第3話 職業は、、、
冒険者協会の扉を押すと、思っていたよりも生活感のある音がした。
「これ、報酬安くないか?」
「近場だからだろ」
「近場でも荷物は重いんだぞ」
壁一面の掲示板。その前に集まった人たちが、貼られた紙を指さして相談している。
剣を腰に下げた男。長い杖を抱えた女。大きな荷物を足元に置いて、椅子で眠っている人もいた。
もっと殺気立った場所を想像していたけれど、意外とそうでもない。
仕事を探す人と、仕事帰りの人。
そう考えると、少しだけ入りやすくなった。
奥の受付で書類を整理していた女性が、顔を上げた。
「こんにちは。今日はどうされました?」
「あの、ここなら仕事を紹介してもらえたり、剣を教えてもらえたりするって聞いたんですけど」
「はい。冒険者としての登録をご希望ですか?」
「たぶん、そうです。ただ……この辺のことが、あまり分からなくて」
彼女の手が止まった。
「この街は初めてですか?」
「街というか、もっと全体的に」
言ってから、自分でも説明になっていないと思った。
「……記憶をなくされている、とか?」
「ああ、まあ。そんな感じです」
異世界から来ました、と言うよりは通じそうだった。
彼女は無理に聞き返さず、受付の前の椅子を勧めてくれた。
「でしたら、分かるところからお話ししますね」
その言い方に、少し肩の力が抜けた。
「まず、冒険者って、何をするんですか?」
「依頼によります。荷物の運搬、採集、街道の護衛。魔物の討伐もあります」
「外って、そんなに危ないんですか?」
「近くの畑までなら、皆さん普通に行きますよ。ただ、森や、町と町の間の街道には魔物も出ますから。商人の方などは、ここで護衛を雇われますね」
ちょうど掲示板のほうから声がした。
「この護衛、明日の朝に出るってよ」
「行き先は?」
「隣町。荷馬車二台」
「なら今日のうちに矢を買っとくか」
俺は、そちらを振り返った。
さっきまでただのざわめきだった会話が、少しだけ分かるものになっていた。
この街では、明日の仕事の準備に矢を買うらしい。
「最初から危険な依頼を受ける必要はありません。未経験の方には訓練もご案内できます」
「それ、助かります」
「では、登録のお話を進めましょうか。お名前と、ご希望の職業をお願いします」
名前を伝え、続けて答えた。
「美容師です」
彼女のペンが止まった。
「……びようし?」
「髪を切ったり、整えたりする仕事です」
「ああ、理髪のお仕事ですね」
ようやく通じた。
少し安心した俺に、彼女は申し訳なさそうに続けた。
「すみません。こちらで伺っているのは、剣士や魔法使いといった職業のことなんです」
「そっちの職業ですか」
履歴書なら、今ので合っていたはずだ。
「戦う職業のほかにも、回復や支援を得意とする職業があります。何か、得意なことはございますか?」
「得意……」
髪は切れる。
でも、今はそういう話ではない。
「手先は、器用なほうだと思います。器用さも、ほかより高めみたいで」
「でしたら、盗賊などはいかがでしょう」
ずいぶん迷いのない返事だった。
「盗賊」
「はい」
「……盗むんですよね?」
「魔物から貴重な素材などを盗む技術がありますね」
彼女は、きちんとした仕事を紹介する顔で言った。
ここでは、きちんとした仕事なのだろう。
「いやあ……盗むのは、ちょっと」
「人の物を盗むのは、もちろん犯罪ですよ」
「そこは同じなんですね」
少し安心した。でも、最初に名乗る職業としては、どうしても気が進まない。
「もう少し、こう……直接戦う感じのものは?」
「それでしたら、双剣士はいかがですか?」
その言葉で、顔を上げた。
「双剣士?」
「両手に剣を持って戦う職業です。力だけでなく、左右の武器を正確に扱う器用さや、身のこなしが求められます」
両手に剣。
さっきまでの迷いが、かなり薄くなった。
「……それ、いいですね」
彼女が小さく笑った。
「ただし、手数が多い分、扱いは簡単ではありません。盾も持ちませんから、守りには注意が必要です」
「訓練、受けられるんですよね?」
「もちろんです」
「じゃあ、それでお願いします」
彼女は書類に何かを書き込むと、受付の奥から台座を運んできた。
その上には、両手で包めそうな大きさの、透明なクリスタルが載っていた。
光の当たり方によって、内側がかすかに赤く見える。
「こちらに手を置いてください」
「これで登録できるんですか?」
「はい。双剣士への就職を念じていただければ」
就職。
言葉だけ聞くと急に現実的だ。
「登録すると、何か変わるんですか?」
「職業に応じて能力に補正がかかります。得意な能力が伸びる一方で、下がるものもあります。それから、職業固有のスキルが使えるようになります」
「下がるものもあるんですね」
「万能になるわけではありませんので」
説明を聞き、クリスタルに右手を置いた。
ひんやりしていた。
双剣士。
頭の中で、そう念じる。
直後、手のひらの下に赤い光がともった。
「お……?」
透明だった結晶の奥に、細い光が幾筋も走る。
それが中心で重なった瞬間、赤い光がぶわりと広がった。
思わず息を止めた。
熱が手首から腕を伝い、胸の奥へ流れ込んでくる。
痛くはない。
けれど、自分の内側で何かが組み替わっていくような、妙な感覚があった。
肩に、肘に、指先に。
体の隅々まで光が届いたところで、ふっと消えた。
「双剣士の登録が完了しました」
受付の向こうで、彼女が言った。
さっきと同じ声だった。
俺は自分の腕を見た。
服も、肌も、何も変わっていない。
そっと手を開く。
閉じる。
もう一度、指を一本ずつ動かす。
「……軽い」
動かしたいと思ったところに、指がすっと収まる。
普段から使い慣れている手なのに、余計な引っかかりが一つなくなったようだった。
左手も動かしてみた。
こちらも同じだ。
「慣れるまでは、少し不思議な感じがすると思います」
「少し、ですか」
俺にとっては、かなりの出来事だった。
背後では、誰かがまだ報酬の話をしていた。
「だから荷物の分、もうちょっと上乗せをさ」
「それは依頼主に言ってくれ」
誰もこちらを見ていない。
赤く光って職業が変わるのも、この人たちにとっては日常らしい。
「能力の変化も、ご確認ください」
言われて、ステータスを確かめた。
職業の欄に、双剣士とある。
器用さと敏捷には、上昇を示す印。
そして、その下。
「……防御、下がってる」
さっき説明は聞いた。
聞いたけれど、実際に下がっているのを見ると、やっぱり気になる。
「攻撃を受け止めるより、かわして戦う職業ですからね」
「なるほど。なるべく斬られない方向で」
「どの職業でも、それはお勧めします」
もっともだった。
さらに視線を下へ動かすと、見慣れない項目が増えていた。
固有スキル――双刃連撃。
その文字を意識すると、短い説明が浮かぶ。
左右の武器による連続攻撃を補助する。
「お……こういうの、あるんだ」
右で斬って、左で追う。
まだ剣も握っていないのに、その動きだけが、うっすら想像できた。
「これ、登録したばかりでも使えるんですか?」
「はい。ただ、相手に当てられるかどうかは別ですよ」
浮かれかけたところに、きちんと釘を刺された。
確かに、ハサミだって持てば髪が切れる。
だからといって、最初から思いどおりに切れるわけではない。
俺は手を下ろし、受付のお姉さんを見た。
「訓練って、今日でも受けられます?」
彼女は奥へ続く扉を指さした。
「裏の訓練場に教官がいます。まずは、練習用の剣からですね」
「お願いします」
もう一度だけ、自分の両手を見る。
何も持っていない。
見た目も、さっきまでと同じだ。
それでも今は、剣を握ったらどうなるのか、確かめたくて仕方がなかった。




