Epilogue・
翌年1月、官邸
総理大臣の椅子に座るのは、竪壱百合子ではなかった。
彼女は、緊急国会において稚内武力攻撃事件の顛末を報告した後、ロシア大統領との事件収拾を終えると、秋の臨時国会開会の直後に辞意を表明したのだった。
昨春には憲法改正を成し遂げ、順風満帆に見えた彼女はしかし、たったひとつの事件を境に、奈落へと転げ落ちてしまった。
阿多琉にその気は欠片も無かったが、彼の連載は竪壱の足元に穴を穿つ結果をもたらした。
その阿多琉は、8月12日に開始した連載において、自身の半生を徹底して問い直していた。
その結果、これまで付き合いのあった政治家や識者たちとも溝ができ、記者活動以外の活動から足が遠ざかっていった。
事件当時、防衛大臣を務めた小澄は、緊急国会の後、周りに引き摺られる様に大臣を辞任している。
本来ならば、竪壱もそうあって良かったのだが、誰も前代未聞の事態収拾を買って出る者は現れず、まだ前途のある若い小澄のみ、政務から外して静養させる道を選んだ。
竪壱の辞任劇は、与党に混乱を招く。
普通であれば、政局的な観点から、野党第一党である正道憲政党への禅譲などの窮余の策もあり得ただろうが、その正道憲政党は、与党よりも酷い惨状を呈していた。
代表である御庭は、もはやその座を死守出来ないと思われたのだが、竪壱の会見直後に始まった御庭降ろしは、意外な展開を見せていた。
後継に手を挙げる大御所から新進気鋭の若手まで、誰もが自滅していったのである。
御庭には何ら対抗策は無かったが、引きずり降ろしに掛かった側は、誰一人時流が読めていなかった。
御庭が常識的な発言をするだけで、対立候補は自滅した。
もはや、竪壱批判や自衛隊批判は世論受けしない。
後援会や支持者たちも、そんな対立候補に引導を渡す役割を、自ら買って出るほどだった。
結果、無難に混乱の波乗りをこなしている御庭は、守旧派の自滅によって延命されていた。
そんな彼が、敢えて茨の冠に手を伸ばすはずもなく、与党の有力者達も総理の椅子を互いに譲り合っていた。
その姿は、もはや醜態を超越した喜劇であった。
この様な政局において、これまでならば自ら斬込み、舌鋒鋭く批判を刻む木頭の姿があったのだが、彼女もまた、会見以降、その活動を大幅に縮小させていた。
会見から排除された直後は、ネットへと政権批判を繰り返したが、返ってくる反応は、もはや罵詈雑言でしかなかった。いつもなら、彼女を擁護する分厚い支持層が出来上がるはずである。だが、今回はそのような動きはほとんどみられることが無かった。
その数日後、木頭はネットアカウントを閉鎖し、これまで盛んだったネットメディアへの露出も控える様になる。
メディアそのものも、世論から見放された状態になっている。
竪壱会見で見せた抗議活動家然とした姿、ところが翌日には、まるで自衛隊を英雄視する中継。
その変節は、誰から見ても信頼を失うに十分であった。
秋の臨時国会における喜劇は、これまで面白可笑しく報じたメディアが消え、ただ淡々と、総理候補の擁立が二転三転している姿が報じられるだけとなっていた。
そこには、通り一遍の批判に終始する協參党の姿が見られたが、もはや誰も関心を示していなかった。
川村も、以前の様な積極的な批判を行う姿は見られなくなっていた。
あの夏、再生乞食として稚内空港を目指した田貫東吾は、今でもネットチャンネルを維持している。
とくに政治や事件への言及などはせず、以前の様に寒いナレーション付きのツーリングチャンネルとして。
彼に変化があったとすれば、それはメディアへの無関心の深化であったろう。
そもそも「風」として揺れる無党派層であったが、今や風として振る舞う事すら無くなり、より以上に政治から遠ざかっていた。
誰もが座りたがらない総理の椅子は、毎度数合わせで大臣席を得ていた母阜太郎に回ってきた。
これまで注目される様な政策発言もなく、何か大きな政局に関与した事もない。
そんな彼の、堅実沈着な手腕が買われたのである。
有り体に言って、ババを掴まされた。
そんな母阜だったが、臨時国会を無難に乗り切り、年明けからの通常国会では、その堅実さを遺憾無く発揮して各所の調整をこなしていた。
問題が露わとなった平和安全法制についても、沈着にその問題洗い出しと改善策の精査を指示し、阿多琉やシンクタンクの提言にも耳を傾けながら、改定作業を堅実に前進させていたのである。
「僕は、竪壱さんの様な光る魅力だったり、小澄くんの父上の様な言葉の魔術は持っていないから、泥臭く地面を歩くしかないんだよ」
そう語りながら、堅実、沈着に日本を前へと進めている。
竪壱は総理を辞任した後、議員も辞職し、今は同じく国会議員である夫の地元で後援会活動に駆け回る日々を送っている。
議員辞職後は、政策的な発言はせず裏方に徹し、事件について語ることもない。
これからの日本は全て、現役の議員へ託す誓いをたてているのであった。




