。割れた分は、買い取り額が下がるからね」

「最後まで数字ですね」

「稼ぎに行くんでしょう?」


それもそうだった。


紙を折り、しまう。


南の草地で、スライムを倒す。

コアを集めて、戻る。


今の目標は、それだけでいい。


神話の名前も、知らない国のことも、自分の過去も。

気になることは、山ほどある。


でも、調べに行くにも、明日の飯は必要だった。


「じゃあ、行ってきます」


リナが、俺の装備をもう一度確かめた。


「危ないと思ったら帰ってきなさい。コアが一つもなくても、帰ってきたら次を考えられるから」

「はい」


協会の扉を押した。


外の光を受けて、腰の鞘が小さく揺れる。


まずは、銅貨一枚。


俺は南門へ向かって歩き出した。

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