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『成長条件は、自分で探せ。~異世界の食堂から始めるレベルアップ~』  作者: ジャズ


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第11話 押しつけられた重さ


勢いだけで動いても、どうにもならない。


俺は一度足を止め、馬車の集まる場所へ戻った。


どこへ向かう馬車があるのか。

乗せてもらうには、いくら必要なのか。


聞くべきことを整理してから、もう一度確かめる。


腹を立てるのは、そのあとでもできる。


そう思った矢先だった。


「約束と違います」


荷台の向こうから、張りのある声がした。


「荷下ろしまで終えれば、全額払う。そう言いましたよね」


声のする方へ目を向ける。


木箱の前に立つ若い女性と、その正面で腕を組む男。


男の顔には見覚えがあった。


……また、あいつか。


できれば、本日二度目の対面は遠慮したかった。


「仕事が遅いんだよ。こっちにも都合がある」


「鐘が鳴るまで、という話でした。まだ鳴っていません」


「口の減らない女だな」


彼女の足元には、荷台から下ろしたらしい木箱が並んでいた。


袖口には土埃がつき、額には薄く汗が浮いている。


男は腰の袋から硬貨を取り出した。


何枚かを指先で選び、彼女に差し出す。


「ほら。これで十分だろ」


「半分しかありません」


「嫌なら、ほかを当たれ」


「終わった仕事の報酬を払ってほしいと言っているんです」


声は強かった。


けれど、握りしめた手には力が入りすぎていた。


男は舌打ちすると、足元の木箱に手を置いた。


「だったら、これを荷台に戻せ」


彼女が眉を寄せる。


「今、下ろせと言ったのはあなたでしょう」


「積み直すことになったんだよ。それができたら払ってやる」


仕事が終わったあとで、仕事を増やす。


便利な仕組みだ。


雇われる側以外にとっては。


彼女は何かを言いかけ、唇を結んだ。


それから腰を落とし、木箱の両端に手をかける。


持ち上げようとした、そのときだった。


ぎし、と木箱が鳴った。


「……っ?」


箱は地面から離れなかった。


彼女が足の位置を変え、もう一度力を込める。


動かない。


つい先ほどまで自分で運んでいたはずの荷物を、確かめるように見下ろしている。


その横で、男の口元が緩んだ。


男は木箱から手を離した。


だが、底板は土に食い込んだままだった。


……何かしたのか。


「どうした。その程度も持てないのか?」


彼女は男の顔を見た。


「あなた、これに何をしたの」


「言いがかりか?」


男が笑う。


その答えだけで、十分だった。


自分で重くしておいて、持てない相手を笑う。


さっきからこの男は、条件を変えるたびに、自分の立つ場所だけ高くしている。


彼女は短く息を吐き、もう一度箱をつかんだ。


「……これを戻せば、払うんですね」


「戻せたらな」


その指先が、かすかに震えた。


次の瞬間。


木箱の底と地面の間に、細い隙間が見えた。


ほんの一瞬だった。


浮いた。


そう思ったときには、箱は鈍い音を立てて地面に戻っていた。


彼女が手を離す。


自分の指を見つめるその表情には、驚きがあった。


男の笑みも消えていた。


「お前、今……」


彼女は答えなかった。


「もういいです。約束のお金を返してください」


「返すだと? 俺が盗んだみたいな言い方をするな」


「だったら、払ってください」


男が彼女の肩を押した。


足元には、土に沈み込んだ木箱があった。


避けようとした足が引っかかり、彼女の体が後ろへ傾く。


乾いた音がした。


彼女は地面に片手をつき、膝を折っていた。


「おい」


考えるより先に、声が出た。


二人の間へ入る。


男が顔をしかめた。


「お前か。関係ないだろ」


「今、突き飛ばしただろ」


「勝手に転んだんだよ」


すぐ横で、彼女が立ち上がろうとした。


けれど、地面についた手を引っ込め、小さく顔をゆがめる。


掌の付け根が擦りむけていた。


赤い傷に、土がついている。


俺がしゃがむと、彼女は顔を上げた。


思っていたより、俺と近い年頃だった。


埃のついた頬に髪がかかっている。


整った顔立ちだった。


けれど、それ以上に目を引いたのは、痛みをこらえているのに、まっすぐ俺を見返してくる目だった。


「あなたには、関係ないでしょ」


「見ちゃったからな」


「……巻き込まれるわよ」


強い言い方のわりに、その視線は俺の背後へ向いていた。


男を警戒している。


自分が転ばされたばかりなのに、今度は俺の心配か。


「手、見せて」


「これくらい平気」


彼女は傷を隠すように、指を曲げた。


その動きで痛んだのか、眉がわずかに寄る。


説得力は、あまりなかった。


背後で男が鼻を鳴らした。


「話が済んだなら、そいつを連れていけ。仕事もまともにできない奴に払う金はない」


振り返りかけて、やめた。


ここで怒鳴り合っても、彼女の手についた土は落ちない。


俺は腰を落としたまま、もう一度彼女に手を差し出した。


「無理に動かすな。傷に土が入ってる」


彼女は差し出された手と、俺の顔を交互に見た。


「……助けてなんて、言ってないから」


「うん」


「うん、って……」


言葉が続かなかった。


それでも、俺の手を振り払おうとはしなかった。


ゆっくり開かれた掌に、血がにじんでいる。


大きな怪我ではない。


だからといって、痛くないわけじゃない。


約束どおりに働いて。

約束どおりのものを求めて。

それで、こんな傷を負わされる。


俺は彼女の手首を、傷に触れないように支えた。


今は、あの男をどうにかすることよりも。


この傷を、何とかしたかった。


胸の奥に、熱が灯った。


怒りとは違う。


小さな熱が腕を伝い、指先へ流れていく。


「……何?」


彼女が俺の手を見た。


俺にも、分からなかった。


ただ、支えている手を離してはいけない気がした。


その瞬間、視界に文字が浮かんだ。


『イシス レベル1を習得しました』


俺は、息を止めた。


表示された名前を、もう一度読む。


「……イシス?」


聞き覚えがある。


けれど、日本の神様の名前じゃない。


彼女の手を支えたまま、俺は浮かぶ文字を見つめた。


「……日本の神様だけじゃ、ないのか」

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